第125話『聞こえる年末の足音』
第二回『BRO・AD』閉幕から数日。SNSでは未だに余韻が色濃く残っていた。
街の別れに涙を流す者やロスが加速する者、『分かるロスえぐいよね』と共感する者、気づいたら関連動画を見返す日々を過ごしている者――年末の慌ただしさに紛れながらも、多くの人間があの数日間を忘れられずにいた。
そして、それは糸哉も例外ではなかった。
「お疲れ様です」
「……お疲れ様」
理科室から戻る途中だった糸哉は、廊下の角で教材を抱えたカレンと鉢合わせる。以前は拒んでいた彼女も、今では普通に挨拶を返してくれるようになっていた。
「…」
「……何かしら」
「いや……」
カレンが怪訝そうに首を傾げると、糸哉はようやく口を開いた。
――なんだかんだでネリス長官と毎日一緒に仕事することが多かったな……。
ネリス・ヴォーンが腕を組んで立つ姿、少し鋭い目付き、近寄り難い雰囲気――糸哉は知らず知らずのうちに、彼女をカレンと似た調子で言葉を返していた。無論、二人は全くの別人であり、性格も立場も大きく異なる。
――改めて見比べるとやっぱり……。
「(ネリス長官より)先輩の方が可愛いなって」
「……は?」
特に深い意味のない本音が零れる。言った本人は満足したように頷き、そのまま去ってしまった。
「っ……!」
残されたカレンは数秒固まり、教材を抱えたまま踵を返す。そして早歩きで女子トイレへ駆け込み、湧き上がる感情に身を任せた。
――『先輩の方が』って……誰と比べたのよ!ちゃんと人間でしょうね!熊本君のことだから前置きに『朝に見た雀』がついていてもおかしくないわ……でも雀よりわ、私の方が可愛いなんて……。別に嬉しくもなんともないけど!?
糸哉なら比較対象が鳥や昆虫でも全く不思議ではない。むしろ生き物だっただけマシな可能性すらある。
――教室に行かないと……何でこの私があんな後輩の言葉如きで!
カレンは深く息を吐き、熱を持った頬を両手で冷やす。
「……はぁ」
履き違えそうになる自分を戒めながら、彼女はやっとの思いで優等生の仮面を付け直した。
☆彡
十二月二十五日。それは大舞賀学園中等部生にとって終業式であり、同時に今年最後の部活動の日でもあった。
「俺部室で弁当食べるから」
「はーい」
敦斗を見送った後、糸哉と幸樹は一年二組の教室で弁当箱を広げる。
「僕らも左沢兄弟と一緒に食べる?」
「何で」
「ホラ敦斗みたいに部活仲間と昼食とか」
幸樹は無言だった。その顔には『俺とお前も部活仲間だろうが』と書いてある。
「……いただきまーす」
糸哉は黙ってブロッコリーを口へ運んだ。
「テディー!」
「服部ー!」
「「弁当食おうぜー!」」
噂をすれば何とやら。隣のクラスから左沢兄弟が勢いよく乱入してくる。まるで狙ったかのように、現在の教室には糸哉たち以外誰もいなかった。
「いいよー」
「帰れ」
対極の返答。しかし左沢兄弟は慣れた様子で二人の隣にドカッと座る。
入学当初こそ互いに壁があったものの、男子特有の何やかんやを経て、今ではこうして昼食を共にする程度には打ち解けている。
もっとも、内部生と外部生の確執そのものが消えたわけではなかったが。
「で、何の用?」
「「本当に今日この後何も予定無いんだな?」」
「オッケー。僕らと仲良くご飯食べる気ないってことがよく分かった」
「「それは返答次第」」
四人の関係は未だ『同じ部活の知人』を少しはみ出した程度だった。
「このくだり今日もやんのか。今月入ってから毎日毎日……アドベントカレンダーじゃねぇんだから」
「そのツッコミ先週も聞いた」
「レパートリー不足してる?」
「やさぐれんな。例年通り家族と過ごすだけなんだろ?」
「「今なんつったコラァ!」」
教室に似た声の怒号が響いた。
クリスマスシーズン。大舞学園ではやさぐれた男子たちによる自警団が発足していた。
彼女持ち男子へのネガティブキャンペーン、女子と遊ぶ予定を立てた男子への公開処刑――何も予定がない男子による憂さ晴らしが密かに行われている最中だった。
幸樹は家の手伝い。敦斗は翠羽と過ごす予定である。
糸哉も『家で静謐なひと時を過ごします』などと殊勝なことを口にしながら、アカイックスマイル全開でその場を切り抜けていた。
――先輩には『ライアンが彼女と別れたので二十四日、五日はライアンとゲームして過ごします』って伝えたら何も連絡来なくなったし。
これで無事逃げ切れたと思っていたが――どうやら男子たちのリア充撲滅警察は、終業式当日まで休みなく営業するらしい。
「俺もテディも女子と遊ぶ暇なんてねーよ」
「そりゃオメーはそうだろうな」
「問題はテディの方だ!」
「待ってよ。幸樹だって一部の女子からは結構」
「「服部だけは絶対にない」」
「…」
「っ」
――タンドリーだけ完全にノーマーク……!
双子からの断言に幸樹は黙り、糸哉は腕で口を抑えて震える。
「幸樹のことよく分かってるなぁ。僕もその枠に入れてもらえると助かるんだけど」
「「うるせぇ!」」
「いつも上辺の笑顔でのらりくらり躱しやがって!」
「委員長権限で女子から結構連絡来てんの知ってるからな!」
「ほぼ業務連絡か宿題の確認だけど」
糸哉は肩を竦めながらご飯を口へ運ぶ。
左沢兄弟の『こいつだけは裏でしれっと女子と会ってそう』という勘繰りは、実のところそこまで的外れではない。
ただ今回に限って言えば、冬休みの予定表を埋めるのはゲーム、家事、動画編集くらいのものだった。
「まぁ今回は信じてよ」
「「信用できねぇ」」
「でも僕みたいなのって、好かれはするけど良い人止まりってポジションだから」
「「確かに……」」
「中一で自分を客観視しすぎだろ」
そんな他愛のない会話を最後に日々が過ぎていった。そして――
「この動画をご覧の諸君! 新年明けまして……」
「「おめでとうございます!」」
――これプロの新年一発目の予定となる動画は、毎年恒例の挨拶から始まった。
「本年もよろしくどうぞ! ということで、本日一月一日の動画は毎年恒例、レゾンクラフトでお送りしていきたいと……」
「「思います!」」
テディ、ホット、タンドリー、ユイガの四人は、裏プロのナイアが制作したお正月セットを背に並ぶ。
レゾクラの素材で作られた立派な門松、赤い毛氈に金屏風――動画映え全振りの正月空間だった。
この年始挨拶、去年まではテディ一人で担当していた。だが今年は違う。当然のように並ぶ四人を見て、テディは感慨深げに笑った。
「比べるとビビるねー」
「うわ」
「寂しっ」
「ちょっと前までソロ実況者だったよこの人」
テディが編集用に前年のサムネイル画像を表示する。広いセットの中央でぽつんと取り残されたような彼へ、新年早々遠慮のない笑いが起こった。新年の初笑いである。
「ホットとタンドリーは一月一日の動画って見たことあるの?」
ユイガの問いに、二人は揃って首を横に振った。
「テディ去年は『シータが鬼強になったワールド』から始めてんだよ」
『シータ』とは、レゾンクラフトに登場する飛行型モンスターである。
プレイヤーが三日以上パンを食べないと夜空に出現し、執拗に襲いかかってくる厄介な敵だ。
「それってどれくらい鬼強くなってるの?」
「ワンパンで殺される。しかも三体同時湧き」
「エグいな」
「あはは。でも楽しかったよー」
通常設定でも十分面倒な存在なのだが――その世界はシェンが開発した拡張プログラムによって、これプロらしい鬼畜仕様へ改造されていた。
新年を祝うどころか、生存するだけで精一杯。そんな環境でテディは一度も死なずに親玉シータを一人で倒したのである。
「今回は趣向を変えてね!のんびり新年の抱負でも語りながら……」
そこで言葉が止まる。テディは不自然なほど綺麗な動きで上を向き、そして静止した。
「「えぇー!?」」
他三人もつられて空を見上げると、思わず声を揃える。遥か上空、そこには大小様々な建築物が浮かんでいた。
正月にちなんだオブジェクトが見える範囲だけでも数十。まるで誰かの脳内を再現したような建築が空に広がっていた。
「今回はナイア作のアスレマップで新年の抱負を語りつつ、頂上のゴール目指して登るぞー!おー!」
「ナイアすげー!」
「3Dアクションゲームか……!」
「……!」
――あの寺院、俺が修学旅行で撮った……めっちゃ上にあるあの建物もまさか……!
ユイガの猫目が驚愕に揺れる。頭上に浮かぶ巨大なオブジェクトの中に、見覚えのある建物がいくつも混ざっていたからだ。修学旅行で訪れた神社仏閣や歴史的建造物――おまけで撮った食べ物らしき影も微かに見えた。
――あの写真はこの企画で活用されてたんだ……じゃあもう実質、俺も制作スタッフみたいなもんじゃん……。
普段ならレゾクラのアスレ企画はタンドリーの独壇場だ。ユイガも無理に張り合わず、毎回素直に花を持たせていた。だが今回は少し事情が違う。
「十二月二十七日で全然年明けてないけど、俺も新年っぽいやる気出てきた!」
「ユイガ君??」




