第142話『spin one's wheels END2』
ヒイが目を覚ますと、そこは病院のベッドの上だった。
【ここは……病院?確か私ブレーキが間に合わなくて、自転車ごと崖下へ……】
【ヒイ!】
【……お母さん!】
彼女が辺りを見回していると、カーテンの向こうから母親が姿を現した。
【ああ、よかった……気づいたのね。心配したのよ。あんた駅裏の坂道の下で自転車と一緒に倒れてたんだって?びっくりしたんだから。お医者さんが念のため検査してくれて、頭の方は何ともないって……大丈夫?他に痛いとこはある?】
【大丈夫……心配かけてごめんなさい】
そして画面は白くフェードアウトし、【数日後】の文字が表示される。場面転換を告げるように、イベントスチルが差し込まれた。
【――もしもしお義父さん?今駅着いた。うん。はーい】
カメラは通話中のヒイの首元からゆっくりと上昇し、スマートフォンを右耳に当てた彼女の横顔を映し出す。
「……あ!」
その指先の隙間から覗く『Metroxy』の刻印に、ホットは思わず声を上げた。
場面は移動画面へ戻る。夕暮れの駅前。ベンチに腰掛けたヒイはしばらく動くことなく、心の中で静かに思いを巡らせていた。
【……なんだろう。この気持ち。スマホを見てるだけで、前より落ち着く。まるで……誰かが傍にいてくれるみたい】
「このヒイは記憶あるのかな」
【坂道の下で倒れた時からずっと感じる……この安心感の理由だけはずっと分からない。変なの】
「あ、無いみたいだね」
『ピロン』
すると『Metroxy』から見慣れない通知音が鳴る。
【ソフトウェアアップデートが完了しました】
【……?新しい標準アプリ?新機能?】
ホーム画面を見ると、昨日までなかったアプリが一つ追加されていた。
【……新機能、メトロポリタン。スマートフォンの利用時間を確認できて、一日の使用時間を設定できます……スマホがスマホの使いすぎ防止アプリを自動インストールしたの?】
ここでの選択肢は【開く】か【開いてやらなくもない】だった。実質一択である。
「まぁ……」
【開いてやらなくもないかな……】
ホットとヒイの思考がシンクロし、新しいアプリが起動した。
【ようこそ。ワタシは利用時間管理AI、メトロ・ポリタンです】
【レトロ?】
【――ザザッ。対象を誤認しています。ワタシのモデルはサメではなくモグラです】
「「えっ?」」
【本アプリは、スマートフォンの利用時間を記録・分析し、一日の使用時間を設定・管理します。本日の利用状況を確認しますか?ご希望の一日あたりの利用時間を入力してください。健全なデジタルライフをサポートします】
【……一瞬、何か変な文が……気のせいか】
ここでの選択肢も【使う】か【一週間くらい頑張って使ってやらなくもない】だった。実質一択である。
「いやもっと頑張れよ。ひと月くらい」
「なーに言ってんの。スマホの使用時間縛るなんてダイエットと同じくらいキツいよ?」
「テディもスマホ見ないだろ」
「あはははは!早く決めてよ!」
ホットがその選択肢を選ぶと、ヒイは表示された一週間分のスマホ利用時間のグラフを見て目を丸くした。
【うわ……こんなに使ってたんだ。いきなり一日二時間とか無理だから、三時間で設定してみようかな……】
【ピピピ……設定を完了しました。これより利用時間の管理を開始します。目標達成に向けて、一緒に取り組んでいきましょう。ワタシはいつもアナタのそばで利用状況を見守り、必要なときにはサポートします】
【…】
ここでイベントスチルが表示される。クローズアップされたヒイの表情には、今にもこぼれ落ちそうな涙が滲んでいた。
【おかしいな……。アプリの文章を読んだだけなのに、どうして……】
【アナタのより良い毎日を応援しています】
【……っ】
滲んだ視界越しにメトロからのメッセージを読んだヒイは顔を歪め、頬を涙で濡らした。
【私、頑張る……。頑張るから……ずっと応援してね、メトロ】
「……っ。うわ……(シュッ)」
「え、今テイッシュ引き抜いた音聞こえた?ホット?」
「いや……っ」
「ガッツリ泣いてる……」
ホットが感極まり、その様子に気づいたテディは苦笑を漏らす。
そして、終わりを告げるBGMと共にエンドロールが流れ始めた。
企画、制作、シナリオ、使用ツール、BGM、効果音、プラグイン。そして最後のイベントスチルに描かれていたのは――
「っふ……あはは!」
「はぁ……」
――スマホで自撮りしながら、自室で制服姿のままヒップホップに興じるヒイだった。
そして、画面左下に文字が浮かぶ。
【ENDING 2 『好転する車輪』】
「ホント最っ高だったぁ……!」
「めっちゃ感動してる」
「テディも泣けよ」
「泣かないけど……神ゲーではあったね」
「フリーホラーアドベンチャーゲームってこんないいんだ……」
名作すぎて爆泣きしたホットはしみじみと呟く。テディも号泣こそしなかったが、制作者への敬意を込めて拍手を送った。
「ヒイちゃんには末永く穏やかな日々を送ってほしいなー」
「メトロがいれば、意味なく画面を眺める時間減るだろうしな……」
「やがてヒイはスマートフォンを依存対象ではなく、生活を支援するためのツールの一つとして認識するようになります。それ以上でも、それ以下でもありません。本作品が、皆様の思考や考察を活性化する契機となれば幸いです」
「メトロありがとう!」
「よっ!」
ホットは名残惜しむように解放済みのイベントスチルを閲覧できるギャラリーモードを開く。
「よし!全イベントスチルコンプリート!」
「結構あるね……これナイアの負担ヤバかったんじゃない?」
「一週間で何枚描いた?」
そのタイミングで、画面共有を視聴していたナイアがチャットに書き込み始める。
『とんでもないです!ぼくにとって貴重な経験になりました』
「それってふざけんなコルァ!とんでもなく大変だったぜ!って意味?」
「ナイアいつも馬車馬のように働かせてゴメン。君はイルカなのに……!不本意なことがあるなら遠慮なく言って!」
『ち違います!素敵な作品だったので楽しく筆が進みました!特に普段あまり描く機会のないメトロさんのいろいろな表情やシーンを描けて、とても楽しかったです』
「メトロに表情差分あるか……?」
「ホット、こういうのってロボットハラスメントになっちゃうから。妙だって思ったら負けだよ」
「ロボハラ!?マジか……」
『この作品に関われたことを、とても嬉しく思っています。プレイしてくださった方々にとっても、忘れられない作品となりますように』
「制作陣がいい感じに締めてくれたなー」
「裏プロってすげぇ……!」
「俺もデバックやったで」
「完全版の実装に向け、シェンも引き続きご協力ください」
こうしてメトロ制作の謎解きホラーアドベンチャーゲーム『spin one's wheels』は――ユイガと回復したタンドリーによる実況配信を経て、その後無料公開されることとなった。
テディが知り合いの活動者へ作品を紹介したこともあって、有名Nico・Tuberやブイチューバー、ゲーム配信者が次々と実況プレイを投稿する。その盛り上がりは瞬く間にSNSで口コミとして拡散し、わずか二日でダウンロード数は六万件を突破。フリーゲームとしては異例のロケットスタートを切ったのだった。
おまけ『各ENDINGのまとめ』
True End『好転する車輪』(空色)。
条件:総菜室のPCを使って車椅子の拘束を解除し、タイムカードを切ってシャッターの穴を通る。
内容:ヒイとメトロは無事に地上へ脱出する。帰還後、義理の父との通話に使われていたスマートフォンには『Metroxy』の刻印があった。それに触れるたび底知れない安堵感に包まれるヒイだったが、『spin one’s wheels』に関する記憶を失っているため、その意味に辿り着くことはできない。
だが後日、ソフトウェアアップデートによって自動的にインストールされた『メトロポリタン』というアプリに出会う。これは使用時間の確認や一日の利用制限を管理するためのものだった。
ヒイは少しずつスマートフォン依存から離れ、心地よい明日へと歩みを進めていく。
Normal End『置き去りの車輪』(白色)。
条件:総菜室のPCを使って車椅子の拘束を解除し、タイムカードを切らずにシャッターの穴を通る。
内容:ヒイだけが地上への脱出を果たす。帰還後、彼女は液晶が割れて壊れた一台のスマートフォンを見つける。その機種名は『Metroxy』。しかし『spin one's wheels』に関する記憶を失っているヒイは、それが何を意味するのか思い出せない。何事もなかったかのように翌日を迎えるものの、胸には理由の分からない空虚さだけが残っていた。
Bad End『永遠に進まない車輪』(金色)。
条件:ヒイが車椅子に乗ったままシャッターの穴を通る。(タイムカードを切っても変わらない)
内容:『spin one's wheels』では人間の姿形のまま不死身となったスマホのメトロは、所有者であるヒイと共に、何一つ前へ進めないまま進歩のない日々を延々と繰り返していく。
Secret End『望んで取り換えた車輪』(橙色)。
条件:【新入社員の日誌】には一切目を通さず車椅子の拘束を解除し、タイムカードを切り、フォークリフトの追跡を躱しつつ【総菜作業室】へと戻る。そこで乗り捨てた車椅子に再び乗り、シャッターの穴を通る。
内容:???
テディ「こう見ると……バットエンドは絶対見て欲しいっていう製作者の意思を感じる」
ホット「まぁ……メトロにとってはハッピーエンドだしな」
メトロ「少女が絶望的状況下で感情を崩壊させる場面を観測することが何より好みです」
シェン「聞きたくねぇ……知っとったけど」




