第122話『暴れ回ったBRO・AD』
未だ魂が抜けたようなイッサを『ブイチューバー危機一髪』に入れ、樽に刺す役のさがんが九本目の剣で見事起爆装置を引き当て――イッサと共にピンク色の花火が夜空へ打ち上がった。
これにて『第二回BRO・AD』史へ刻まれる大騒動は幕を閉じた――かと思いきや。
「反省しろォォーーッ!」
「「ギャーーッ!」」
ネリスは自腹で五人分の危機一髪セットを追加購入する。『レゾクラ実況者危機一髪』として、実行犯たちにもきっちり報いを受けさせたのだった。
「……ん!?え!?あれ!?何で俺入ってんの!?俺レゾクラ実況者違う!」
「あはははは!何で班長!?ユイガは!?」
だがユイガだけは違った。彼は持ち前の隠密スキルを活かし、近くにいた医療班班長の布施を樽へ押し込んだ。自分はベンチへ座り、遊園地限定ドリンクを飲みながら呑気にお仕置きイベントを観戦する。
「マジお前大物すぎだろ」
「……深°さん」
「深°でいいよ。俺もユイガって呼ぶわ。ユイガやるなぁ!銃の扱いめっちゃ上手いじゃん」
深°はシルバーグレーのメッシュが入った黒髪を掻き上げる。ユイガは表面上は平静だが内心は――
「ありにゃとうごじゃいます」
「あっはっはっは!噛みすぎ!」
「の、飲み物飲んでる時に来るから……」
――今にも緊張で心臓が飛び出そうだった。
登録者二百五十万人超え。ブイチューバー界でもトップクラスに知名度のある深°を、ある程度知識があるユイガが知らないはずもない。それでも必死に悟られないよう保つ。
――初対面は射殺……でも言われたことしかしてないし。失礼なことも言ってないハズ……。
「俺の仲間がどっから狙っても撃ち返してたし……視野角三百六十度くらいある?」
「肉食動物だからそんなにないです。テディじゃないんだから」
「テディって草食動物だったのか……」
深°は楽しそうに笑い、そのまま彼はユイガの隣へ腰掛けた。
「今日どんくらいいるの」
「一日観光だから……あと一時間くらい」
「一日だけマジかー。でも十分。俺らこの後、高級腕時計店にピストルとバッグ持って遊び行く予定なんだけど」
「うげ」
「デフォ服ってことは、ユイガまだ無職だよな?一緒にどうよ」
露骨な強盗勧誘だった。ユイガが露骨に嫌そうな顔をすると、深°は急にマフィアのボスらしい圧を纏う。
「こっちはアホみたいな茶番に付き合ってやったんだから容赦いらねぇよなぁ?」
「えーでも犯罪者だし」
「その言葉で全部済むと思うなよ?」
「あれっ。ちょっと耳くず生成されて聞こえないんだけど」
「ははははっ!コイツっ……!やっぱ手綱握れんのはテディしかいねぇってか?」
帽子越しに頭をわしゃわしゃされ、ユイガが小さく唸る。
――録画は回してるけど、出来るだけテディと一緒に行動した方がいいよな。でも……。
「――おぅ刺してこいよ!オッサンびびってんのかぁ!?」
「今オッサンっつったかこの野郎!だからガキは駄目なんだよ……!オラ喰らいなぁ!」
ユイガが逡巡している最中、樽に入ったまくれなが、樽に刺す役のzen9を煽りまくっていた。そして見事剣が起爆スイッチに刺さり、まくれなが空高く吹き飛ぶ。
「マジでゴミィィ!」
「ふふふふふっ!あー。単発OKならやれるけど?」
そしてつい気が緩み、深°の誘いに乗ってしまった。
「ガチ?単発アルバイト戦闘員?」
「それで」
――テディの危機一髪は……後でアーカイブ見ればいいか。
まだまだ活動者として未熟なのは理解している。だからこそ、ユイガはテディがいなくても撮れ高を作れることを証明したかった。
「――あれっ!?ユイガどこ行ったの!?迷子の迷子のユイガちゃん!?」
テディは解放されるなりユイガを探したが、その姿はどこにもない。捜索を続けて十分後、ネリスの絶対命令で現着した高級腕時計店にて――彼は敵側に加わったユイガと再会した。
☆彡
「…」
テディは配信を切った後も、しばらくモニターを眺めていた。
「……シェン」
「あん?」
「ライアンって配信見てた?」
「本人に聞け」
短く返された後、通話の向こうは静かになった。
「だよねぇ……」
テディは深呼吸すると、スマホを操作してライアンへ電話をかける。数回のコール音の後、聞き慣れた声が返ってきた。
「お疲れ」
「あ、お疲れー」
――声色はいつも通り……?
「配信見てた?」
「途中から。お前視点で見てた」
「そっか……」
「ありがとな」
「え?」
ライアンが配信を視聴していた事実と不意のお礼に、糸哉は呆けたような声を漏らす。
「俺の推しといっぱい絡んでくれて」
「あ、ありがとうなんだ……」
「普通に面白かった」
「なら良かった……今日かなり好き勝手やっちゃったからさ」
糸哉は内心では別のことを気にしていた。ライアンがイッサとネリスのキスを見たこと。そして、それをどう受け止めたのか。
だが電話越しの彼からは、想像していたほど深刻な落ち込みは感じられなかった。
「いっ君……俺、仕事頑張るわ」
「え?」
「編集は有給中ちゃんと手伝うし、年末年始も帰省やめて家いるから」
「それは助かるけど……」
「大丈夫」
ライアンは糸哉の懸念を察し、穏やかな声で自らの気持ちを打ち明ける。
「イッサちゃんて長官ラブだからさ。長官がお前から気を逸らすためにそれを利用したのは普通に無理だったけど。あ、無理っていうのは同姓でキスしてるとこが無理なんじゃなくて、元……カノと部長と重ねちゃって無理って意味ね」
「うん」
「発狂して配信閉じて倒れてたら、シェンが『面白いことになってるからテディ視点で見直せ』って言ってきて……頑張って開いたら、お前黒焦げで観覧車に引っかかってんの」
「あの数秒後にヘリ突っ込んできて僕ら真っ黒黒になったからね」
「見直した見直した。あれでメッチャ笑って……やっぱ爆発っていいな。『リア充爆発しろ』の面白さがようやく分かったわ」
「(物理)でね。あれワザとじゃなくて運転手が本気で取り乱して操作狂ったのが最高だった」
しばらく雑談した後。ライアンがふと呟く。
「本当はさ。年明けたら仕事辞めようかと思ってた」
「思っ『てた』?」
「また本気でそう思ったら言うわ」
「ライアンそれ結構前から言ってるよね」
「えぇ?」
「『仕事辞めたいー』ってトイレから聞こえて来たと思ったら『うおー楽しいー!』って言いながら洗面所で手洗ってたじゃん」
「あれは……嘘」
「うん。僕もそう思いたい」
ライアンは普段から聞き逃せない独り言をよく零す。それでも結局、彼はなんだかんだで心を病まずに仕事を続けていた。
「『BRO・AD』楽しいよ。ライアンのリクエストに応えて良かった」
「だしょ?観てる方もちゃんと面白いから。最後まで頑張れ」
「うん」
「明日から家戻るから」
生返事を返したところで通話が切れる。テディはスマホを机に置き、椅子へ深くもたれかかった。
――完全に吹っ切れたワケじゃない……けど、立ち直れはしたのかな。
「良かった……のかな」
小さく呟く。明確に自分が何かを解決した実感はない。それでも電話の向こうから聞こえるライアンの明るい声に、テディの不安は少しだけ和らいだのだった。
☆彡
『BRO・AD』終了まで残り一日。
テディは真夜中の遊園地にバイクを停め、配信コメントと話していた。
「やー本当に楽しかったね」
この期間、彼は毎日のようにミリオレの街を駆け回り、最低でも六時間――時にはそれ以上の長時間配信を続けてきた。
その反動として、クリスマスから正月までは動画投稿のみに集中することを宣言済みだ。
『休め』
『頼むから寝ろ』
『毎日投稿して長時間配信してるのおかしい』
コメント欄も概ね賛成の意見が多かった。
「『BRO・ADお疲れ様二次会』とかは全然行くよ。対策課で誘われたら。『長官なら呼んでくれるでしょ』だといいなぁ」
虹色にライトアップされた急流すべりを、テディは少し離れた場所から静かに見上げる。
「長官の車のサイドミラーを肘で割った挙句そのままにして現在逃走中の僕でも……二次会参加できるかな」
『うん終わってるね』
『逃げるな』
『はよ弁償しろ』
そんな他愛もないやり取りを続けながら、彼は遊園地の水上ステージゾーンへ足を運んだ。
湖沿いに設置されたベンチへ腰掛ける。一週間前には、この場所全体で『ボスオークション』が開催されていた。その後の罰ゲームも含め、今ではもう懐かしい思い出だ。
「早いなぁ……」
『エモい』
『終わるの寂しい』
『ロスになる』
テディは『おむらむらす』のコーヒーを一口飲み、感傷に浸っていたその時。少し離れた場所に人影が見えた。
――んーマフィアだったら職質かな。
街灯の逆光で顔は見えないが、シルエット的に女性だと推理する。相手はまだこちらに気づいていなかった。やがて彼女の唇が動き、言葉が紡がれる。
「空が悲しんでるわ……」
「バフォッ!」
ロマンティックでポエミーな台詞が耳に入り、テディは盛大にコーヒーを噴き出した。
『コーヒーを噴き出す』や前話でユイガがやった『服についた汚れを手で払う』などの行動描写は全部エモートで良い感じにやってると思ってください。




