第129話『いくらもらっても嬉しいお年玉』
魂胆を見抜かれた蓮夢は、首を絞められたような声を上げる。
「神の洞察力エグ……」
「で、いくら欲しいん?」
「えーと……」
「ちょっと待ったー!」
その時、『お年玉』という単語を聞きつけた糸哉がリビングへ飛び込んできた。
「シェン!蓮夢君はクリスマスプレゼントと家族親戚のお年玉で十分満たされてるハズだよ!」
「そうなん?」
シェンに話を振られた蓮夢はそっと視線を逸らす。だが黙秘を貫けるほど肝は据わっていなかった。
「クリスマスにでっかいボードゲームもらって、自由に使える方のお年玉は全部中古コミック全六十三巻セットに……」
「ガッツリ満たされとる!」
「それで更にシェンからタカろうとしてたの!?一体これ以上何を望むんだ蓮夢君!」
「俺は……!」
蓮夢はぐっと拳を握り、勢いよく声を張り上げる。
「来週発売の『ぽよぽよヴィータ』がやりたいやりたいやりたーーい!」
『ぽよぽよヴィータ』とは――レゾンクラフトに近いゲーム性を持ち、のんびりと街づくりや冒険を楽しめるスローライフ・サンドボックスゲームである。
作物を育てて収穫したり、素材を集めて家具や道具を作ったりしながら、住民たちが暮らしやすい環境を整えていくといった内容だ。
「ゲームならタンドリーと金出し合やえーが」
「新作で高いし!幸兄こういうの全然やんないから」
「だよねぇ」
「神様糸兄様お願いします!直近で巨大ボードゲームと漫画六十三巻買ってもらった俺にぽよぽよヴィータを与えてください!」
「お前ヤバ」
「強欲の壺がすぎるよ!」
無茶な願いであることは承知の上だった。こんな要求を家族へ伝えれば一蹴されて終わる話である。
だからこそ、蓮夢は子供に甘く財力も兼ね備えたシェンの元を訪れたのだ。
――糸兄が思ってたより保護者側だったのは誤算だけど……まだイケる!だって糸兄優しいし。
「八千八百円か。端数めんどいし一万円でええ?」
「コラッ!お年玉にしても高いよ!」
さらりと言ったシェンを糸哉が止める。そして彼は自分の鞄から国語の教科書を取り出した。
「お兄ちゃんから聞いたんだけど……蓮夢君、氷河期レベルで成績悪いんだって?」
「人類滅亡するが」
「ヒィ……勉強頑張りマス」
「宿題は?」
「今日帰ったらやる……すぐに!」
「発売日まで?」
「発売日まで宿題する……ちゃんとする……」
その声はみるみる尻すぼみになっていく。糸哉はそんな様子を眺めながら考え込んだ。
「じゃあ今回は保留」
「えぇー!」
「まだ発売前だし」
「うぅ……」
「お前の頑張り次第じゃな」
こうして蓮夢は宿題と成績という大きな壁を前に、頭を悩ませることになるのだった。
☆彡
三日後。
「幸樹。蓮夢君ちゃんと家で勉強してる?」
糸哉はあえて前日『蓮夢君が前よりちゃんと勉強してたら教えて』と幸樹に聞かなかった。そして今日になって何気ない調子で尋ねる。
「そういや最近、親父がよく蓮夢の部屋にいるな」
どうやら勉強でつまずいている部分は、兄ではなく父親が面倒を見ているらしい。
――よしよし。ちゃんと真面目に頑張ってて偉いよ蓮夢君!
糸哉が感心すると、敦斗がふと思い出したように口を開く。
「勉強といえば……アイツ大丈夫かな」
「誰だよ」
敦斗は言葉に詰まり、糸哉へアイコンタクトを送った。
「あー孝太?」
「そうそれ!孝太!もう受験終わったんだっけ?」
山根兄妹は先日、糸哉たちが通う大舞学園中等部の入試を受けたばかりだった。結果発表まではまだ二週間ほどある。
「大丈夫じゃない?やる時はやる男だし」
「少なくとも敦斗よりは頭良さそうだな」
「マジでそれ!孝太って何気にゲームIQ高くね?」
そんな話題に上っている当の山根兄妹はというと――
「左手いる!ここここここここ!」
「オッケー!当たった当たった!」
「ヘッショアッツ……!」
「安置外にもいるから!」
――受験から解放された安堵感と、ようやく戻ってきた自由な時間。その反動か、二人は学校から帰ると毎日のようにFPSゲーム『サートナイト』をデュオで遊び続けていた。
「最近ずっとお兄ちゃんと一緒に遊んでない?仲良しねぇ」
夕食後、食器を片付けていた母が何の気なしに純花へそう言う。
「違うから!ぽよぽよヴィータ発売まで暇なだけっ!それに昨日も今日もテディがサトナ動画上げてたから流れでやってるだけで……」
「はいはい。早くお風呂入って来なさい」
「ママが呼び止めだんじゃんっ……!」
ぽよぽよヴィータを楽しみにしているのは蓮夢や純花だけではない。
ゲーム実況界隈でも発売を待ち望む声は多く、配信者達の間でも自然とその話題が増えていた。
「――へぇ。皆さんやるって感じですか」
午後二十一時。タンドリーは四人一組で戦うアクションシューティングゲーム『パレットウォーズ』をプライベートでプレイしていた。
メンバーはタンドリー、プロゲーミングチーム『ストロニアンサイト』所属のたろいちろー、プロゲーミングチーム『Quirk Hematite』所属のファイヴi、個人ゲーム実況者のけやである。
「タンドリーも買おうぜ」
「友達の街に遊び行けるらしいよ」
「や……いっす」
「あはははは!」
三人が購入予定であることが判明した瞬間、当然のように勧誘が始まった。だがタンドリーはきっぱりと断る。
「たろーも配信でやれよ」
「や……いっす」
「あ真似した」
「たろいちろーさんそれ俺のっす」
だが全員が同じ考えというわけでもない。
ファイヴiとけやは配信で初見プレイをする予定だったが、たろいちろーは完全にプライベートで楽しむつもりだった。
「俺にも守るべき軸ってモンがあんだワ」
「分かる!」
「全然好きなゲームやっていいって言われてるけどさ。バトロワ、FPS、TPS、FPS、バトロワ、たまにホラゲー、サバイバルゲーで埋まってるチャンネルに突然ぽよぽよヴィータ来たら視聴者も『えっ!?』ってなるじゃん」
「ふははははは!」
「見てー」
「逆に面白いですよ」
たろいちろーとファイヴiは元FPSプロゲーマーだ。
今でこそ配信者として活動しているが、視聴者の多くは競技シーン時代からのファンである。
誰かに止められているという訳でもない。それでも長年積み上げたイメージというものは、案外本人を縛るものだった。
「俺はもう吹っ切れたけどな。『イヴさんそういうゲームやるんだ』ってコメント来たら『うるせー冷笑ブス!』って怒鳴り返してる」
「ははははははは!」
「喧嘩すんな!」
「火力高すぎだろ」
そうして、こっそり一人で遊ぶ者。配信で気の向くままに遊び尽くす者。最初から興味がない者――それぞれが思い思いに発売日を待つ中、ついに『ぽよぽよヴィータ』発売の日がやってきた。
☆彡
「テディ。これ次男に」
「ん?」
シェンから手渡された長ぽち袋を受け取り、糸哉は怪訝そうに中を見る。
「うわ」
中身を確かめた彼の表情が固まる。そこには、ぽよぽよヴィータのダウンロード版ソフトが入っていた。
「シェン……甘すぎない?」
「ほっとけ。俺の金なんじゃけぇ好きに使わせろや」
いかにも富豪らしい返答だった。糸哉は小さく息を吐き、呆れたような笑みを零す。
そして翌日。糸哉は幸樹の目を盗んで蓮夢にお年玉を渡すつもりだった。
「あれ?幸樹いない……」
しかし、その日の朝はどこか様子が違っていた。
「初めてじゃない?連絡無しでいないの」
ついに幸樹が寝坊でもしたのかと思い、敦斗はインターホンを鳴らす。
だが返事はない。もう一度鳴らし、ドア越しに呼びかけると――スピーカーから掠れた大人の声が聞こえてきた。
「……うぇっ!?服部家全員ダウンしてんの!?」
「朝になって急に!?」
糸哉の行動は早かった。話を聞き終える前に鞄を漁り、予備のマスクを敦斗へ押し付ける。
「敦斗これ付けて!突入するよ!」
「オッケイ!」
事情を聞いた以上、そのまま学校へ向かう選択肢はなかった。
二人はマスクを装着すると服部家へ突入し、フラフラの大人達に代わって病院へ行く支度や看病の準備を始める。
――これは……蓮夢君の『ぽよぽよヴィータ』は当分先だねぇ。
そんなことを思いながら、糸哉はぐったりとした彼に水を飲ませるのだった。
「……かれこれそういうワケで。お年玉渡せなかったよー」
「インフル?」
「うん。服部家全滅」
「お前しばらくウチ来るな」
「って言うと思ったから通話で報告したんでしょ」
糸哉が半目で返すと、シェンは何か言いかけて口ごもる。
「……流行っとるしな。アイツも体調不良か……?」
「アイツ?」
糸哉が問うと、彼は元々低い声に苦みを滲ませて答える。
「メトロに……五日前に送ったDMがまだ返ってこん」
☆彡
『警告……生体エネルギー残量が5%を下回りました。活動限界まで……残り――』
カーテンが固く閉ざされた仕事部屋。その床の上に、裏プロであるメトロはぐったりと床に横たわっていた。




