第126話『黒猫、またの名を暴露猫』
「言っちゃったなぁ」
「せっかく冒頭で新年感出したのにな……」
現在時刻は十二月二十七日午前十時。バリバリの年末である。
もっとも、動画投稿者界隈ではイベント本番より前に撮影するのは珍しくもない。
「じゃ、新年気分でまったりやろうってことで……スタート!」
テディの軽快なスタートコールと同時に、目の前へ巨大なジャンプ台が出現した。
さらにシステムメッセージが流れ、参加者の身体能力が自動的に変更される。
「ジャンプ力微増、落下ダメージ無効、空腹ダメージ無効、オブジェクト破壊禁止、プレイヤー攻撃禁止……『これプロ新年アスレ』ではとにかく上を目指して登ってもらうよー」
「落下ダメージないの助かるー。途中で落ちても、どっかのオブジェクトに上手く着地できれば復帰できるってコト?」
「そうだね。上手く引っかかれればだけど」
ホットは最初の巨大な和室やこたつのオブジェクトを飛び移りながら、周囲の景色を見回した。
「セーブポイントは?」
「無いよそんなの。落ちた場所からやり直し」
「ぐ」
さらっと告げられた事実に、ホットとユイガが微妙な顔になる。
このアスレ最大の特徴は、落下したら即ゲームオーバーではない代わりに、容赦なく地上付近まで戻されることだった。
「描画距離足りなくてゴール見えないんだけど」
「えーっと、ナイアとシェンがテストプレイした時は二時間ちょっとだったらしいよ」
ちなみにもう一人の裏プロであるメトロは一時間弱で心が折れたそう。
「これシェンも関わってんのか?」
「メトロと監修したらしいよ」
その一言でタンドリーの表情が曇った。
――なら初見殺しや性格の悪いギミックが絶対あるな……。
予感は当たっていた。シェンとメトロは実際にコースを見て回った上で、ナイアへ複数箇所の難易度調整を提案していたのである。
そして開始から三分後。
「テディここ行ける?」
「行ける行ける。中ジャンプで」
テディとホットは点字ブロックほどしかないサイズのみかんや餅を飛び移りながら進む。彼等は巨大な和室や家具が浮かぶ『室内ゾーン』を攻略中だった。
「これ道合ってるか分かんないんだけど」
「ユイガの手前にある灯篭からジャンプで駒の上に乗れる」
一方でタンドリーとユイガは既に窓の外へ脱出している。小石や縁石の上を渡りながら、高所に浮かぶ羽子板や凧のオブジェクト――『外遊びゾーン』へ向かっていた。
「落ちるの怖ぇー」
「もう慎重になっちゃうね」
その時点で高度はかなりのものだった。ホットは何気なく足元を見る。地面が思った以上に遠く、冷静さを保とうと自分に言い聞かせた。
「新年早々度胸試しか……面白くなってきた!」
「楽しいよね!タンドリーも喜んじゃってあんな上まで行ってるし……余裕そうだから新年の抱負にリソース割いてよ」
「こういうのって順番に言うもんじゃねーの?」
「早めに聞いといた方がいい気がしてきた。後に回すとアスレに集中して喋る余裕なくなるでしょ」
「……そうだな」
――にしても、このマップ本当にすげぇな……。
巨大な正月飾りや遊び道具が配置されたオブジェクト群、遠くまで続くコース、高低差を活かした立体的な構造――アクションゲーム好きの血が騒ぐ。
「今年の抱負か……俺監修でナイアにあと三つくらいアスレ作ってもらう」
「ナイア死んじゃうよ!」
「ホントにタンドリーはアスレ好きなんだから」
「悪魔、いや悪鬼が笑ってる……」
タンドリーは上機嫌を隠しきれない声で発表するが、三人から総ツッコミを受けてしまった。
「じゃあテイク2」
「三、二、一……どうぞ!」
彼はしばらく考え込み、渋々口を開く。
「……トーク力を上げる」
「おぉー!」
「いいじゃん!」
「や、やめてよ。タンドリーまで喋るようになったら俺がサボってるの目立つんだけど」
これプロ内では基本的にテディとホットが会話を回し、タンドリーとユイガは必要な時だけ喋る側である。
「俺たちといる時は普通に喋ってるじゃん」
「ツッコミ以外でもってことでしょ?」
テディの補足に、タンドリーは短く頷く。
「せめて会話広げる努力くらいはしないとな。これからコラボも増えそうだし」
「偉すぎ……!この流れでホット行っとく?」
「いいよ。俺の抱負は……」
「色気に失神しそうなリスナーを体で救う」
「ヤダもうホットったらー」
「悪化させてどうすんだよ」
「違う違う違う!」
ユイガが即座に偽の抱負を被せ、テディとタンドリーが当然のように乗っかる。ホットは抗議しながらも、飛び石のように配置された福袋オブジェクトを勢いで飛び越えていった。
「俺は……今年ももっとゲーム上手くなりたいな」
茶番がひと段落したところで、ようやく本当の抱負を口にした。
「今でも十分上手いよ?」
「チームプレイで足引っ張らないようにし……あぁぁぁぁぁ!?」
ホットの絶叫が響く。勢いよく跳んだせいで、着地予定だった足場を丸ごと飛び越えてしまったのだ。
誰もいない虚空へ身体が吸い込まれていく。
「ホットー!?」
テディの悲鳴が追いかける。しかし間に合うはずもなく、ホットの姿はみるみる小さくなっていった。数秒後。遥か下方から着地音だけが聞こえる。
「……落ちたか」
「抱負達成できるといいね(笑)」
「うぅっ……くっ!」
「折れるのはまだ早いよ!上で待ってるから!」
開始から十分。ついに最初の落下者が現れた。
スタート地点まで落ちたホットを思い浮かべながら、先頭を走るタンドリーとユイガは無言で前を見る。二人はほぼ同じ進行度だった。どちらかが一度でも落ちれば順位は簡単に入れ替わる。
「ユイガ落ちる時は言えよ。急に叫ばれるとビビる」
「タンドリーこそ。俺がオブジェクトに見惚れてる間に落ちないでよ」
黒猫と鶏の緊張感とは対照的に、テディは肩の力を抜いてまったりと楽しむつもりでいた。ホットから大きく離れないよう『初売りセールゾーン』をのんびり進んでいく。
「まぁまだ全然萎える高さじゃないね。先頭は……もうそんな上かぁ。じゃあ先にユイガの抱負聞いておこうかな」
「うーーん」
自分の番が回り、ユイガは考え込んだまま先へ進む。
細々と並んだおみくじの橋を一つ飛ばしで渡り、自分が撮影した赤い鳥居のオブジェクトの上を駆け抜けながら、彼は適当に口を開いた。
「……口内炎を治す」
「あー唇の裏に出来たってアレ?」
「まだ治ってなかったの?」
「もっかい……っ『抱負』の意味検索し直せ」
ユイガ曰く一昨日あたりから唇の裏に口内炎が出来ており、食事のたびに痛むらしい。しかも気を抜くと犬歯が当たり、つい舌で触ってしまう所為で順調に悪化しているのだとか。
タンドリーと同様、やり直しを命じられたユイガは再び黙り込む。
「うーん。別に特に何も無い……」
次の抱負を考えながら跳躍した瞬間、両脇に鎮座していた狐の銅像が淡く発光する。
「うわーーっ!?」
「ユイガ!?」
直後、銅像に仕掛けられていた跳躍強化ギミックによって――ユイガの身体が予想以上の勢いで前へ吹き飛んだ。
「えっ嘘っ……」
彼は慌てて空中でもがき、そのまま下に設置された『初売りセールゾーン』の店舗用正月ディスプレイへ激突するように着地した。スタート地点落ちは免れたものの、順位は大幅後退である。
「あそこギミックあるぞ。俺も落ちるところだった」
「タンドリーがさっきツッコミでどもってたのその所為か」
「そう。危うくユイガみたいになるとこだった」
タンドリーは瞬時に体勢を立て直して回避できたが、ユイガは見事に引っ掛かってしまった。テディがやや上にいる地点で復帰した彼は、不機嫌さを隠そうともせず呟く。
「別に落下して萎えたとか言わないから。ホットは言うだろうけど俺は言わないから」
「また敵対視してる……」
テディが呆れた声を漏らす。一同がよいしょよいしょと懸命に登っていく中、跳躍強化ギミックを無事突破したユイガは安堵の息を吐いた。
「新年の抱負なんてそんなの、俺が大舞学園中等部の受験に首席で合格する一択なんだけど?」
「「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」」
三人の絶叫が見事に重なる。あまりにも突然のカミングアウトに実況どころではなくなり、全員が足を止めた。
「急に言うじゃん!」
「ちょっと待って……受験!?」
「ユイガお前っ……てことは小六!?」
『これプロ新年アスレ』の撮影中にもかかわらず、会話はユイガの年齢と進学先の話で盛り上がる。
該当部分には当然ピー音処理が施され、視聴者は動画のコメント欄で『一体どんなとんでもない暴露を……』と盛大にざわつくのであった。
テディ「僕の今年の抱負は『これプロを六人組ゲーム実況グループにすること』!ここまで読んでくれた読者諸君!今年も新キャラどんどこ増えて僕らも飛躍していくから、これからも応援よろしくどうぞ!」




