第136話『再会を望んだ先に』
テディは虫の名前を手掛かりに、自分なりの考えを述べる。
「多分……『虫』を『無視』に変換したらどうかな」
「『ヨトウムシ』が『ヨとウ無視』になるってコト?」
「『ホウレンソウ』の六文字から『ヨとウを無視』したら四文字になるね。残りもそんな感じで無視するワードを引いてったら……」
「……こうだ!」
「あっ」
ホットは浮かびあがった【4・2・7・4】を疑いもなく入力する。すると――
『ドンッ!グシャッ!』
「えー!」
「やっぱり……」
――赤文字で『死になよ』と書かれた段ボールを積んだ台車が、ヒイを真横から跳ね飛ばした。
「何で!」
「最後の台車が罠かな?【ゴキブリが轢かれて潰れている】は『ゴ、キ、ブ、リを消す』じゃなくて単純に『ゴ、キ、ブ、リが潰れているから数えない』って解釈するとか」
「言ってよー!」
「ホントに合ってるかな?って聞いてよー」
こうして暗証番号【4・2・7・6】で扉のロックが解除される。
【メトロを探さなくちゃ……お願い。無事でいて】
「メトロどこー迎えに来てー」
「はーい。(土からモコモコッ!ニョキッ!)」
「ははははは!それで来たらメッチャ面白いわ」
「オリジナルを凌駕しないでください」
一同は安心した様子でメトロとの合流を再開した――と思いきや。
「「誰!?」」
行く手には、学生服にジャージを重ね着した黒髪の少年が佇んでいた。
【君がヒイさんですか?ぼくサノミヤって言います】
「ホット読んでよ」
「えー。サノミヤ君もぼくキャラなんだから一人二役してよ」
「えー」
結局テディが二人の声を読み上げる。
【どうして私の名前を……?】
【アンドロイドの亜種みたいなのが君のこと探してましたよ。僕もそれを手伝ってたんです】
【メトロが……!?メトロは大丈夫なの!?】
陽気なBGMが流れ始め、サノミヤと名乗る少年は笑顔のままヒイの後ろへ回った。
【今はぼくの連れと油臭い部屋にいます。一緒に行きましょう。ぼくが車椅子押していいですか?】
ここで現れた選択肢を見て、二人は目を丸くする。
【お願いします】【ポケットから何か出てますよ】
「これは……」
「聞くよな。気になるし」
【あれ、ポケットから出てるのって……】
【いいでしょう。二千五百円のいいやつですよ】
【……っ!?】
ここでイベントスチルに切り替わる。画面左手前には唐草模様のハンカチを握るサノミヤの姿。その奥には、ぼんやりとヒイらしき人影が映り込んでいた。
「えええ」
「サノミヤ!?」
フラッシュバックのように、メトロがヒイの涙をハンカチで拭うスチルが挿入される。続いてそのハンカチだけを切り取った拡大カットが約一秒表示された。
【それ、メトロの……どうして……?】
映像が元のスチルへ戻ると、今度は奥にいたヒイへピントが合う。彼女はショックのあまり、顔を青ざめさせていた。
【え?もう……何言ってるんですか。これは僕のものですよ】
「今『もう僕のモノですよ』って言いかけた?」
「サノミヤ君の台詞テディに読ませて正解だったな」
「ん?どういう意味かな?」
【……(偶然かもしれない。でも……)】
「そうだヒイちゃん!疑っていけ!」
ヒイは迷いをあらわにし、ホットが励ましのコメントを挟む。イベントが明けて移動画面へ戻ると、サノミヤは底意地の悪さを隠そうともせずニイ、と口角を上げた。
【というか、あんな電波全開のイタいキャラが美術館の小洒落たハンカチなんか持ってたらギャグでしょ。ヒイさんも知ってますよね?自認アンドロイドとかヤバくないですか?】
【……!(間違いない、あのハンカチはメトロのだ……!この人が盗んだんだ!)】
【さ、行きましょう。ここは危険です】
【近寄んないで!一体メトロに何したの!?】
【…】
「わっ!」
「あっ!」
ヒイは車椅子を急発進させてサノミヤから離れ、身体ごと向き直る。するとサノミヤは、芽が生えた緑色のジャガイモを彼女めがけて投げつけた。
【キャッ!】
【ちょっと、人の話聞いてました?ぼくらと一緒にいるって言ったじゃないですか。あんまりワガママ言うと――】
ここでサノミヤの立ち絵が変化する。菜切り包丁を舐める彼の口元には、不気味な笑みが浮かんでいた。
【――次はこれ、投げちゃいますよ】
【……!】
「ヒイちゃん逃げて!」
ヒイに感情移入していたホットは、【謝る】、【逃げる】の選択肢を迷わなかった。
【嫌あっ!誰かー!】
【ッチ……!待ってください!】
直線の逃走劇が始まる。だが、ヒイは突然ガクンと右へ逸れた。
「あーぶなっ!」
「うわっ今の避けれたの!?」
上空カメラによる三人称視点とはいえ、背後から突然包丁が飛んでくる演出は心臓に悪い。ホットは思わず声を上げたが、画面のヒイは走り続けながら紙一重で包丁を躱した。
そして二マップ目の直線を駆けるヒイの前方に、見慣れた背格好のキャラクターが現れる。
「「メトロ!?」」
【ピピピ……!生体反応を確認。異常はありませんか】
【メトロ……っ、よかった……。怪我はない!?どこも悪くしてない!?無事なんだね……っ?】
【私は正常に稼働中です。即時救援は実行できませんでした。謝意を表明します】
【そんなのいらないよ!私が勝手にしたことだし……ちゃんと無傷で帰ってきたんだから、そんな顔しないで】
「よかったねぇ……」
「ホントに……」
『――パチパチパチパチ』
感動の空気が広がる中、それを茶化すように拍手の効果音が鳴り響いた。
【万々歳ね。この空回った世界を生き延びて、また巡り合えるなんて】
「うえっ!?」
「新キャラがどんどん出てくる」
茶髪の少女が横から姿を現す。台詞欄には、左目を眼帯で覆った女子高生の立ち絵が添えられていた。
【こちらの現地住民から協力を強制されていました】
【現地住民じゃないわ】
【はぁはぁ……走らせないでくださいよー】
【っ!メトロ逃げよう!この人ヤバい!】
ヒイは追いついてきたサノミヤに怯え、後ろにいたメトロへ縋りついた。
【彼も彼女と同じく現地住民です】
【だから住んでないって。あたしはシブミヤ。連れが不作法でごめんなさい。あたしたちもこのデスゲームの参加者なの】
【デス……ゲーム?】
【デスゲームとは、生命を賭けることを前提に設計された競争システムです。生存が唯一の勝利条件となります】
【ふふ……ここに来てからずっと何が起きたか分からず、困惑していたでしょう? 教えてあげる。ここは、不運な事故によって未来を奪われた一人の女性――その底知れぬ怨念が具現化した、哀れな怒りの檻……】
「シブミヤさん……ちょっと患ってるっぽいな」
「眼帯だしね」
【ここ、一度入ったら生きて帰れないで有名な場所らしいんですよ。ぼくたちはそこをなんとか攻略するために派遣されたんです】
【彼らの目的は我々と同様、当該エリアからの脱出です。現時点では協力対象だと認識しています】
【……メトロがそう言うなら】
ヒイはどこか釈然としない面持ちで、自分たちとは違い、意図的にこの場所へ足を踏み入れたサノミヤとシブミヤを受け入れる。
【私とサノミヤも最初はあなたと同じ、その車椅子で自由を奪われていた。まぁこいつはあたしより先に、およそ正気とは思えない手段で拘束をねじ切ったんだけど】
【常軌を逸してる存在って、なんかカッコいいですよね】
【喋んな。この規格外の馬鹿が】
「シブミヤさん!?」
「口悪っ!」
【私が正しい呪縛の解き方を模索している最中に出会ったのが、この異端で高性能なそれよ】
【惣菜作業室のPCからシブミヤさんの拘束を解除できる状態にありました。直後、サノミヤさんより脅迫を伴う命令を受理。要求を拒絶するメリットは皆無と判断し、先行して拘束を解除いたしました】
【無理矢理メトロに言うこと聞かせたの……!?最低!】
【ふふ。酷い言い草ね。交渉と言って欲しいわ】
【各部屋に刃物が用意されてる世界ですよ?自衛の手段すら取ってないそっちが平和ボケしすぎです】
「成程ね。メトロサイドの状況は分かった」
「敵も嫌だけど味方にもいてほしくないな」
サノミヤは言葉に詰まるヒイとメトロを見て、さらにおどけた笑みを深めた。
【ぼくは二人が拘束解いてる間ヒマだったので、ヒイさんを探しに行ってたんですよー。危険を重々承知で】
【……そうですか】
「めっちゃ嫌そうな顔してる……!」
「もう嫌いじゃん」
台詞横のヒイの表情には、意地でも謝罪や感謝だけはしたくないという本音がありありと表れていた。
【そうだメトロ!あのハンカチは!?】
【ポケット内収納物をスキャン中……対象アイテムの存在を確認できません。紛失、または未収納の可能性があります】
【あ】
【やっぱり!】
【あら。また盗んだの?こいつはこういう奴なの。終わってるわよね】
その口調と笑顔からは、シブミヤが彼の手癖の悪さをを知った上で見限っていることがはっきりと窺えた。




