第134話『死にまくる選択』
外野の願いなど知る由もなく、メトロは機械的な口調で一言。
【生存の定義によります。脳死状態のまま有機素材として搬出されるケースも脱出に含めますか?】
【そ、そんなの脱出じゃない……!】
【感情的な不安は生存確率、および脱出成功率を更に下げる要因となります】
「冷酷だよ!」
「人の心とかないんか!?」
プレイヤーたちの非難の嵐の中、ヒイは言葉の重みに押し潰されるように俯いた。台詞の横に表示された立ち絵も――彼女の深い傷心を物語るように、今にも泣き出しそうな顔をしている。
【何で……何でそんなに冷静でいられるの!?】
【私が貴女より先に熱暴走を起こすことは、脱出成功率を著しく低下させます】
【でも……もう嫌だ。怖いよ……!魚のいた部屋には何も、パソコンなんて無かったのに!ねえ、私は車椅子から一歩も動けないんだよ!?逃げることも、抵抗することもできなくて……ここでバケモノに殺されるかもしれない……!】
【…】
【お父さん、お母さん……!】
【……その感情は、私には知識としてしか理解できません】
ここでBGMが切ない曲へ切り替わる。それに合わせて会話画面は特別な一枚絵――いわゆる『イベントスチル』へ移行した。車椅子の後ろに立っていたメトロは泣きじゃくるヒイの前へ回り込み、跪いて彼女と目線を合わせている。
「……!」
――すげぇ!こんな演出もあんの!?
ホットはここが物語の最初の山場なのだと肌で感じ、言葉もなく震えた。
【貴女の手によって起動された時点で、最優先任務は貴女の脱出を支援し、共にこの場所を離脱することです。エネルギー残量がゼロになるまで、あるいは機体機能が停止するまで……私は貴女の意思に従い行動を継続します】
イベントスチルの一部が差し替わる。メトロは唐草模様のハンカチで手を拘束されたヒイの代わりに、その頬を伝う涙をそっと拭った。ヒイは一瞬きょとんと目を丸くしたものの、すぐにふてぶてしい表情へと変わる。
【……もっと分かりやすく言って】
【私は、貴女が目の前で生命活動を停止していく光景を記録したくないのです】
イベントスチルが終わり、移動画面へ戻る。ヒイの表情も通常の立ち絵に戻っていた。
【そのハンカチどこで買ったの?】
【美術館にて購入しました。データベースでは『縁起の良い模様』と分類されているため、継続的に使用しています】
【へぇ……ぷっ。あははははは!】
十四歳のヒイにとって、唐草模様は『大昔のコソ泥がこぞって使う柄』という印象が強い。失礼だとは分かっていても、メトロがそれを使っている光景はあまりにも予想外で噴き出してしまう。
「ちなみに、僕らの服って裏プロ含めて仕事着じゃん」
「うん。楽でいい」
そんなシーンを見たテディは、少し視点を変えた余談を挟んだ。
「メトロ描く時も『何か要望ある?』って聞いたら『憧れの職業です』って泥棒のフリー素材送られてきた」
「ははははは!メトロ!?それは……本当になりたいってコト?」
「窃盗は違法行為です。ですが、人間は『何を守るために法を破ったか』という動機を重視します。義賊とは、その価値観を象徴する存在なのです」
「そういうことね。まぁ却下して元々の職業にしたけど」
「でも分かる。俺も怪盗キャラ好き」
機械のような話し方は変わらない。それでも、その何気ない一言には彼自身の意思と好みが滲んでいた。その小さな発見が、ヒイの心に張っていた警戒を少しだけ解いていく。
「わざわざ壁に『無駄な努力ご苦労様』って書いてんならさぁ、ビビる必要ないってことかな」
「とみせかけて……正面から出刃包丁がヒュンッ!」
「あぁぁヤメテ!」
ヒイたちは薄暗い一本道を慎重に進む。しかし脇に積まれた資材が崩れることも、床に転がる作業靴がひとりでに動き出すこともなく――拍子抜けしたまま次の扉へと到着した。
扉の先に広がっていたのは、精肉の加工場らしき部屋だった。
「来ました精肉部門」
「あれ!牛も豚も鳥もいない!鮮魚にはマグロが埋まってたのに!」
鮮魚作業室と同程度の作業室にはトレーワゴンが何台も並び、狭い通路をさらに圧迫している。
【パックされた加工肉が積まれている。傷み始めたような、酸っぱい臭いがする】
壁際では巨大なスライサーが誰もいないにもかかわらず稼働し続けている。
【円盤状の刃が高速で回転している。それに触れたらひとたまりもない】
「ちゃんと音が耳障りだなー」
「怖い」
傍らには正体不明の塊肉が置かれていた。
【黒ずんだ色をしており、明らかに腐敗が進んでいる】
奥には大型のミンチ機が設置されている。ヒイたちはその前で足を止め、投入口を調べた。
【毒々しいほど鮮やかな赤い肉片がべっとりとこびりついている】
流し台には玉ひも、削ぎ落とされた脂身、切り離された骨が散乱し、その合間を縫うように牛刀や筋引包丁が無造作に放り出されている。
「ここも酷いねー」
「美味しそ……はマズいか」
「生肉食べたがってんじゃないよ」
作業台のまな板は赤黒い液体で濡れ、ミートペーパーに包まれた正体不明の肉塊がいくつも転がっていた。
【下にキャスター付きのゴミ袋ホルダーがある。どかすと、人が入れそうな空間がある】
「あ、これ後々隠れる場所?」
「かもね」
ホラーゲームに慣れていないホットですら、隠れ場所だと気づくほどあからさまだった。
そのまま探索を続け、ヒイたちは部屋の奥にある冷凍室の前へ立つ。
【とても低い温度で、扉越しにも冷気が伝わってくる】
画面下に入るか入らないかの選択肢が表示された。
「入る……」
「へー今度は普通に入れるんだ」
ホットが恐る恐る決定ボタンを押すと――さっきまでの即死イベントとは違い、ヒイたちは何事もなく冷凍室へ足を踏み入れた。
「おぉー。これが精肉部門の冷凍室……」
「ホントに?」
霜が降りた室内には、氷漬けになった『何か』がいくつも並んでいる。誰もが不穏な気配を振り払えないまま、最も巨大な氷塊の前へと歩みを進めた。
【人間が二人凍っている。一人は車椅子に乗り、もう一人は立ったまま車椅子を押しているようだ】
「え?」
『ピキ……ピキピキ……』
表示が消えた直後、冷えた音が空気を裂く。
『パキン!』
画面全体がホワイトアウトする。二人は完全に分厚い氷の檻に閉じ込められ、先客と同じ姿勢のまま――その場で永遠に時を止めた。
「あぁ……。鮮魚で冷凍室が開けられなかったのは、生物が活動できないくらい寒いですよって警告だったのかな」
「オッケー。でも冷蔵室入っちゃお」
「さっき死んでたのに……」
完全に理解したと言わんばかりの口ぶりで、ホットは入口横のセーブポイントに向かう。鮮魚の冷蔵室では痛いどころではない目に遭ったが、果たして精肉の冷蔵室はどうか。
「はいっ!はいっ!クリアリング安全確認オッケー!?」
「フッ……大丈夫そうだね」
作業室より一段と冷え込んだ冷蔵室には、解凍されたさまざまな肉や部位ごとに仕分けられた肉が、透明な袋に密封されて棚に保管されていた。ここにも肉のパックを載せたキャスター付きワゴンが置かれている。
【脂汚れで黄ばんだ紙束がある。ずいぶんと長い間ここに放置されているようだ】
ヒイは部屋の隅に積まれた段ボールの上に【作業手順書まとめ】と書かれた冊子を見つけ、ペラッとページを開いた。
【作業手順書まとめ】
・熊肉の場合。
筋が極めて太い。まずは筋引包丁を使い、表面の硬い膜を薄く剥ぎ取れ。肉質が非常に硬いため、他3種よりも見た目を小さく切らなければ、すぐに目標の重量を超えてしまう。
・犬肉の場合。
比較的骨が大きく、肉の歩留まり(肉として使える割合)が悪い。肋骨の周りは肉が薄いため、骨に肉を残さぬよう、刃先を細かく動かして慎重に骨を外せ。
・猫肉の場合。
非常に肉が柔らかく、水分が多い。包丁を前後に細かく動かすと肉が潰れてしまう。手前に引く一太刀で一気に切り落とすのが、正確な重量を生むコツだ。
・■肉の場合。
皮下の脂肪層が非常に厚い。この脂をどれだけ残すかで重量が大きく変わる。この肉の重量がすべての基準となる。繊維が最も緻密で崩れやすいため、完全に冷やした状態で包丁を入れねばならない。
「これもヒントかな」
「テディ任せた」
「まぁチェイスやってもらってるしね……。ホットが解けなくて詰むとこも見たくはあるけど」
「俺も謎解いてスッキリしたいよ。でも時間かかるし……」
手順書に目を通したものの、それ以外の収穫はなかった。ヒイたちが冷蔵室を出たその時――
『ドスン!ドスン!』
――床を揺らすような重苦しい足音が、確実にこの部屋へと向かっていた。
【な、何……!?誰かこっちに近づいてる!】
「じゃーここで……」
ホットは迷うことなく移動キーを押し、二人を作業台へ向かわせる。ゴミ箱を脇へどかすと、ヒイがある重大な事実に気づいた。
【車椅子のせいでスペースが足りない……!ここには二人も入れないよ……】
【作業手順書まとめ】を読んだ後。
ホット「この肉のチョイスはワザと?」
メトロ「仰る通りです」
テディ「■肉ってまさか、じ……」
メトロ「ご想像にお任せします」




