第141話『良き結末を求めて』
気持ちを落ち着かせたホットは、スカイコードのアイコンを半目で見やる。
「裏プロのメトロは……人間だよな?」
「私はヒトの能力閾値を突破した存在――木属性種族Unknown・マシンのサポートタイプです」
「誰だメトロに中二病パッチ当てた奴!」
「元からインストールされとったで」
「あ、メトロはちゃんと実在するからねー」
アンドロイドジョークで場が和んだところで本題に戻る。
「でもってさっきのは……ノーマルエンドだね」
「ハッピーエンド?トゥルーエンド?俺全く違い分かってないけど……それとは違う?」
こういったホラーアドベンチャーゲームではおなじみとも言えるシステム――『マルチエンディング』。このシステムを採用した作品では、結末が以下のようなランクに分けられているケースが多い。
ハッピーエンド――事件を完全に解決し、誰も死なず、主人公も記憶や大切なものを全て保ったまま元の世界へ帰る『大団円』の結末。
トゥルーエンド――物語の『核心にある真実』が全て明かされる結末。必ずしもハッピーエンドとは限らず『世界の謎は解けたが、切ない犠牲を伴う』というほろ苦い結末になることも多い。
グッドエンド――プレイヤーが一周目のプレイで無理なく到達できる、最も王道で満足感のある結末。物語としてはきれいに完結するものの『世界の裏設定』や『事件の真の動機(黒幕)』といった核心には触れられず、表面的な問題だけを解決して幕を閉じることが多い。
ノーマルエンド――最低限の目的(生還など)は果たしたものの、いくつかの謎を残したまま幕を閉じる標準的な結末。『何か大切なことを忘れたまま日常へ戻る』といった、どこか割り切れない余韻が残ることが多い。
バッドエンド――途中で怪異に襲われて死亡する。異世界から永遠に出られなくなる。狂気に陥るなど、最悪の結果を迎えてしまう結末。
「ENDING1がバットエンド、ENDING3がノーマルエンドだったから……」
「3はグッドエンドじゃないんだ。一応ヒイちゃん無事に家帰れたけど……」
「メトロ――『Metroxy』が壊れない結末じゃないと、グッドエンドとは言い難いから……」
「補足情報を提示します。本シナリオに実装されているエンディングは全三種類です」
「じゃあきっと未開放のENDING2がこの物語のハッピーエンドかトゥルーエンドかグッドエンドなんだと思う」
「大バットエンド説は?」
「なくなはい……なんたってメトロが書いたシナリオだからね」
そこをうだうだ考えても仕方がないと、テディは小さく唸る。
「さっきの選択と行動じゃ足りない……どこかで条件を満たしてないんだ」
「他にやるべきこと……何かあるか?」
先行プレイのため攻略サイトは存在せず、頼れるのは自分たちの推理だけだった。
「――あぁ……メトロ褒めたらPC壊れてENDING1いったな……」
「サノミヤから逃げずに謝っても、総菜の牛人間にカスぶつけてもエンドの分岐に直結しなさそうだしなぁ……こりゃ参ったね」
「ミユちゃん……【新入社員の日誌】を全部読まずにクリアするとか?」
「いやエグいよ!トゥルーエンドに行かせる気なさすぎ」
「無いかー」
「…」
今回の制作は突発的に始まったこともあり、隠しエンド――普通にゲームをプレイしているだけでは決して到達できず、特殊な条件を満たすことで初めて解放されるエンディングまで作り込む時間はなかった。
――有効な提案と判断。今後の処理に反映します。
メトロは二人の会話をこっそりメモに書き残し、ゲームの公開を延期することにした。
「こういう分岐条件って大体終盤に用意されてるし、隠しエンドならともかくノーマルエンドでそこまで意地悪な作りにはしないと思う。日誌読むときも本当に読むか再度聞かれなかったしね。どこかにヒントが必ずあったハズ……」
「ENDING1でメトロが事務室の前で壊れてたのも謎なんだよな……初手でフォークリフトに轢かれたシーンとかなかったし」
――選択じゃないなら……鍵になるアイテムを拾い忘れてる?
数十秒考え込んだ末、いよいよメトロにヒントを求めようとしたその時。
「あ……」
――確かENDING3ラストのイベントスチルに……!
ホットの脳内で乾電池と豆電球が導線で繋がり、眩しい光を放った。
「……タイムカード!」
「え?」
「最後まで使わなかった!」
「あー!事務室で拾ったやつ!」
タイムカードとは、タイムレコーダーに差し込んで出退勤の時刻を記録する紙製のカードである。
ホットは震える手でマウスを動かし、解放済みのイベントスチルを閲覧できるギャラリーモードを開いた。
共有されている画面には、イベントスチル『置き去りの車輪』が表示されている。
ホットは【事務所】前の机の端にかろうじて映っている、タイムレコーダーに差しっぱなしのタイムカードを何度もぐるぐると囲った。
「ホラここ!これタイムレコーダーだろ」
「……そうなの?」
「タイムレコーダー知らないマジ!?」
「僕のバイト先、社員証をピッてして打刻するシステムだったから……」
「デジタルなんだよな最近って……!少人数の職場だとまだこっちだろ。機械に紙のカードを差し込んで、打刻日時を印字すんの」
「はぇー」
「それにどっかで読んだ日誌にも『着替える前にタイムカードを押せ』って書いてあった!」
「じゃあ……逃げながら退勤処理もしなきゃ駄目ってこと?」
「てかあんな机あったっけ……?」
ホットはひとまず、ヒイが自らの足で事務室へ入る直前のデータからやり直すことにした。
「事務所の前……段ボールがタワーになって壁だな」
「何かある?」
「ちょっと待っ、て……」
【ここだけ空の段ボール箱だ……押せばどかせそう】
「あった……!」
「おぉー!」
ヒイが段ボールを脇へ押しのけると、その奥には長机が隠されていた。
【薄汚れたタイムカードラックの中に、一枚だけ新品のタイムカードが混じっている】
「え……」
「二枚目?」
ヒイがラック長机を端から調べると、【タイムカード】を手に入れた。
ホットは間を置かず近くにあったタイムレコーダーらしき機械の前へ移動し、【タイムカード】を選択する。
【タイムカードを押す】【やめておく】
「うおぉ……!アツ!」
ホットは、自分の推理が的中したことに思わず声を上げた。
「じゃあ事務所にあるタイムカードも押さないと!」
テディも興奮を隠しきれずに次の行動を急かす。
そして二枚のタイムカードに打刻を終え、女性新入社員の怨霊と邂逅。暴走するフォークリフトから逃げる展開までは同じだった。
【うわっ!何か凄いのに追いかけられてるじゃないですか!】
【早く出るわよ。これで元の世界に帰れるわ】
【ぼくがこじ開けた穴でね。あ、感謝には及びません。お節介焼くのが趣味みたいなものなんで】
【…】
【…】
ヒイとメトロは揃って真顔だった。一瞥しただけで何も言わず、そのまま穴に向かう。
「よかったメトロいる……!」
「穴から出てる光も3と色違うよ!これ正解なんじゃない!?」
こうして、二人はシャッターの向こうに差し込む空色の光の先へ進んでいった。
しかし、ここでENDING3とは異なる展開が始まる。
「うぇっ!?」
「どしたどした」
シブミヤとサノミヤはシャッターを背に、迫り来るフォークリフトと対峙する。速度こそ原動機付自転車には及ばないものの、その重量と勢いは十分すぎるほどの脅威だった。シャッターごと押し潰しかねない鉄塊を見据え、シブミヤは思わせぶりな言葉を紡ぐ。
【この世界――『spin one's wheels』に囚われた者は、出口を求めてどんなに足掻こうと永遠に彷徨い続けるだけ……。耳を澄ませば聞こえるわ。ここを虚しく回り続け、やがて壊れていった、無数の心たちの悲鳴が……ふふ、ひとつひとつ晒し上げていたらキリがないわ】
「いや悠長……」
するとホットの声とほぼ同時に、一直線だったフォークリフトの軌道が斜めへ逸れた。
「えっ」
『ドガァンッ!』
【あーあ。ぼくが廃棄用油を撒いていた音すら、耳に入らなかったんですか】
【ァ……ウァァ……】
【本当ならお姉さんのその重〜い怨念も、ぼくが綺麗に盗んであげたいところなんですけど、ちょっとぼくの心には重すぎるんで……うん!そのまま置いていきまーす!】
【永遠にさようなら……次は冥界で会いましょう?】
こうして――シブミヤとサノミヤが脱出した直後、その空間は業火に飲み込まれてしまった。
「除霊完了……?スプリンクラーなかったのかな」
「ミユちゃん……」
一瞬、画面が暗転する。次の瞬間――映し出された光景にテディとホットは目を見開いた。
「これは……」
「まさか!?」
「反応パターンが前回と完全に一致しています」
シェン「俺は水属性種族ゴッド・Unknownのテクニカルタイプな」
テディ「聞いてないよ」
ホット「俺は俺は?」
シェン「まずこれプロメンバーの種族は全員ヒューマン・アニマルじゃろ?」
テディ「ホットは赤属性の体力タイプがいいな」
ホット「土属性はないの?」
テディ「四属性しかないから……ってこれ以上はマズいよ!」




