第128話『あれもこれも欲しいお年頃』
一月のとある休日。たまたま店の定休日と祝日が重なり、服部家は大型ショッピングモール『マイガーモール』へ出かけていた。
母は服飾店食品セレクトショップ。父は書店や生活雑貨店。幸樹と蓮夢はゲームセンターや書店、玩具量販店を見て回る。
家族で出かけてもずっと一緒に行動するわけではない。各々が好きな店を巡り、後で合流するのが服部家のお約束だった。
「……!」
ゲームソフト売り場を歩いていた蓮夢の足がビタッと止まる。来週発売予定の新作ソフトの特大ポスターが、彼の期待を煽るように掲げられていた。
――欲しい……!
心臓が跳ねる。だが次の瞬間、彼はハッと我に返った。
この様子を兄に目撃されたら終わり――そんな確信が頭をよぎり、蓮夢はそ知らぬ顔で踵を返した。
「幸兄トイレ!」
「ん」
報告した蓮夢は人混みに紛れ、十分に離れた場所まで移動した。そしてポケットからキッズスマホを取り出し、ある人物へ電話をかける。
「……よぉ。どうした次男」
「シェン!あのさー明日シェンの家遊びに行ってもいい?」
「あぁ?明日?」
「今度は延長無しでちゃんと帰るから!」
「ホンマに?前みたいに『俺この家に寄生する!』とか叫ばん?」
「叫ばん!」
「……テディに連れてってもらえ」
蓮夢が全力で首を縦に振ると、シェンはそう言い残して通話を切った。
――よし第一関門突破!幸兄には内緒って言うの忘れたけど……糸兄いるならいっかってなるか。
仮にどこかから漏れたとしても問題はないはずだ。
幸樹には店の手伝いがある。さらに自分がシェンの家へ行くとなれば、兄は進んでついて来ようとはしない。
――今回だけは幸兄の冷たさに感謝しよ。
そうして彼は、家族には内緒の企てを静かに進めていくのだった。
☆彡
翌日の授業前、糸哉が何気なく口を開く。
「今日、蓮夢君と神の兄さんの家行くけど。それって幸樹も来るの?」
「は?」
「え?」
「何だその話」
「えぇ?」
蓮夢が口止めを忘れていた結果、その計画はあっさり露見した。幸樹の表情がみるみる険しくなっていくのを見て、傍にいた敦斗も糸哉の方を向く。
「何々?蓮夢君、お兄ちゃんが店手伝ってる間に遊ぼうとしてた?」
「その呼び方やめろ。アイツ……何で急に?」
「まぁ僕は全然構わないけど……こっちで面倒見とくし。幸樹は今日店?」
「あぁ。悪いけど十分だけ頼む」
「短っ!でも俺も蓮夢君と遊びたいなー」
「敦斗は今日サボり?」
「いや部活行く……」
そんなやり取りを経て放課後。糸哉が駅へ到着すると、ベンチに軽装の蓮夢が座っていた。
「糸兄ー!」
「蓮夢君ー!」
二人は新年最初の挨拶代わりにワーッと抱き合い、そのまま大舞賀駅行きの電車を待つことになった。
――あっ先輩だ。
ホームへ上がった糸哉は視線の先に見知った姿を見つける。いつも並ぶ位置へ立つと、その少し前方。一人の老婆を挟んだ先にカレンがいた。参考書を開き、静かにページをめくっている。
「……ねぇ糸兄。あの人スカッシュ部?あの前にいる女の人」
「何で分かるの!?」
まさかの指摘に、糸哉は思わず素っ頓狂な声を上げた。
「動画に映ってた」
「動画……あぁ」
糸哉は幸樹の両親に頼まれ、新人戦や地区大会の試合映像を撮影して送っている。
蓮夢はそれを家族と一緒に見ていたため、スカッシュ部員の顔をある程度覚えていた。
「その記憶力お兄ちゃんに分けてあげてよ。幸樹なんて未だに女子の先輩の区別ついてないから」
「糸兄はあの……先輩?と仲良いの?」
「まぁ。女子の副部長だしね」
糸哉の言葉を聞くなり、蓮夢は満面の笑みでカレンの前へ向かった。
「こんにちは!俺、服部幸樹の弟の蓮夢!幸兄がいつもお世話になってます!」
「……!?」
「ちょっ蓮夢君!?」
――行動力あって警戒心がない!何だこの小四!
声を掛けられたカレンも思いがけない出来事に瞠目する。やがて彼女は老婆へ順番を譲り、自分は列を外れた。そして困惑半分、興味半分といった様子で糸哉たちの元へ歩み寄る。
「初めまして。祐東カレンです。私にとって熊本君と服部君はスカッシュ部の後輩にあたるの。服部君の弟さん……とっても無垢で無邪気な子ね」
「よく言われます!」
「顔は面影ありますけど、中身は別人レベルで違いますよ」
「ふふっ。そうみたいね」
カレンは胸を張る蓮夢に微笑みながらも、糸哉にだけ見える角度で『似てな!』と言わんばかりの表情を作った。
丁度その時電車が到着した。乗り込むと三人並んで座れる空席があり、糸哉を真ん中にした並びで座る。
「糸兄、先輩に『幸兄って部活でどんな感じなの?』って聞いてもいいかな」
「いいんじゃない?」
「でも先輩って後輩の欠点とか、直接的なこと冷笑混じりに言わないよね?」
「それは誰しもそうであってほしい……と僕は思うな」
――まぁ特定の誰かは嬉々としてチクるだろうけど。
糸哉は遠い目をして窓の外を見る。残念ながら全員が全員、その理想を守っている訳ではない。
――小学四年生、ね……。難しい年頃だわ。
隣でやり取りを聞いていたカレンも蓮夢を横目で見た。
いくら後輩の弟だからといって、糸哉ほど特別な接点がある訳ではない。どちらかと言えば子供が苦手寄りの彼女が、積極的に話しかける理由もあまりなかった。
――横顔とか完全にモデルじゃん……幸兄の中学こんな人ばっかなの!?
しかし蓮夢の方は違った。年上のお姉さん、それも美人の先輩――好奇心に忠実な彼が興味を持たないはずがない。
「先輩すげー爆イケ美人!芸能人ですか?」
「ありがとう。でもただの一般人よ。私も貴方達の目的地に暮らしているの」
「あのマンション住んでんだ……もしかして財閥令嬢ですか?」
「ふふっ。そんな大層なものではないわ」
「内緒で糸兄と付き合ってるんですか?」
「ぶふっ!?そそそそそそんなワケないでしょう!?」
「!?」
激しく狼狽したカレンから予想以上に真剣な返答が返ってきて、蓮夢は目を瞬かせる。彼にとっては挨拶代わりの軽い冗談のつもりだった。少々無礼な言い方でも、年下の戯言として受け流されると考えていたのである。
――えっ凄いテンパってる……。
蓮夢が助けを求めるように糸哉へ視線を向ける。すると当の本人は、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべていた。
「恋人じゃないよー。後輩として可愛がってもらってるだけ」
「そーなんだ!糸兄って仲良しな女の人いたんだ!」
「蓮夢君?」
「あら……いなかったの?」
平静を取り戻したカレンが、ここぞとばかりに便乗した。
「はい!糸兄、初恋もまだらしいです!」
「へぇー?」
カレンの目が面白そうに細められる。糸哉が視線で抗議するものの、あっさりシカトされてしまった。
「……何ですかその顔。僕、さっき先輩が激噛みした時は笑いませんでしたよ」
「うるさい。蓮夢君、他にはどんな話をしたの?」
「えーっと、糸兄の好きなタイプとか!」
「へぇー?」
――やっぱ財閥令嬢でも恋バナ好きなんだ!
蓮夢は感心を覚えながら、知っている限りの情報を次々と暴露していく。そのたびにカレンは面白そうに相槌を打ち、糸哉はというと――
「何で僕の話題でそんな盛り上がってんの……」
――抵抗を諦めたように乾いた笑みを浮かべるしかなかった。
目的地に到着するまでの間、蓮夢の暴露話は止まらなかった。カレンも面白がるように話へ食いつき、糸哉はもう二度とこの二人を会わせないと固く心に誓う。
こうしてカレンと別れ、糸哉と蓮夢はシェンの家へお邪魔した。
――先輩がいたせいで具体的な要件は何も聞けなかったけど……普通に遊びに来たかっただけかな。幸樹が羨ましくなって、とか。
「こん中のゲームなら好きなのやっていいよ」
「糸兄は?」
「僕はこの家掃除するから」
「……俺も手伝う!」
「えっ!?」
――蓮夢君……!なんて良い子なんだ!
糸哉は胸の内に小さな感動が広がるのを感じた。どうやら次男も兄に負けず劣らず家事手伝いに意欲的なようだ。
「じゃあ洗濯物畳むのやってもらっていい?そんな量ないから」
「任せて!」
そう言い残し、糸哉は洗面所の掃除へ向かった。リビングに残された蓮夢はキョロキョロと室内を見渡す。
――確か前来た時シェンと話せるやつあったよな……。
「あった!」
やがてダイニングテーブルの上に置かれたカメラ付きスピーカーを発見する。彼はそれを慎重に床へ降ろし、真正面に正座した。
「――よぉ次男。何しに来たん」
「べ、別に?ただ遊びに来たくなっただけ……」
「嘘つけ。露骨に点数稼ぎしやがって……。甘々テディは騙せても俺の目は欺けんぞ」
「ぅ……」
――流石は神……!
図星を突かれた蓮夢の肩が縮こまる。しかしすぐに覚悟を決めて背筋を伸ばした。
「シェン……明けましておめでとうございます!」
「何じゃお年玉か」
「……キュゥ」
――挨拶しかしてないのに……!




