第140話『spin one's wheels END3』
「いや終われるかぁ!」
「メトロ急に豹変したね」
「どゆこと!?全然関係性が分かんない!メトロが最初から敵サイドだったってコト!?」
「実はヒイちゃんのストーカーで、冒頭でヒイちゃんが谷底ダイブしちゃったのも、メトロが『私の所有物にならない貴女は削除します』的な思想で乗ってた自転車に細工したとか……?」
「こーわ!いけど……流石に自分がモデルのゲームでそんなクソ男にしないだろ。PC操作してる途中で、逆に悪いウイルスに感染して意識も変えられたとか……」
「あー。それあるかもね。メトロならではっぽい」
「どうなんだメトロ!」
「その質問には回答できません」
「あっはっは!」
「言うと思ったよチクショー!」
ホットは悪態を吐き、セーブデータ一覧を開いた。
「何で……!?ホントに何で!?」
「どこかで間違えたから……狂っちゃったみたいだね」
「どこだ……?精肉のとこでどっちが隠れるかって選択のとこ?」
「でもそこは謎解きコースか激ムズアクションコース、どっちかのイベントを選んでねってとこじゃなかったっけ」
「撮影時間短縮のため情報を開示します。当該箇所はエンド分岐に直接関与しません」
「だってさ」
「なら……やっぱメトロが総菜室のPCを壊したとこか……?」
「あーあそこ?正解引いたらそこで車椅子の拘束解けるのかな」
「…」
ホットはあえて沈黙したが、制作者が無反応なのを見て諦めたように肩を落とした。
「メトロがノーリアクションなのが逆に怖い」
「エンディングはプレイヤー自身が探索によって発見すること――それが探索型ホラーアドベンチャーの本質です」
「間違いないね」
「分かった……でもその前にトイレ」
「あ、僕も」
気づけば撮影開始から二時間半が経過していた。短い休憩を挟み、ホットは覚悟を決める。【総菜作業室】のセーブデータを選択すると、彼は真っすぐ冷凍室へと向かった。
牛人間に毒ジャガイモを食べさせて追い払い、メトロは倉庫と化した冷凍室でPCを操作する。そして例の選択肢が画面に表示された。
【メトロにお礼を言う】、【自分のことを話す】、【何もせずじっと見つめる】
「見つめられたら手元狂ってぶっ壊しちゃうんでしょ?」
「急にお礼言ってもメトロ照れて壊しちゃうかもよ」
「有り得る!じゃあ……」
ホットが選択すると、ヒイは独白するように自らのことを語り始める。
【こんなに長い時間スマホ触ってないの初めてかも。私、結構スマホ依存で……学校でもつい見ちゃうんだよね】
【注意喚起。長時間のスマートフォン使用は、十四歳の視覚機能に悪影響を及ぼす可能性があります】
【だって、本当のお父さんに買ってもらったものから……。うち親が離婚してて、今はお母さんと新しいお父さんと暮らしてるんだけど……今使ってるスマホは、入学祝いに前のお父さんが買ってくれたの】
【理由として成立していません。ただし、そのスマートフォンが貴方にとって重要な存在であることは把握しました】
【生身のままここに来ちゃって、鞄ごとなくなってたから……スマホ、無事だといいんだけど】
【――ハッキング完了。車椅子の拘束システムを正常に解除しました】
『バキンッ!』
【……!!(足と腰に巻かれてたベルトが外れた……!)】
「「おー!」」
なんと今回は、総菜作業室でメトロがヒイの車椅子の拘束を解除することに成功した。
ここで新たなイベントスチルが表示される。ヒイがメトロの手を取り、ゆっくりと車椅子から立ち上がる感動的な一枚だった。
【メトロ……本当にありがとう……!】
【私は任務を遂行したまでです。では次の目標地点へ向かいましょう】
【うん!】
「エモーい」
「めっちゃいいじゃん!これだろ正規ルート!」
こうして二本の足で歩けるようになったヒイは、フライヤーの底に隠されていた【事務室の鍵】を回収し、後ろに続くメトロと共に事務室へ入る。
【これまで二回、デスゲームと呼称される異世界PCへのアクセスを実行。その結果、特殊なネットワーク空間の拡張を確認しました。一定時間の潜行により、本世界の深層領域へ接触の接触が見込まれます】
【それなら、私は別のところを調べてみるね】
「おー。ここでメトロがこの世界をハッキングして逃げるルートに繋がるんだ」
「じゃあ後は逃げるだけ……?」
そこから先は前回と同様だった。ヒイがシブミヤの用意した【新入社員の日誌】を読み、この世界の主である女性新入社員の怨霊が苦しみ、メトロが世界のエネルギーへ干渉するところまで――展開に違いはない。
【あんた強運よね。あたしたちが来た時に参加するなんて……忸怩たる思いだけど、便乗を許してあげる。さぁ出口はこっちよ】
「こっからヒイちゃんが自分の足で逃げるルートか……」
「車椅子の時とスピード同じなのはご愛敬だね」
車椅子の時と走る時で操作感に大きな違いはない。二度の失敗を経て、ヒイは無事シャッター脇で待つサノミヤと合流した。
【うわっ!何か凄いのに追いかけられてるじゃないですか!】
【早く出るわよ。これで元の世界に帰れるわ】
【ぼくがこじ開けた穴でね。あ、感謝には及びません。お節介焼くのが趣味みたいなものなんで】
ここでヒイの表情が一変する。重大な事実に気づいたのだ。
【……待って。メトロは?】
【あら本当。あの便利さんどこに行ったの?】
「えぇ!?」
「ホントだメトロいねぇ!」
【気にする必要ないですよ。ぼくらと同じで、あれも元いた世界とは見た目が違うみたいでしたし……ってヤバっ!ほら、早く出ますよ!】
【待って!メトロを探――】
「ええええええ」
「あれあれあれあれ」
こうして、ヒイたちはシャッターの向こうに差し込む白色の光の先へ進んでいった。
一瞬、画面が暗転する。次の瞬間――映し出された光景にテディとホットは目を見開いた。
「これは……」
「まさか!?」
ヒイが目を覚ますと、そこは病院のベッドの上だった。
【ここは……病院?確か私ブレーキが間に合わなくて、自転車ごと崖下へ……】
彼女が辺りを見回していると、カーテンの向こうから女性看護師が現れた。
【あぁ、よかった。意識が戻ったのね。貴女、駅裏の坂道の下で自転車と一緒に倒れていたのよ。検査の結果、頭に異常はなさそうだけど、自分の名前や今の状況は分かる?】
【はい。私の名前は――】
『カシャン』
【あ、何かが床に落ちましたね。これは……】
ヒイが言葉を発したその時、不意に何かが床へ落ちる。看護師が代わりに拾い上げると、画面がイベントスチルに切り替わった。看護師の手に握られていたのは、背面ガラスが無残に砕け散ったスマートフォン。
【私のスマホ……】
そしてその中央には――モグラマークが施されていた。
「えええええええ」
「待て待て待て待て」
【あぁ……ここまでバキバキなら、修理に出すより買い換えた方がいいかもしれないね。貴女の『Metroxy』】
「はぁーーっ!?」
「『Metroxy』ってスマホの機種名……!?」
ここで背景が暗転し、真っ黒な画面にヒイのモノローグだけが表示される。
【あれからすぐにお母さんが迎えに来て、私はいつも通りの生活に戻った。手元にあるのは、新しいお父さんが買い替えてくれたスマホ。別の機種になってしまったことに、何故か胸の奥がモヤモヤした。けれど新品の最新型だと自慢げに笑うお父さんの前では、そんな不満を口にできるはずもなかった】
「『Metroxy』ユーザーじゃなくなっちゃったんだ……」
「新しいお父さんちゃんと良い人」
【……何か、とても大切なことを忘れてる気がする。大切な何かを、ぽっかりと失ってしまったような気がしてならない。でもそんな感傷に関係なく、私には明日が来る。だから私は、諦めて自嘲するしかなかった】
二人が呆然と画面を見つめる中、終わりを告げるBGMと共にエンドロールが流れ始めた。
企画、制作、シナリオ、使用ツール、BGM、効果音、プラグイン。そして最後のイベントスチルに描かれていたのは――
「うわっ……」
「はぁ……」
――【事務所】前の机の上に残された、背面ガラスがバキバキに割れた『Metroxy』だった。
そして、画面左下に文字が浮かぶ。
【ENDING 3 置き去りの車輪】
「お……終わり!?テディ助けて!解説!」
「つまりスーパーの世界にいたメトロは、スマートフォンが擬人化した姿だった……そういうことじゃない?」
「俺ずっと気になってたんだよ。サノミヤとシブミヤがメトロを完全にモノ扱いしてたの……ただ性格が終わってるだけじゃなかったのか」
「最後の最後でサノミヤが【ぼくらと同じで、あれも元いた世界とは見た目が違うみたい】って言ってたから、あの二人も人間とは限らないのか……。結局、あのシブミヤとサノミヤが何者だったのかは謎に包まれたままだね」
いくつかの伏線は回収され、隠されていた真実の一端が明らかになる。しかしそれ以上に新たな疑問が生まれ――二人のモヤモヤは解消されることなく残っていた。




