第132話『ご期待ください』
【この人格特性との適合率が高いと認識してからは、継続的に当設定を標準仕様として運用しています。特別な存在ではなく、この地球で製造された個体に過ぎません】
【そうなんですね(自覚がある変な人だ……)】
「「そうなんだ……」」
あまりにも自然な口調で『自認アンドロイドであることを誇りに思うただの地球人』と言い放つメトロに、テディたちは曖昧な返事しか返せなかった。
こうしてパニック寸前だったヒイもメトロの提案を受け、二人で脱出を目指すルートへと進んでいく。
「ずっと気になってたけど、ここってスーパー?」
「不気味な野菜コーナーだね。じゃあ最初にヒイがいたところはそこの作業室とかかな?」
現在ヒイとメトロがいるのは、スーパーの青果売り場を思わせる空間だった。
長方形マップの形は漢字の『目』に酷似しており、四方を囲む通路に加えて内部を横切る道が二本走っている。しかし中央の横道――『目』の三画目にあたる通路は、崩れた陳列棚から零れ落ちた野菜によって完全に塞がれていた。
その下の横道も同じように野菜が散乱しているものの、こちらはギリギリ通り抜けられそうだ。
【感情に基づく即時行動は推奨されません。あちらの個体と同じ結末を迎える恐れがあります】
カメラが右側を映した途端、陳列棚の上から蝿の群れが現れた。
『ブブブブブブ……』
【キャッ!】
「わ!」
聞くだけで不快感を覚える羽音に、ヒイとホットは人形のように整った表情を歪める。
【あれは……人なの?】
蝿たちは茶色く丸まった何かの周囲を飛び回っていた。遠目にはただの塊にしか見えない。しかし、その輪郭はどこか人間の頭部を連想させる。
「えっ怖いー。急にグリッてこっち見て来るかな」
「テディの想像が一番怖い」
【形状、寸法、表面特徴を照合。解析結果――】
身構える三人をよそに、メトロは落ち着いた様子で対象をスキャンする。
【――対象は玉ねぎに分類されます。なお、サイズは人間の頭部と同等以上です】
「なーんだ玉ねぎかぁ」
「ビックリしたー」
【……早く進もう】
緊張が少しだけ解ける。
『シャンッ!』
しかしその油断を嘲笑うかのように――巨大玉ねぎが斜めに切り裂かれた。
「えええええ」
『カシャン!カシャン!』
刃が噛み合う音と共に姿を現したのは、主にカボチャの切断に使われるステンレスの厨房カッターだった。それはまるで意思を持つ生物のように、刃を開閉させながら独りで動き回っている。
「わーー!」
「チェイススタート!」
迫り来る厨房カッターから逃れるため、メトロはヒイの車いすを押して駆け出した。命の危機を告げるBGMに急かされ、ホットは咄嗟に最初のエリアへ続く扉に飛びつくが――
【開かない】
「鍵かかってんの!?」
――扉は固く閉ざされたまま微動だにしない。
「ホット後ろ!」
「っ!うおおおお!」
テディの焦りの声が響き、ヒイたちは間一髪でその場を離れる。しかし禍々しい刃は、背後数センチの距離まで肉薄していた。
「これもう切れてない?メトロ服大丈夫?」
「いやまだイケるっ……!」
――一番近い道は……ここだ!
ヒイたちは最初から画面内に表示されていた出入口を目指し、最短ルートで逃走を開始する。
ホットが選んだのは『目』の四画目にあたる横通路だった。こちらも野菜が散乱しているが、中央の通路ほどではない。
「よし通れたっ……!」
『ガシッ』
「え?」
積み上がった野菜の山を通過したその時、中から痩せ細った腕が突き出された。
【助けて……】
今度は野菜ではなく、本物の人間だった。瀕死の女性が藁にも縋る思いでメトロの足首を掴む。
振り払う暇も、声を返す暇もないまま――背後から迫っていた厨房カッターが『シャンッ!』と乾いた音を立てて振り下ろされた。
「……っ!」
【GAME OVER】が表示される直前。ホットの目には、厨房カッターの刃が二人をまとめて切り裂く光景が焼き付いていた。
「全体が見える視点で2Dドット絵ならそんな怖くないだろって思ってたけど……なにこれ!」
「怖い?」
「怖い!これ残りの二人大丈夫!?」
「大丈夫大丈夫」
粗いドット絵にもかかわらず、背筋が冷えるほどの恐怖を感じる。
ホットにとって、こうした2Dドット絵の謎解きホラーアクションアドベンチャーは未知のジャンルだった。もちろんプレイするのも初めてである。
「メタ発言すると、多分あのカッターはこの部屋にいる時しか追ってこないよ」
「ホント?諸君!これがフリー謎解きホラーアクションアドベンチャーゲームのセオリーである!?」
「キメ台詞の長さで記録取れるね」
対してテディは他実況者の動画を視聴済みだったため、反応にも多少の慣れがあった。
【お化けの仕業……?勝手に道具が動くなんて、あり得ない!】
【ポルターガイストという説明は論理性に欠けます。現時点では、厨房用カッターを模した自律移動ロボットである可能性を推定します】
【あんな殺戮マシーンが存在していいわけない!あぁもうサイアク……絶対に無傷で帰ってやるんだから!】
ヒイとメトロは危険な最短ルートを避け、回り道の末に次の部屋へ辿り着く。そこでセーブ用のクリスタルが現れると、難所を突破した実感にホットは肩の力を抜いた。
「もっかい外出てみたら?」
「や、一旦この部屋探索させて」
そこは鮮魚コーナーの作業室だった。
ヒイはメトロに車椅子を押してもらいながら、調べられそうな場所へ片っ端から近づいていく。
打ちっぱなしのコンクリート床に灰色の壁。部屋の広さもそれほどではなく、一部の異常を除けば危険らしい危険は見当たらなかった。
流し台の上には大きなまな板が放置されている。
【使い終わったままのまな板だ。薄っすら赤い】
蛇口からは今も水が流れ続けていた。
【内臓が零れた魚が置きっぱなしになっている。腐ってはいない】
作業台にはブラシや出刃包丁、刺身包丁が雑然と並んでいる。
【どれも洗われていない。赤黒い汚れがこびりついている】
ヒイの背丈より高いトレーワゴンからは、魚市場を凝縮したような匂いが漂っていた。
【血合いと骨が放置されている。生臭い】
「オイこのスーパー終わってるだろ」
「お魚コーナーでこうならお肉コーナーはもっとヤバいかもね」
そんな作業場の壁には、なぜか巨大なマグロの頭が埋まっていた。
「…」
「あれ?調べないの?」
「こんなもん最後だ最後!コイツ絶対ヤバい」
ヒイたちは露骨なモブキャラクターを無視して部屋の隅へ向かう。そこには冷凍庫らしき扉があった。
【扉が凍り付いている。開きそうにない。中は極寒みたいだ】
「あ、入れないんだ」
【室温の低下を検知。鮮度維持を目的とした温度管理が行われています】
「作業室……設定温度10℃!?外と変わんないな」
「スーパーの鮮魚コーナーで働く冷え性さんは冬特にキツいだろうね……」
頭上の棚には資材が山積みにされていた。ヒイはその隙間に一枚の紙が挟まっているのを見つける。
「新入社員の日誌……?」
【読む】【読まない】の選択肢が表示されたが、ホットが迷うことはなかった。
ペラッと紙をめくる。そこには次のような内容が綴られていた。
【今日は各部門を回る研修の日。最初に案内されたのは鮮魚部門だった。
作業場は、私が配属された青果よりずっと寒くてびっくりした。
売り場で品出しをしていると、お客さんに話しかけられた。
『スズキの旬っていつだったかしら?』
分からなかったので正直にそう答えた。
するとそのお客さんは『態度が悪い』と怒り始めた。
これが噂のカスタマーハラスメントなのかな。社会は思っていたよりも厳しい】
「これは……」
「いやミユちゃんは悪くないよ。部門外のこと聞かれてもしょうがないよね」
「秒で味方につくじゃん。名前呼び早っ……」
ホットは一人称だけを根拠に新入社員を女性認定し、ホストモード全開で彼女を擁護し始めた。
その後、冷凍室とは反対に位置する【寿司作業室】と書かれた部屋は固く閉ざされたままだった。ヒイたちは満を持して、例のマグロの頭へ話しかける。
【ギョギョッ!今日はよく話しかけられる日だギョ】
「さ……魚が喋ったー!」
「いや語尾のクセ!」
【先に調べたかどうかは知らんギョが、寿司を作る部屋は我が閉めたんギョ。出口もあの部屋の先にあるんギョ】
「こんなデッカいマグロとなると一人称も『我』なんだよね……!」
【開けてほしいんギョ?皆そう言うんギョ。だから我も願いを叶えてもらうために閉めてるんギョ】
「何?解体して欲しいとか?」
「自ら志願するの?喋るマグロの刺身なんて食べたがる人いるかな……」
【我の大好物のサバを食べさせてほしいんギョ。そうしたら開けてやるんギョ】
「魚……どこ?」
「売り場じゃない?」
流石にあの厨房カッターの化け物はもういないだろう。そう判断したホットはヒイたちを売り場に移動させた。




