第144話『泣きっ面に蜂』
糸哉たちより年上に見える少年はそう吐き捨てるなり、使い古されたコントローラーを何の前触れもなくこちらへ投げつけてきた。
『バシッ!』
「お、幸樹ナイスキャッチ」
いち早く前に出た幸樹はコントローラーを受け止め、高圧的な少年を鋭く睨み返す。
「ウダウダしてねぇで来な。相手してやる」
「相手、って……」
「……『メテブラ』か」
『メテブラ』――正式名称『大激闘メテオブラザーズ』とは、宇宙を舞台にした対戦型格闘ゲームだ。個性豊かなファイターたちが宇宙空間に建てられたステージで激突する。
勝利条件は『相手をステージの外へ落とすこと』とシンプル。攻撃を受けると衝撃ゲージが蓄積し、百%を超えると大きく吹き飛ばされやすくなるため、一気に場外へ押し出すチャンスとなる。
シンプルな操作で爽快なアクションを楽しめる一方、衝撃ゲージの管理や必殺技を狙うタイミング、ステージギミックの活用など奥深い戦略性も魅力。
ゲーム好きなら知らぬ者はいない大人気格闘ゲームで、幸樹はまだ名も明かしていない少年と勝負する流れと なった。
「……僕がやろうか?何か向こうの自信凄いし」
「俺がやる。あんな奴の相手しなくていい」
「うぇっ」
――確かに印象最悪だけど、そんな気に喰わなかった?
初対面の相手にここまで露骨な敵意を見せる幸樹を見て、糸哉は目を丸くする。
「何でこうなったのかはよく分かんないけど……幸樹頑張れー!」
とはいえ彼の実力は中級者以上。余計な口は挟まず、そのまま送り出すことにした。
今回のルールはお互い残機を三機ずつ所持し、先に相手の残機を全て失わせた方が勝利となる。
「泣きっ面拝んでやんよ!」
「そのキャラで耐えれんのか?」
『3……2……1……Fight!』
画面ではスーパーヒーローを選んだ幸樹と、魔王を選んだ少年が激突する。少女は糸哉たちを中に入れた後、どこかへ行ったきりまだ帰って来ない。
メテブラでは武器や魔法を駆使するファイターもいるが、今回は両者とも身体能力と格闘技を武器とするインファイター同士。拳と蹴りが飛び交う接近戦となった。
開始から三秒。幸樹が操作するヒーローが跳び上がった魔王を下から拳で打ち上げ、そのまま空中コンボへ繋げる。一気に上空へ吹き飛ばされる魔王だったが、幸樹が追撃のため間髪入れず距離を詰めた瞬間――
「オラァッ!」
――反対に魔王がダッシュで踏み込み、鋭い拳の連打を叩き込んだ。
「っ!」
今度はヒーローが軽く吹き飛ばされる。そこへ魔王はジャンプで追いつき、空中で蹴りの連撃を浴びせた。
「はあっ!」
「痛ってぇ!」
着地したかと思えば休む間もない。なおも宙に浮いたまま身動きの取れないヒーローを、魔王は下から何発もの拳で打ち上げ、さらに高空へと運んでいく。
しかし、ラッシュはまだ終わらない。
魔王はハイジャンプで再びヒーローの懐に入り、先程の蹴りコンボを二セット連続で叩き込んで衝撃ゲージをみるみる上昇させていく。
「うわっ!ヒーローやばいっ!」
このままでは場外へ落ちてしまう。ヒーローは空中ジャンプでステージへの復帰を図るが――
「甘ぇなぁ!」
「くっそ……!」
――その隙を見逃さず、魔王が再び跳躍。無防備なヒーローへ容赦なく蹴りを浴びせる。
「オラ行ってこいやぁー!」
「ぐあっ!?」
さらに場外際まで追いかけると、真上から何発も蹴りを叩き込み、そのまま彼方へ吹き飛ばした。
「早っ!?」
ここまで僅か八秒。ヒーローの残機が一つ消え、衝撃ゲージもリセットされる。
「幸樹頑張れ!」
「……っ」
――コイツ……余裕見せるだけの腕はあるってことか!
幸樹はすぐさま反撃に転じた。衝撃ゲージがおよそ七十%まで溜まっている魔王を、今度こそ撃墜しようと攻め立てる。
「オルァ死ねぇー!」
「くっそ……!」
しかし、少年は攻守の切り替えがあまりにも巧みだった。
攻め返したかと思えば即座に切り返し、幸樹の攻撃を受け流しては反撃を差し込む。
気付けばヒーローの衝撃ゲージは魔王に追いつき、あっという間に追い越されてしまった。
「はーっはっはっは!苦しいなぁヒーローよぉ!」
「っの野郎……!」
そして三秒後。先ほどとほとんど同じコンボを最後まで決め切られ、ヒーローの残機は残り一となる。
「えぇぇ」
――まだ相手は一機も落としてないのに……。
「す、凄い……!」
流石の糸哉も、少年のゲームスキルには舌を巻いた。だが幸樹の闘志はまだ消えていない。
――せめて一機だけは奪う……!
「クソ……!あと少し……!」
ヒーローのかかと落としが炸裂し、ついに魔王の衝撃ゲージが百%へ到達する。
「お!幸樹いけー!」
糸哉が期待に満ちた眼差しを向け、幸樹が大技の力を溜めたその時。
「よーし!喰らぇぇ!」
魔王の必殺技――長い脚から繰り出される後ろ回し蹴り《バックスピンキック》がヒーローの胴体へ炸裂した。
「嘘だろ!?」
「まだ幸樹の衝撃ゲージ半分も溜まってなかったのに……」
勝負を決める一撃として演出が入り、時間がゆっくり流れる。そして画面いっぱいに『GAME SET』の文字が表示された。
「……相当やり込んでんな」
「これはたまげたなぁ……」
――魔王の攻撃性能をここまで引き出すなんて……完全に使い手だ。
圧倒的な試合運びを目の当たりにし、糸哉と幸樹は悔しさも忘れて息を呑んだ。
「いやー!俺今日調子悪いんだけどなぁー!」
「チッ……!」
「煽るねぇ」
一方的に叩きのめされた幸樹の額に青筋が浮かぶ。糸哉は苦笑を漏らし、興奮の残る表情を手で隠した。
――幸樹も戦闘ランクで言ったら実力者のハズなんだけどなぁ……。
勿論、メテブラにも実力を測るためのランク制度は存在する。その名も『戦闘ランク』。
下から順に、流星クラス<星雲クラス<衛星クラス<惑星クラス<恒星クラス<超新星クラス<黒穴クラス――全七段階に分けられていた。
その中でも『惑星クラス』に到達して初めて、上級者への入り口に立てると言われている。
「お前ランクは?」
「……『惑星』」
「ほー。さっきよりは退屈しなかったぜ。もっと手応えあると思ってたけどなぁ」
「っ……」
「マジか……。幸樹も十分強い部類なのに」
幸樹はメテブラを専門にやり込んでいるわけではない。それでもカジュアルプレイヤー相手ならまず負けないだけの実力は備わっていた。
その腕前を、少年は一方的にねじ伏せたのである。
「先に言っときゃよかった。俺の戦闘ランク『超新星』なんだわ。さーせん!」
「ええー!?」
『超新星クラス』――それは黒穴クラスに次ぐ、メテブラ第二位のランクである。
そこは公式大会の優勝経験者やプロゲーマー、あるいはネット上でも名の知れた猛者たちが集う領域だった。
――しかも見た感じ、僕らとそう歳が変わらない……。せいぜい十五、六歳くらいなのに……。
糸哉の喉がごくりと鳴る。この年齢で超新星クラスに到達している時点で、天才と呼ぶ他ないからだ。
「そんなに強いなら……大会とか出たことあるの?ひょっとして有名な人?」
「なわけねーだろ。ちゃんと周り見たか?こっから大会会場までの距離、舐めてんじゃねーぞ。どんだけ時間食うと思ってんだ」
「確かに。ここ僕が前住んでたとこより酷……田舎だね」
「俺は好きなキャラ徹底的に極めて、敵をボコるのが最高に楽しいんだよ。テメェ等もそういうの好きだろ?」
「まぁ」
「おいもっかいやるぞ」
「ん?泣き止んだか?」
「泣いてねーよ!」
「えー次は僕が……」
テディが参戦に名乗りを上げたその時、スマホからシェンの声が流れる。
「見つけた……プレイヤーネーム『hachi』。コイツ大会勢の間じゃ『野生怪物』って呼ばれとる」
シェンがプレイヤー名と使用キャラクターをもとに調査した結果、少年――『hachi』は、魔王使いとして一部で名を馳せる強豪プレイヤーだった。
公式大会への出場経験は一度もない。しかしその実力は大会上位勢に匹敵すると言われ、界隈では『野生怪物』として知られていた。
「ハッチ君!僕ともやろうよ!あ、僕は熊本だからテディって呼んで!」
「オイ糸目!その呼び方ヤメロ」
「じゃあみっつ君」
「殺すぞ。その名前で呼んでいいのはアイツだけだ」
「でもまだ名前聞いてないしなぁ……じゃあナキで!」
「俺ぁ針北満士だ!一文字も掠ってねーぞ!」
「泣きっ面に蜂でナキ。他人に容赦なく追い打ちをかける天才だから」
「天才って……言いすぎだろオイ」
「そこだけ拾うな」
なんやかんやで糸哉の人当たりの良い笑みに押され、満士は糸哉との対戦を受け入れたのだった。
次回 テディⅤSナキ!!




