第133話『二人の運命は空回り?』
すると、そこは先程までとは様子が違っていた。
「不気味な鮮魚コーナーになってる!」
「あはは!どの魚も顔色悪いなー」
左手には冷蔵ショーケースが並び、その中には漢字で書かれた札と共に魚が陳列されている。
「え……」
「おっと、これは……」
「何の魚って言ってたっけ」
「サバだね」
「…」
「ふふっ」
画面では、ヒイたちがショーケースの前を右往左往している。操作しているホットの苦悩が透けて見えるようだった。
「これ……か?」
【この魚を取りますか?】
「ねぇテディ何か言って!」
「頑張れ」
「クッ……!」
――反応が読めねぇ……!当たってんのか!?
ホットは単細胞ハラスメントだと心の中で抗議しつつ、勘を信じて【鱒】を選択。そのままマグロの元へ運んだ。
【モグモグ……美味しいんギョ】
「おっ!食べてる」
「イケた!?ミラクルで正解引いたんじゃない!?」
【じゃあ、あげるんギョ……血祭りに】
「ぇっ」
言い終わるや否や、マグロの頭が勢いよく突き出された。
『バクンッ……ボリゴリッ!』
嫌な咀嚼音と共に、ヒイとメトロの上半身が消えた。そのまま【GAME OVER】画面へ切り替わる。
「ヴッ」
「あれ?ホットも食べられた?」
「マジでさぁ……てかメトロに聞けば一発だろ!」
「サバは鯖と書きます」
「声で言われても分からん!?」
ホットは二人におちょくられるも、正解の【鯖】を選び直して再挑戦する。
【この魚を食べさせる】【目の前でこれ見よがしに食う】
「……一旦食べとくか」
「捌かせてよー。サバだけに」
「は?」
最初は見送っていた後者を選択すると、ヒイは躊躇なくサバにむしゃぶりつき――骨が喉に刺さって絶命した。
「ホラ死んじゃった!テディがクソ親父ギャグで場を凍らせるから!」
「ごめんっ……我慢できなかった……!」
【モグモグ……美味しいんギョ。じゃあ、渡すんぎょ――】
好物の魚を平らげたマグロは、みるみる活力を取り戻す。
【――引導を】
「正解演出……ふぇ?」
次の瞬間、壁ごと破壊する勢いで隠されていた全身があらわになり、巨大マグロはヒイたちへ襲いかかった。
「えぇー!?」
「ヒャーー!」
メトロは反射的に車椅子を押し、鮮魚コーナーを全力疾走した。
だが三人称視点のゲームであることが裏目に出る。真っ直ぐ走ると巨大マグロが画面を独占し、ヒイたちの姿は完全に隠れてしまった。
「あははは!デカすぎんだろ……!」
「あーー助けてーー!」
悲鳴と爆笑が交錯する中、メトロは突き当たり寸前で車椅子を鋭く切り返した。
『シュピンッ!』
刹那、鋭い切断音が響く。青果コーナーを周回していた厨房カッターが横薙ぎに通過し、巨大マグロを真っ二つに切り裂いた。
切断されたマグロはその場に崩れ落ち、厨房カッターも勢いを失って停止する。
【……!助かったの……?】
【同士討ちによる無力化を確認。運と呼ぶべきかは不明ですが、当方の生存率が上昇しました】
マグロの断面からは血と内臓があふれ出し、濁った目は完全に生気を失っていた。
【死んだ魚の目をしている。今はもう動かない】
厨房カッターも全体が赤黒く染まり、高い硬度を持つ刃にはマグロの肉片や内臓がこびりついている。
【先ほどまでの切れ味は失われている。ただの鉄塊のようだ】
「危ないトコだったねぇ」
「ラ、ラッキー」
作業室へ戻ったヒイたちは、まず忘れずにセーブを済ませる。すると先ほどまでマグロが埋まっていた壁の奥に、新たな通路が現れていることに気づいた。その先には【冷蔵室】と書かれた札が掛かっている。
「あー成程。どうりで見当たらないと思った。冷蔵庫っぽい設備が全然無かったし」
「じゃあここが【冷蔵室】……」
テディが納得したような声を漏らし、ホットは【奥で何かがじっと息を潜めている気配がする】の後に続く選択肢を見る。
【中に入る】【やめておく】
迷うことなく【中に入る】を選択した。すると【本当に?】という文字が表示される。そして、再び同じ選択肢が現れた。
「うわ出たー。再確認してくるタイプね」
「あぁ。もうこれ絶対死ぬやつじゃん……でも入るわ!」
操作主のヤケクソな決断に従い、ヒイたちは冷蔵室へ足を踏み入れると――
『ザワワワワワッ!』
――薄暗い室内で無数の魚が床や棚から飛び跳ね、津波のようにヒイたちへ押し寄せてきた。
『クチャックチャックチャッ!』
「ァー!」
「うわー」
画面を埋め尽くす魚の群れがヒイたちに群がり、二人は骨まで食い尽くされる勢いで飲み込まれた。
「普通サイズの魚でも束になると怖いね……」
「数の暴力……」
普段なら食卓に並ぶ側の魚に蹂躙された一行は、リトライ後に改めて気を取り直す。
ヒイたちは本命である【寿司作業室】へと足を踏み入れた。
まな板や包丁、オートパッカーといった設備は隣の部屋と大差ない。しかし海苔巻きロボットが【寿司食いねぇ!】と元気よく声を張り上げ、シャリ玉ロボットが負けじと【古いねぇ。今の殺し文句は寿司三昧よ!】と応戦した。
「それも……古いんじゃない?」
「どっちも旬過ぎてるよ」
そしてマグロの言っていた通り、部屋の奥には次のエリアへ続く扉がある。
【開かない。暗証番号が必要のようだ】
表示とともに六桁の入力画面が現れた。
「数字と……え、アルファベットも打てる!」
「ブラフかな。それとも本当にアルファベットが必要なのか……」
ヒイたちは解除の手掛かりを求めて再び室内を探り始めた。
しばらくして、賞味期限や値札シールを発行するハンドラベラーを発見する。ヒイが手に取り、カシャッと一枚出してみると――そこには六桁の数字が印字されていた。
「これで開くんじゃない?」
「桁数も一致してはいるね……」
テディはその数字を見た瞬間、嫌な胸騒ぎを覚えた。しかしホットは特に疑うことなく入力を始める。
「えーと……【564219】っと」
一拍の間を置いて【暗証番号が違うようだ】という無情なメッセージが表示されたその時。
『ボッ!ゴォォォォッ!』
轟音が響く。何の前触れもなく巨大なハンディーバーナーが現れ、火炎を噴き上げながらヒイたちを文字通り殺しに行こうとしていた。
「やっぱり……」
「罠かよ!」
改めて調べ直すと、普段は酢飯が入っている番重の中から【業務報告書まとめ】と書かれた冊子を発見した。
【業務報告書一。対象:サワラ。
状態:身が柔らかいため、切り身にする際は包丁の角度に注意すること。
備考:桜が咲き始める頃になると、お客様からの問い合わせが増える。売り場への陳列を強化する。
業務報告書二。対象:カジカ。
状態:本日の入荷分は型が良い。鍋物用のパックにするため、アラも捨てずに活用すること。
備考:紅葉が色づき、肌寒くなってくるとよく売れる。明日は少し多めに発注しておく。
業務報告書三。対象:コノシロ。
状態:酢締めにするため、下処理を急ぐこと。鮮度落ちが早いので時間との勝負。
備考:雪が降り積もる時期は特に身が引き締まっていて美味い。温度管理を徹底する。
追記:■■の魚を揃える計画だったが、何故かあの文字だけどうしても書けない】
「あー成程ね?」
「何か分かった!?」
「多分これかな?っていうのは。やー随分ご丁寧なエリアだなー」
扉を開く手掛かりに気付いたテディは、まず【新入社員の日誌】を読み直してほしいと言った。
「ここ……お客さんがミユちゃんに聞いた『スズキの旬っていつだったかしら?』の質問、これの答えは夏なんだよ」
「へー」
「で、業務報告書に書いてある魚……サワラ、カジカ、コノシロの漢字は文字にするとこうだね。今編集で字幕乗せてるんだけど」
「ごめんテディ。俺にも分かるようにチャットで教えて」
どれも分からないホットは、編集された動画で簡単に確認できる視聴者を羨んだ。
「鰆、鰍、鮗ときて、【■■の魚を揃える計画だったが、何故かあの文字だけどうしても書けない】となると……」
「はいはい!■■の文字に当て嵌まるのは【夏】ってコト!?」
「それか【季節】だと思うんだけど……一旦【夏】って打ってみて」
――でも六桁……ならこっちか。
ホットが閃きのままに夏を意味する英単語【summer】を入力すると――ガチャッと鍵が外れる音が鳴った。
「行けたわ!」
「ナーイス!」
ヒイたちが作業場を出ると、そこにはバックヤードの通路を思わせる空間が続いていた。そして正面の壁には、赤い文字で英文が記されている。
【Thank you for spin one's wheels(無駄な努力ご苦労様です)】
【……私たち本当に、生きてここから出られるのかな】
「ヒイちゃん……そうだよね。まだ十四歳のJCだもんね」
「メトロ!今こそ年長者のカッコいいフォロー!」
極限状態の中、年相応の弱さを見せるヒイ。その姿にテディとホットは、ゲーム内のメトロへ包容力のある対応を求めた。




