第137話『宮の利己』
サノミヤはメトロの隣へ立つと、不貞腐れたようにため息を吐く。
【はいはい、返しまーす。やっぱいいや……値段の割にセンスないし】
【何その態度!】
【ご希望でしたら、こちら譲渡いたします】
「「え!?」」
【マジ!?美品二千五百円のハンカチを!?】
【メトロ!】
【貴方のような人物が所持するのに最も適していると判断しました】
【クスクス……ギリ悪口じゃない?】
「あはは確かに」
「メトロもそれでいいのか……?」
メトロは唐草模様のハンカチの返却を拒むと、ヒイの車椅子を引きながら静かに後退する。
【惣菜作業室の端末を使用し、貴女の拘束を解除します。移動を開始しましょう】
【待ってよ。せっかく見つけた掘り出し物なんだから、そう簡単に手放すわけないでしょ?】
【はぁ……!?】
【デスゲームクリアのため……これ借りるわ。暗算もハッキングも一瞬だし、ライト代わりにもなったの。無駄に戦闘力が高いだけの猿より、よほど使い勝手がいいわ】
【ウッキッキー。そういうことなんで、ヒイさんは終わるまでその辺に隠れといてください】
「自ら猿に寄せるスタイル……」
「えっえっどういうこと?自分たちの目的のためにメトロを道具扱いして、足手まといなヒイちゃんはその場に置き去りにするつもりってこと?」
【ふざけないで!あんたたちマジ最っ低!人間の皮をかぶった悪魔か何かなの!?】
【年上への口の利き方も知らないガキの意見なんてハナから求めてないの。壊れなかったら、そのうち返してあげる】
「ヒイちゃんは……中学生か」
「向こうの二人は高校生っぽい。いや大して年変わんな……」
サノミヤとシブミヤが一歩近づくと、メトロはヒイを背に隠すように前へ出た。
【強い殺意と利己的意図を検出……了解しました。私は引き続き従います。交換条件として、彼女には危害を加えないでください】
【メトロ……!?】
「おいメトロ!何ガキの言いなりになってんだ!」
「情けないぞ!サノミヤの菜切り包丁に屈するな……って言っちゃったけど、メトロってFPSでも後方支援のキャラばっか使ってるからね」
「私は平和的解決を最優先とし、不要な争いを回避するようプログラムされています」
テディとホットがガヤを入れたその時。
『ドスン!ドスン!』
【!?】
【え……?】
聞き覚えのある足音と共に画面が大きく揺れ――
『ドンッ!』
「ファーー!」
「上から!?」
――天井から鶏の頭に人間の身体を持つ異形が勢いよく降ってきた。
「タンドリー!?」
「うおー!また来てくれた!」
【鶏もいたんですか……さっき牛刀使っちゃいましたよ】
サノミヤが不利だと言いたげにぼやくと、鶏人間は鋭く視線を向け――彼と隣にいるシブミヤを標的に定めた。
【コケッ……ミヤ、ニハ、バツ、ヲ……】
【えーーっ!?何でぼくら!?】
【理由は論を俟たないわ!ゲームマスターの仕組んだ試練が始まったの……!ここは一旦退くわよ!】
豚人間はサノミヤとシブミヤを追って駆け去り、ヒイたちは見向きもされなかった。残された二人は呆然とするが、やがてメトロが先に我に返る。
【移動を開始します。惣菜作業室はこちらです】
【う、うん……あ!結局サノミヤって奴、メトロのハンカチを……】
【問題ありません。原因の一部は私の不注意にあると判断しています】
【そんなの駄目だよ!大事にしてたんでしょ?今からでも取り返しに……!】
【自宅には保存用・鑑賞用を含め同一アイテムを複数保有しているため、支障はありません】
【コレクター!?】
「メトロが唐草模様マニアキャラになっちゃう……」
長い会話イベントが終わり、ようやく探索パートへ戻る。ヒイたちは逃げるように【惣菜作業室】へ入り、真っ先にセーブ用のクリスタルへ触れた。
スーパーの中でも、とりわけ労働災害や火災の危険が高い総菜作業室に酷似した部屋。
大きな作業台が部屋の中央を占め、その隣の流し台には、油でべっとりとした洗い物が山積みになっていた。
【衣のついた三徳包丁や、レモン汁が付着したペティナイフがそのまま放置されている】
ここで画面はイベントスチルへ切り替わる。手前のペティナイフの柄に合っていた焦点は、ほどなくして奥のヒイへと移った。
【……やっぱり、私たちも武器を持った方がいいのかな】
彼女は思い詰めたような表情で口を開く。しかしメトロは無表情のまま、静かに目を伏せた。
【非推奨です。経験不足により、保有後に敵対勢力へ鹵獲される確率が高いと予測されます】
「メトロさぁ……何で『鹵獲』なんて言葉使う?何で読める?」
「私が発言した内容だからです」
「ちなみに敵の武器を奪うって意味だよ」
「俺が後で聞こうと思ってたこと先に言われた……」
――ホントにテディとメトロ読ませる役にしてよかったー。
漢字に弱い実況者ほど、説明文や登場人物の台詞が読めずに詰まることはあるあるだった。
【あーあ。メトロが破壊光線出せるくらい強かったらなー】
【なんでやねん】
「「えーーっ!?」」
突然方言でツッコミを入れたメトロに、ヒイ、テディ、ホットの三人は今日一番の衝撃を受ける。当の本人はというと、イベントスチルでもボイスでも平然としていた。
【ツッコミストの手法を模倣しました。評価をお願いします】
「タンドリーそんな雑じゃないよ!?標準語だし!」
「まさか今の参考元ってシェン……?確かに方言で喋ってるけど、あんなコテコテのツッコミしないだろ」
【あはははははは!な、なんでやねん……メトロが、っふ、ははははははっ!】
『アトデ、オマエ、コロス』
画面ではヒイが大笑いし、メトロの個人チャットではシェンから殺害予告が送られてくる。収拾のつかない騒ぎは、ゲーム内外の両方で起きていた。
やがてヒイもメトロの忠告を受け入れ、向こうへ行こうと彼を指さして促す。二人が流し台から離れたところで、シーンは移動画面へと切り替わった。
「…」
「ホットどした?」
「いや……おりゃっ!」
ホットとヒイは腹を括り、業務用炊飯器の蓋を開けた。
【鮮やかなエメラルドグリーン。綺麗な色なのに、食欲は一切湧かない】
「うひぇ……次いこ」
続けて何が入っているか分からない巨大な寸胴鍋の蓋を開ける。
【真っ黒なカレーが煮えたぎっている。表面には骨がたくさん浮かんでいる】
スチームコンベクションオーブンの扉を開くと、中から無理やり押し込まれた豚の頭がぬっとはみ出した。
「うわーっ!」
【規格外に大きな豚の頭。こんがりと丸焼きにされている】
【…】
画面のメトロは何故かオーブンから目を逸らしていた。しかしホットとヒイはその異変に気づかず、フライヤー周りを調べ始める。
【揚げ物の匂いがする。まだ油は冷めきっていない】
【……何かあるみたい】
「お」
【揚げカスに混ざって何かが沈んでいる】
「何か掬えるモノ……壁にはかかってないね」
「なら……」
もう一度流し台を調べると、洗い物の中から【揚げ網】を発見。その状態でフライ―ヤーを調べると【油の底を探る】と【何もしない】という選択肢が出た。
「おーこれで……」
「何が出てくる……!?」
【油の中をさらうと、揚げカスに混ざって光るものが埋もれていた】
「「……え!?」」
二人は【事務所の鍵を手に入れた】という表示を読んで驚きのリアクションを取る。
「……あれ!?アイテム増えてる」
「本当だー。いつの間に」
ホットがアイテム欄を開くと【事務所の鍵】の隣に、見覚えのある【ジャガイモ】が並んでいた。
【サノミヤが投げつけたジャガイモ。芽が生え、皮は緑色に変色している。とても食べられそうにない】
さらに冷蔵庫を開けると【新入社員の日誌】が見つかる。ヒイはペラリとページをめくった。
【今日は総菜部門の一日体験の日。熱源が多いので、どの部門よりも暖かい。
働いている人のほとんどが腕に火傷の痕を作っていた。消えないけど、時間が経てば少しずつ薄くなるそう。時間が経てば、目に見える怪我も、目に見えないものも……少しはマシになっていくものなのかな】
「思ってないから停滞して……ミユちゃんはこんな世界を作ったんじゃないの?」
「まだミユちゃんが作ったとは限らないだろ。デスゲームも中二病キャラのシブミヤが勝手に言ってるだけで」
考察が盛り上がる中、ヒイたちの足が冷凍室の前でぴたりと止まる。そこには、牛の頭と人間の身体を持つ異形が寝息を立てていた。
【前回の訪問時、ここは豚人間が防衛していました。サノミヤという少年が精肉部門より牛刀を調達。対象に刺突後、オーブン内に投入しました】
【……倒さなきゃ駄目ってこと?】
【その結論には同意できません。代替案を検索中です】
ここで表示された選択肢に、テディとホットは腹を抱えて笑った。
【話しかける】【すくいたての揚げカスを投げつける】【牛を煽るラップをかます】




