第135話『いつも隣にデッドエンド』
人間とは思えない重量の足音が作業場へ近づく。ヒイたちが咄嗟に身を隠そうとしたスペースは、残酷なことに一人分しかなかった。
【脅威を検知。速やかに身を隠してください】
【でも……!ちょっと待って!】
メトロは一刻を争うと判断し、抵抗できないヒイを作業台の下へ押し込もうとする。だが心優しい彼女は素直に身を隠すことを躊躇った。
【作業台の下に隠れる】【メトロを隠れさせる】
「ここで選択肢かよ!?」
「未来の分岐ありそうだねぇー」
「分岐?」
「今までみたいにどっちか一方は正解で、ハズレは強制死亡ルートの選択肢かもしれないけど……もしかしたら今回のパターンは選択次第で、結末が変わるかもしないってコト」
「えぇー。うっわ……えぇ!?」
「まぁどっち選んでも最終的には変わらないパターンもあるしね。ホット好きな方選びな」
「うーーん」
ホットはキーボードから手を離し、腕を組んで悩む。
「俺だったら秒で自分が隠れる……だって車椅子だし」
「アドバンテージがデカすぎるもんね」
「けどさぁー。ヒイちゃんいい子じゃん。今も葛藤してる雰囲気出してるし……死にたくないって言ってんのに!」
「メトロって足速いの?」
「確認します。それは現実世界の私を指していますか」
「うん。リアルの方で」
「ピピピ……記録によれば、五十メートル走のタイムは常時十秒未満を維持していました」
「遅っ!?」
「脅威がほぼいない地中で生活している土竜だから……地上だと絶望的に無力なんだ」
「そんなメトロを危険に晒せねぇよ!」
言うが早いか、ホットは【メトロを隠れさせる】を選択した。するとヒイの表情から葛藤が消え、静かな覚悟が宿った。
【ずっと車椅子を押して走ってくれてありがとう。もうクタクタでしょ?】
【状況を分析した結果、貴女が隠れることが最適解です】
【大丈夫、私には電動モードがあるから。もしものことがあっても、私一人でちゃんと逃げ切ってみせる】
ヒイは手で車椅子を回し、メトロを作業台の下に入るよう促す。
『ドゴオンッ!』
彼女が素早くゴミ箱を元の位置へ戻した直後、売り場に面した壁が内側へ弾け飛ぶ。
粉塵が舞い、瓦礫を蹴散らして姿を現したのは――頭だけが鶏の人間だった。筋骨隆々の身体で、肉の水分を吸い取るミートペーパーの巨大ロールを鈍器のように肩へ担いでいる。
「あははははは!タンドリーじゃん!」
「タンドリー俺だ!ホットだ……ってイヤーーッ!」
当然、相手はメンバーのタンドリーではない。本物の化け物である。
簡易型の電動車椅子を急発進させ、鶏男とのチェイスが始まった。
ホットの意思が憑依したヒイは反射的に鶏男がぶち破った穴から精肉売り場へ飛び出す。すると通路のあちこちには豚や牛の頭蓋骨が積み上げられ、進路を塞いでいた。
「えーっと、こっち!」
ホットもといヒイは、レースゲームで鍛えた瞬発力と操作精度を遺憾なく発揮する。迷路のように入り組んだ売り場でもインコースで曲がり、次々と最短ルートを見抜いていった。
「でも鶏の異形が速い……!」
「ギリ行ける……っては!?まだ続くの!?」
一つ目のマップを抜けた先に広がっていたのは、見覚えのある青果売り場だった。しかしさっきまでとは比較にならないほど通路は複雑化し、障害物も増えている。
「うらぁー!」
「さぁホット選手、売り場変えしたお野菜コーナーを勘で突っ走る!」
背後から迫る鶏男との距離を冷静に測りながら、ホットは直感で最適なルートを選び続けた。
【はぁ……はぁ……。逃げ切れた……?】
「っしゃあ!」
「一発クリア!?」
「信じ難い結果です……業運とは、侮れないものなのですね」
こうしてホットは、二マップ構成の高難度チェイスを初見で突破してしまった。
「俺、後ろから追いかけられるの慣れてるから……」
「毎日誰かしらから逃げてるもんね」
「そうだね。今週も知らないオッサンに殴られそうになって……」
「あぁー。ホットのお客さんのお客さんと揉めたって話?」
「それ先週。ってセーブセーブ……」
ちなみにメトロの解説によれば、この場面は選択肢によってルートが分岐する。
後の配信で操作担当のタンドリーが選んだ選択――ヒイが作業場の下に隠れると謎解き脱出フェーズが、メトロを隠れさせると鶏の化け物から逃げるアクションフェーズが始まる。
後者は前者より大幅に難易度が高く設定されており、公開後に配信や実況動画が増えるにつれてその事実は広く知られることになる。
「当該難所は、複数回の失敗を経て突破されることを前提としています。一発でクリアしないでください」
「ふふふふふ!ホットー。メトロ拗ねちゃったよ」
「いや行けちゃったなぁ」
メトロとはぐれ、ヒイが迷い込んだ先は青果の作業場だった。
【バッテリーは……あと70%。メトロと合流するまで持ってくれるといいけど】
電動モードのまま周囲の探索を始めると、コンテナの中にはグズグズに溶けて変色した土野菜が山積みになっていた。
【どれも腐って異臭を放っている】
作業台には溶けて黒ずんだレタスがへばりつき、泥まみれの台布巾やまな板が無造作に放置されている。
【長い間、誰も片付けていないようだ】
果物を扱っていたらしい作業台も悲惨だった。
【カビだらけのレモンやみかんが転がり、果汁の跡が黒くこびり付いている】
「ここも衛生状態終わってない?」
「放置されて何年も経ってるって感じだね……」
作業場の奥に置かれたプラスチック製の引き出しを調べると、【新入社員の日誌】を見つけた。ヒイはペラリとページを開く。
【青果部門の店舗スタッフに配属されて二か月。数学部で研究した幾何学も、将来役立つかもと思って頑張って取得した統計検定二級も、ここじゃ何の役にも立たない。段々と、ここで野菜を触っている時間が無駄に思えてきた。
そんなことを考えながら退勤したら、鮮魚の女性チーフに『着替える前にタイムカードを押しなさい』ともの凄い剣幕で怒られた。更年期障害なのかな。そんなにイライラして噛みついてこなくてもいいのに】
「偉っ!ミユちゃん凄い頑張ってるじゃん。今日も一日本当にお疲れ様。ミユちゃんの焦ってる気持ち、俺もちょっと分かる気がする。今の自分に納得いってないときってあるよな。でも、職場の方はミユちゃんのこと無駄とか絶対思ってない。うん……大丈夫。今はミユちゃんの傍にいたいから。鮮魚チーフってまだそんな関わってないでしょ?そんな人に急に怒られたらビックリするよな。俺でも怖いもん」
「長いよ。途中で黒服に呼ばれたのを断る一下りいれなくていいから」
「日誌に対する詳細な相談対応は要求していません」
ざっくりと新入社員の悩みに触れた一行は、その隣にある冷蔵室へ足を踏み入れる。
入ってすぐ、床に【社内新聞記事の切れ端】が落ちていた。ヒイは拾ってペラリとめくる。
【十月十日。××店にて、食品部門の男性社員がフォークリフトを運転中、青果部門の女性社員と接触する事故が発生しました。新入社員だった彼女は右足に重い障害を負い、車椅子での生活を余儀なくされています。皆さんも作業中の安全確認を徹底しましょう】
「「ミユちゃん……!?」」
【……なんだろう。分からないけど、この空間は……この女の人と関係がある気がする】
二人がコメントに困っていると、読み終えたヒイが小さく呟く。
「マジか……『新入社員だった』って過去形ってことは、もう……」
「辞めちゃってるね。ミユちゃんがこの世界の主説あるよ」
冷蔵室は鮮魚や精肉より広く、台車には大量の段ボール箱が積み上げられていた。ヒイは手前から順番に調べていく。
【ホウレンソウの台車。ヨトウムシがいる】
【レンコンの台車。ダンゴムシがいる】
【ネーブルオレンジの台車。アブラムシがいる】
【ブロッコリーの台車。ゴキブリが轢かれて潰れている】
「おぉ……これも絶対何かある匂いがする」
「感じる?」
最後の台車を調べ終えたところで、冷蔵室の奥にある金属製の扉へ目を向ける。そこにはテンキーが取り付けられていた。
【四桁の数字を入力しなければ開かないらしい】
「じゃあ……この台車がヒントだね」
「テディ……」
泣きつくのがあまりにも早いホットに、テディはテディは苦笑を漏らす。彼も謎解きは得意ではないため、とりあえず思いつく仮説を挙げていくことにした。
「分かんないかー。いや僕も探り探りでいくけど。まず答えが『四桁の数字』だから、僕らはこの四台車から数字を見つけなくちゃいけない」
「数字……?もれなく全部のキーワードが語呂合わせ不可能だけど」
「文字数に変換してみるとか」
「じゃあ手前から……野菜の文字数の【6・4・8・6】?それとも虫の【5・6・5・4】?」
「うーん……」
よかったら解いてみてください。




