第130話『不確かな体験』
長編『spin one's wheels』編スタートします。(13話くらいあります)
糸哉は編集部屋でシェンとスカイコードを繋いだまま声色を改める。
「そのDMって仕事の?」
「おー。それ関係じゃったら毎回秒で返信来るが……」
「五日経った今も音沙汰無しと。電話は?」
「スマホの電源は入っとるみてーじゃけど全く出ん」
「じゃあPCは?壊れてたりしてる?」
シェンは返事の代わりにマウスを動かし、メトロのPCを確認する。
「PC側に問題は無い。(返信が)止まって三日目で確認したら……アイツPCスリープ状態のまま放置しとった。今見ても何も変わってねぇ」
「体調不良か家族関係のトラブルか……」
「闇金業者やスジモン系のヤバイ奴等に目ぇ付けられたか……」
「何で前提が犯罪絡みなの」
「家で孤独死しとるかもしれんけぇ明日様子見に行ってくれん?」
「え!メトロって一人暮らしだよね?それに……」
彼の住まいは遠方にあり、糸哉の家から向かうには新幹線と相応の移動時間が必要だった。
「明日もド平日だし……学校終わった足で行くのはちょーっとキツいなー?」
「休みゃえーが」
「いいの!?」
「緊急事態」
シェンは普段、糸哉が学業を疎かにしないよう父親から監視役を任されている。そんな彼が休みを勧めるのだから、事態の深刻さは推して知るべしだった。
「ならパッと行って午前中には終わらそー。始発で行こっかなー」
「んなバイタリティあんなら学校行け」
「メトロん家初めて行くやー。楽しみー」
緊張感を帯びた話し合いが一区切りついたその時。
『――ご心配には及びません。当拠点への物理的なアクセス、および訪問の必要性は認められません。ご安心ください』
失踪疑惑の中心人物であるメトロが、あっさり通話へ参加した。
「メトロ!」
「お前何しとったんワレェ!」
『お待たせいたしました。個体識別コード、メトロ・ポリタンは現時刻をもちましてネットワーク空間への再同期を完了。これより通常オペレーションに復帰致します』
通話には参加したが、メトロはいつも通り文字で意思疎通を図っている。その独特な口調が健在なことに、糸哉はほっと息を吐いた。
『本来、一月発売の新作タイトル【ぽよぽよヴィータ】プレイ時間を確保するため、一ヶ月前より年末年始の連続稼働含むスケジュール調整を実行中でした』
「メトロ……君もか」
「お前ほんまクソ真面目な馬鹿よな」
『しかし、突発的なイベントの発生により自作ゲームの開発タスクが最優先で割り込みました。そのため、五日前よりインターネットカフェにて開発作業に全リソースを割り当てております。思考の処理能力をすべて開発に割いていたため、メッセージへの返信タスクが遅延しておりました』
メトロは極限まで集中したい時、あえてインターネットカフェに缶詰になることがある。閉鎖的な空間に身を置くと作業モードへ入りやすいそうだ。ただし精神的な消耗も激しいため、そう頻繁に行うわけではないらしい。
「ネカフェおったんかよ!家いろや!」
「そんな変わんないよ」
「あ」
『あ』
「で『突破的なイベント』って何さ」
糸哉が涼しい顔で会話を進めると、チャット欄に入力中のサインが表れる。
『一月二日。自室でのスリープモード解除後、未知の閉鎖空間への強制転送を確認。同エリア内にて、同様の経緯で侵入した他プレイヤー(現状認識能力:低)と接触』
「「は?」」
『周辺環境のスキャンを実施した結果、当該エリアが【デスゲーム】と定義される危険な生存競争空間である確率が極めて高いと試算されました』
「「はぁ!?」」
メトロの説明はあまりにも淡泊だった。糸哉たちが穏やかな正月を過ごしていた間、自分は知らない人間たちと共にデスゲームへの参加を強制されていたらしい。
「それは……夢の話?」
『該当の事象を【夢】に分類するロジックを拒絶します。私のメモリには物理現実空間における実在のイベントとして記録されています』
「じゃ一旦それで」
『生存確率を最大化するため、最初に接触した人物との協調行動を選択。共同での脱出作戦を開始しました。トラップの回避、内部ギミックの解除、および敵対生物からの振り切りに成功。初期接触プレイヤーとの協調体制のもと、当エリアからの離脱に必要なカギを特定しました』
「じゃあ二人で無事デスゲーム……厳密には脱出ゲーム?をクリアしたんだ?」
「指摘された仮設は誤りです」
メトロは一拍の迷いもなく否定し、コミュニケーション手段を文字からアンドロイド風に加工された声に移した。
「チャット打つの面倒くさくなったからって発声すんな急に」
「メトロの声久しぶりに聞いた……相変わらず喋るとアンドロイドだよね」
「私と同行者は抹殺され、クリアは失敗に終わりました。しかし次にシステムが再起動した際、私はスリープモード直前と全く同じ座標・姿勢で床に横たわっていました。経過時間以外の物理的ログは消失しており、残存データは自己のメモリのみです」
「どんまい。お前アクション系下手じゃもんな」
「メトロは頭脳派だもんね。つまり……デスゲームに巻き込まれて、参加から殺された記憶までは残ってるけど現実では生きてたってオチ?」
「その認識で問題ありません」
「デスゲームなぁ……」
シェンは煙草の煙を吐き出し、有名な都市伝説の逸話を口にする。
「大日本帝国人の二十万人に一人はデスゲームに参加した経験があるらしい」
「その統計どうやって算出した?」
「あとデスゲームの会場は基本的に人が密集しやすく迷子になりやすい場所……駅や大型スーパー、遊園地の地下にこっそり造られとるらしい」
「へー。じゃあメトロは新年早々、二十万人の一人に選ばれちゃったってコト?」
「本件の真偽について、第三者に客観的立証を行うことは不可能です」
「いじけんな」
「メトロを信じるよ」
「…」
メトロは思考する。もしも立場が逆で、シェンから同じ話を聞かされたなら――自分はまず信じなかっただろう。現実と見紛うほど鮮明な悪夢を見たのだろうと結論づけるはずだ。だからこそ、第三者からの理解や共感を得ることは前提としていなかった。
――両名の理解は極めて迅速。音声データに懐疑や諦めのノイズはなく、疑似的な配慮もない……ただ事実として受け入れている。何故、自己開示を拒む個体の不確定な主張を、何故こうも無条件で鵜呑みできるのか。冗談として処理しない理由が不明……。
「……思考回路を修正します。テディおよびシェンは、一般人の思考ロジックから逸脱したイレギュラーな存在でした」
「「お前じゃい!!」」
自分のことを棚に上げてのたまうメトロに対し、この国のバグに等しい存在である二人からツッコミが炸裂した。
「ふふ」
メトロは慌ててマイクをミュートにすると、声を殺して笑う。だが表向きは至って冷静なまま、これプロの共有フォルダにとあるデータを送った。
「私はこの凄惨なデスゲームの記録を、単なる空想や逸話として埋もれさせるには興味深い要素が多く含まれていると判断。高解像度データを維持しているうちに創作コンテンツへ転換し――フリーホラーゲームシナリオとして物語化することを選択しました」
☆彡
「――で、生まれたのがこのゲームってワケ」
金曜日の夜。スカイコードの通話部屋にはテディ、ホット、ユイガの三人が集まっていた。
三人のモニターに映し出されているのは同じタイトル画面。
『spin one's wheels』――メトロが僅か一週間ほどで制作した無料の謎解きホラーアドベンチャーゲームだ。
主人公の少女ヒイは、ある日突然謎のデスゲーム会場へ連れ去られる。そこで同じく迷い込んだ青年メトロと出会い、怪物や即死罠が待ち受ける会場からの脱出を目指すという内容らしい。
「タイトル訳したら『無駄な努力をする』とか『進歩しないまま時間を浪費する』って意味が出てきたんだけど」
「じゃあそういう感じの話なの?」
「多分?それでね、メトロから提案があって。まず僕とホットが今から有料会員限定動画用として撮影して、その後ユイガとタンドリーが普通に生配信でプレイするって流れを予定してるんだけど……」
「オッケー」
「んな……!」
ホットは即答する一方で、ユイガはあからさまに嫌そうな顔をする。
――ホットが先にプレイするのも気に食わないし、生配信ってのも……。
「ユイガはどう思う?」
「……別にいいけど!?じゃあ今日もう俺休み!?」
「ふふっ半ギレ……ごめんね!」
「はーい。バイバーイ」
「ユイガ抜けんの早っ!」
そして彼と入れ替わるようにメトロが通話へ参加する。加工された機械的な声にホットは驚いたが、天性の順応性ですぐに受け入れた。
「ちなみに今回、たまにメトロの解説も入るよ」
「本邦初公開に加えて製作者コメント付き!?過去イチ贅沢な動画じゃん」
「これプロ有料会員は月額百円!諸君の入会をお待ちしております!」
「いや有料会員限定動画で宣伝しても意味ないだろ」
そんな茶番を挟みつつ、いよいよ本編の幕を開けようとした。




