閑話⑪『正月の恒例行事』
一月一日の夜。品の良さに満ちた席でありながら温かみのない親戚付き合いに疲れたカレンは、気づけば糸哉の連絡先を開いていた。
「もしもし」
「明けまして……お疲れ様です」
「フフッ……何その挨拶」
「いや第一声から疲れてたんで。アレですか?親戚の集まりとかあったんですか?」
「……えぇ。今も神京にあるお爺様の邸宅にいるわ」
カレンは大晦日から元日にかけて、この国の首都である神京に広大な邸宅を所有する父方の祖父宅で過ごすのが恒例なのだと語った。加えて翌日はホテルの宴会場を貸し切り、母方の親族一同が集まる新年会に参加する予定だという。
「いかにも金持ちの予定って感じですね。僕、神京土産だったらブルーベリーミルクフィナンシェが好きです」
「貴方疲れている先輩に何をせがんでいるの?」
「いやいや。ただ話題に神京が出てきたんで。ついオススメのお土産がポロッと出ちゃっただけです」
「本当に図々しいんだから……」
遠慮の欠片もない後輩に呆れながらも、カレンは今この瞬間が一番気楽だと感じていた。
「実家には……帰らないの?」
「はい。向こうも正月は忙しいんで」
「お仕事?」
「あーいや。先輩は……姫始めってご存じですか?」
――急に何を言い出すのよ馬鹿!ってブチ切れられるかな……。
白湯を飲みながら想像する。糸哉はあえて真実を話すことでカレンを直情させ、この通話自体を終わらせようとしていた。
「ひめはじめ……?特定の地域にのみ伝わる伝統行事かしら?」
「ゴフッ!」
だがしかし。予想の斜め上を行く返答に、糸哉は飲んでいた湯を豪快に吹いた。
「でんっ……そんな格式高いもんではないと思います。結構マイナーというか、マイノリティというか……一般的な事柄ではないので。先輩が初耳なのが何よりの証拠ですよ」
「男性が女性を姫のように大切に扱うとか、そういった事柄?」
「……そんな感じです」
「素敵だけれど、何と言うか……貴方のご両親なら欠かさず行いそうね」
「…」
糸哉は訂正するのも面倒で、そのまま流そうとした。だが後々の大惨事を予感して短く補足する。
「僕はあまり良い思い出ないんで。『姫始め』が知りたかったら検索した方が正確に知れると思います」
「お母様に聞いてみようと思ったけ」
「絶っっ対にやめた方がいいです」
「そ、そう?」
珍しく食い気味に制止され、カレンは目を丸くしながらも頷く。彼女が正しい情報を知り、激怒する未来まで――あと十分ほどだった。




