第143話『ヒイのモデル』
『spin one's wheels』の撮影終了後、テディの頭の中である記憶が蘇る。
「これが……メトロがお正月に体験したデスゲーム?」
「……そうじゃん!あ、でもクリア出来なかったんだっけ」
「本作は私が実際に経験したログを元に制作しました」
「メトロたちは途中で異形に殺されてゲームオーバーになったけど、現実では死んでいなくて記憶も残ってるって話だったよね?」
「私達は精肉部門において行動不能となったため、それ以降の進行データは全てオリジナルシナリオへ移行しています。正規ルートにおける脱出方法については情報が存在しないため、詳細は不明です」
無事に脱出できるシナリオを作れてよかったと、メトロは語る。当然この制作秘話は身内だけに共有された話だが、改めてホットの頭には疑問が泉のように湧き上がってきた。
「ラップも?」
「メトロもボイパで起こしてたよな」
「こちらの選択肢は、私が実際に受けた事象をもとに生成されています」
「ヒイちゃん……声かけて車椅子で轢いた後ボイパ披露したのか」
「よっぽどメトロ起きなかったんだな……」
「登場人物に関しても同様の処理を適用しています。遭遇順、識別名称、外見的特徴は変更されていますが、主人公『ヒイ』の基本モデルは私の同行者です」
「そっ、か……実在するのか」
メトロは短く間を置き、感情を感じさせない口調で続ける。
「貴方達に要求があります。『ヒイ』――同行者との接触を実施していただけませんか。シェンの調査結果により、対象の住居は特定済みです」
「え!」
「絶対メトロが会った方がいいだろ」
「直接対面することには抵抗があります。しかし、メッセージは届けたいと判断しています」
「メトロはシャイじゃけぇ」
「でもデスゲームでガッツリ顔見せあったんじゃないの」
「情報を補足します。サノミヤが説明した『現実世界とspin one's wheelsでは外見が一致しない場合がある』という現象は、私自身が確認済みです」
「どゆこと?」
「デスゲームへ強制転送された際、私の外見は『裏プロのメトロ』に変更されていました」
「あぁ……つまり中身を晒してないってコト?」
「認識に相違はありません」
メトロはデスゲームに参加した際、天パの部屋着姿からアフロヘアーに車掌服という姿へとフォームチェンジしていた。
「外見データは立ち絵を忠実に反映し、体格も理想値へと補正されていました」
だからこそ、ヒイに本来の自分を見せる理由はないと考えていた。
「そりゃ恥ずかしいな。リアルの冴えないお前と顔を合わせたところで悲劇にしかならんわ」
「シェン言い方キツい」
☆彡
そして二月のとある週末。メトロの頼みにより、ヒイに会いに行く使者に選ばれたのは――
「ヒイちゃんは栃馬にいるんだー。近いようで遠いね」
「はぁ……」
――依頼主から推薦された糸哉と、全身から負のオーラを漂わせる幸樹だった。
「寒ぃ……朝早ぇし……」
「帰りが夜になるよりはマシかなって」
「何で俺なんだよ。ゲームは面白かったけど、別にヒイのモデルに興味ねぇぞ。行くならホットかユイガだろ」
「本当はその二人が適任なんだけどね。僕らより断然興味持ってたし。でもホット(偽装)彼女いるし、変な誤解あっても困るでしょ。それにメトロ曰く、モデルになった子も年齢以外はガッツリ変えてるから、ユイガは理想とのギャップにがっかりするかもしれないんだって」
「で俺らかよ……はぁ……」
「まぁまぁ。日帰りドライブ旅行だと思お?最近タンドリーに会えなくて寂しかったし」
「……しかも栃馬ってことは北か」
「気晴らしには丁度いいでしょ」
糸哉は明らかに気乗りしていない幸樹の背中を押し、シェンが手配したタクシーに乗り込んだ。
「おはようございます!熊本さんと服部さんですね!本日は隠者の弟子からのご依頼、ありがとうございます!」
「隠……なんて?」
「俺の別名。聞き流せ」
糸哉のスマホからシェンの声が流れる。迎えに来ていたのは個人タクシー『スフィンクス』――運転手は千車という、中性的な雰囲気の若い女性だった。シェンとは昔から付き合いがあるらしい。
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ!車内の温度は大丈夫ですか?」
糸哉が横を見ると、幸樹はマフラーに顔を埋めたまま小さく頷く。
「了解です!安全運転で爆走しますので、後ろでゆっくり休んでください!それでは……ものごっつAパワーで、出発進行!」
「元気だな」
「シェンがこんな個タク手配するなんて、らしくないと思ったけど……」
――乗り心地、良すぎる……。
「独特な車内の匂いしない……むしろいい香り……」
「運転上手いな……」
「乗ったら分かるじゃろ」
シェンは鼻高々に言う。
あれほどハイテンションだったにもかかわらず、運転中は無駄口ひとつ叩かない。千車は快活な笑みを引っ込め、プロの顔でハンドルを握っていた。
「じゃ、途中のサービスエリア着いたら起こしてぇ……」
「zzz」
「嘘!あのタンドリーがもう寝てる……だと!?マズい。僕も、もう……」
ガクッと力尽きたように寝た二人を乗せ、中間地点で途中休憩のサービスエリアを挟み――一時間後。
「――それでは!終わったら大声で呼んでくださいねー!」
「「…」」
元気よく去っていく車を見送りながら、二人はしばらく言葉を失っていた。
「……おかしくね?」
「おかしいね……」
驚くのも当然だった。個人タクシー『スフィンクス』は、糸哉たちが住む神奈浜から通常二時間半はかかる道のりを、ものの一時間で到着してしまったのである。
「どんなスポーツカーでも無理だろ」
「しかも休憩込みだよ?寝ぼけて時計見てなかったから気づかなかったけど、サービスエリアまでだって三十分じゃ絶対着かない」
「あのタクシーは加速が自慢じゃけぇ」
「車の企業努力で済む話じゃねぇ!」
「ワープしたって言われた方がまだ納得できるよ!しないけど!」
「うるせぇ!ちんたらすんな早よ行け!」
超常現象を当然のように受け入れるシェンに急かされ、二人は渋々目的地へ向かった。
「――接続準備が完了しました。これより通話へ参加します」
「あ、メトロ来た。僕ら着いたよ」
ヒイが暮らす家は、栃馬の市街地からさらに車で四十分ほど離れた山間部にあった。
周囲に民家はほとんどない。車よりトラクターを見かける方が多く、視界いっぱいに田んぼが広がる。空き地にはソーラーパネルが並び、都市部とはまるで別世界だった。
――景色は悪くないけど……。
糸哉が隣を見る。
「寒寒寒寒寒……」
幸樹は今にも凍え死にそうな勢いで震えていた。
もともと寒さが苦手なうえ、この地域は二人の住む大舞賀より標高が高い。晴天にもかかわらず、刺すような木枯らしが容赦なく体温を奪っていく。
「これは……早く済ませた方がいいね」
糸哉は気休めにもならないと分かりつつ、風よけになるよう幸樹の前を歩いた。
やがて、古い石州瓦を戴いた横に細長い平屋に辿り着く。
「私は同行者の生存を優先し、代償として先に殺されました。交流時間は極めて短いものでしたが、それでも同行者は当時の記憶を現在まで保持し、自責の念を継続している可能性があります」
「メトロが生きていた以上……たとえゲーム内でヒイちゃんがその後に死んでたとしても、この世界では生きている可能性が高いからね」
「……過剰な自己責任を背負っていないといいんですが」
「ショックでゲームに関する記憶失ってたとしたら……無駄足になるな」
糸哉が呼び鈴に手を伸ばしたその時。
「死ねコラァーーッ!!」
凍えるような風に乗って、少し離れた場所から怒号が響く。
「なっ……!?」
人並み外れた聴覚を持つ糸哉だけが、その異様な叫びを真っ先に聞き取っていた。
「向こうの車庫みたいなとこから恫喝ボイスが聞こえた……」
「事案か?」
事実を確かめるべく、年季の入った倉庫へ近づくと――
「あんのボケナス……!」
――怒り心頭といった様子の少女が、乱暴に扉を開け放った。そして次の瞬間、飛び出してきた少女と糸哉たちの目が合う。
「あ……」
「みっつの友達?ねぇアンタら格ゲー得意?」
糸哉が事情を説明しようと口を開きかける。しかし、それより早く少女は苛立ちを隠さない声で問いかけた。
――彼女がヒイちゃんかな?ブチギレてらぁ……一旦話に乗っておこ。
「……得意ですよー。一時期上位勢に食い込んだこともあります」
「なら今すぐあのカスを倒して!」
「えええ!?」
「おい……!」
抵抗する間もなく二人は少女に腕を引かれ、倉庫の中へ連れ込まれてしまう。
倉庫の中は農機具置き場だった名残を残しつつも、ゲーム機や大型モニターが並ぶ遊び部屋へと様変わりしていた。
「……あぁ?またチンケな連中連れてきたのかよ」
部屋の隅にいた少年が、複数人の気配に気づいてゆっくりと振り返る。
センター分けの金髪に、両耳にはバチバチに開いたピアス――その少年は一目で不良と分かる風貌だった。
プレハブ倉庫に入ってすぐ。
糸哉「この部屋あったか!?めっちゃ暖房効いてる!」
幸樹「住民も寒がりなんだな……俺みたいに(大判マフラーとイヤーマフ取ってロングダウンコートのフード脱いで一番上まで上げてたチャックを少し下ろす)」
糸哉「僕ツッコまないからね」




