第121話『気になる結果は』
――いくら位置取りが良くても、らむらすじゃギバを抑えられないでしょ。
そう察するや否や、ユイガは二回目の上昇中に刺客を仕留める。その後サイレンサー付きのハンドガンを口に咥え、頂上で止まる数秒の間にゴンドラからニュルッと抜け出した彼は――鉄骨を伝ってここまで這い上がってきたのだった。
「いやエグ!」
「『猫は液体!ニュルッ!』じゃねぇんだわ」
「これプロ怖っ」
「やべー新人来たな」
――成程ねぇ……。四人目はこんな感じのタイプか。無職なのが勿体ねぇな……。
深°は芯から驚愕する。元プロゲーマーのギバに匹敵するその腕前に、彼はマフィアのボスらしいギラギラとした欲望の光をその目に灯した。
背後からの熱い視線に全く気づかぬまま、ユイガは冷静に消音器付きのハンドガンを両手に握る。
「らむらすは俺が守るから。肩の力抜いていいよ」
「よーし背中は預けた」
「ギリ煽られてね?」
運営の六人は対策課の援護すら利用し、しぶとく食い下がる刺客を退け続ける。
「あははははは!テディこれヤバくない?」
「深°の心折れてないといいけど……イッサちゃんも歯茎見せるのはまだ早ーいよ」
防衛戦の最中にもたらされた中間発表は、イッサが四億、深°が一億八千万という絶望的なまでの大差を示していた。
そして――ついにその時がやってくる。
『……3……2……1……0!長らくお待たせいたしましたー!これにてオークションを締め切らせていただきます!そしてぇ……結果発表ー!』
「ぶはっ」
「音割れえぐ」
一部の人間がまくれなの絶叫コールを拾い、ついに入札額が読み上げられた。
『まずはパンダラハーツ!イッサ・ヂーチンが――五億四千八百万円!』
「へっ!?」
「えっぐ!」
「五億マジ!?」
「ナイスナイス!これ勝ったんじゃない!?」
イッサ側が歓声を上げる一方、深°は目を閉じて祈っていた。
「おい頼む頼む……マージで頼む……!」
『対するギルティーポップ!佐々來深°の……』
まくれなのわざとらしい溜めが、場の緊張感を限界まで高める。いまや街全体を巻き込むゲリラ大型イベントへと膨れ上がったそれの結果を、街のほぼ全員が固唾を呑んで待っていた。
『入札結果は――八億九百万円!』
「でぇーーーっ!?」
「うぉぉぉぉぉぉ!」
「八億ゥ!?」
信じ難い金額差に誰もが耳を疑い、場は一瞬で大騒然となる。次の瞬間、深°の無線から興奮で上ずった声が弾けた。
『間に合った……!こちらノックス!カジノで六億当てた金、丸っと全部ぶち込みました!』
「えぇーっ!?」
土壇場で起きた奇跡の大逆転。しかし何よりもイッサを打ちのめしたのは、向こうの仲間の執念によって確実だった勝利をむしり取られたという現実だった。
「マジかよっ……お前らぁ……!」
――えめっちゃ嬉しい……!絶対ボロ負けすると思ってたから余計に。
手錠を外された深°は受けた仕打ちへの報復も忘れ、ただただ押し寄せる感動に震える。感極まっている勝者がいる一方、最後まで自分が勝者だと疑わなかった敗者は――
「嫌だーッ!やだやだやだやだー!」
――観覧車の鉄輪へ寝転がり、子供みたいに手足をバタつかせていた。
『……それではここで!ブイチューバー危機一髪が確定したイッサ・ヂーチンさんより、一言コメントをいただきましょう!』
仲間たちの絆に胸を熱くした深°のコメントを受け、まくれながテンション高くイッサへバトンを繋ぐ。イッサもその勢いに乗るように、怒りのパッションをさらに燃え上がらせた。
「ヤダーッ!こんなド変態カス野郎に負けるとか嫌だぁーっ!」
「なんてこと言うんだ!」
テディがマイク越しにツッコミむ。その音声を聞き、深°はドヤ顔で遠くに見える観覧車を指差した。
「俺ほど紳士で仲間に愛されてるボスいないよ?どうも佐々來深°です」
「ヒュー!かっけぇー!」
こうして『ボスオークション』は大盛況のまま幕を閉じ、余興の罰ゲーム『ブイチューバー危機一髪』に移る――かと思えたが。
「やったる……」
イッサの瞳がどす黒く燃える。
「もうこうなったら全部滅茶苦茶にしたるぞコラァー!」
「あははっ!急にオラついてどうしたんですか」
テディには毛ほども効いていないが、イッサの怨念は本物だった。
彼が新しいマガジンを装填し、互いの眼光が見えない火花を散らしたその時。
「コラお前等ァァーッ!一体なにしとるかぁぁ!」
「!?」
真下から轟いた一喝に、テディとイッサの背筋が凍る。鬼と見紛うほどの迫力を宿した声は――ネリス長官のものだった。
そして間髪入れずに『バガァン!』と重い破壊音が観覧車上部へ響き渡る。
「ド、ドアが……」
「嘘でしょ……!?あれドア壊せるの!?」
観覧車の折り畳み式ドアは外からしか開けられず、一度乗れば一周するまで開かない完全施錠型である。ミリオレ遊園地の観覧車では拳銃や鈍器で窓を割ることは出来ても(犯罪)、外へ出る仕様ではない。
ユイガのような一部の物好きかつ操作技術に長けたプレイヤーなら、安全バーの拘束から抜け出すことも可能である。しかし観覧車だけは別――のはずだった。
「下からの攻撃は実質不可能だから余裕だと思ってたのに……」
黄色のゴンドラが頂点へ到達する。テディは仁王立ちする上司と相対し、嫌そうに呻いた。
「まさか身内に蹴りでゴンドラ破壊する雌ゴリラがいたとは……」
「お前にも見舞ってやろうか?レッグプレスで鍛えた長官の蹴りを」
「ヒェッ」
ネリスがゴキ、と首を鳴らし、テディは笑顔のまま固まる。彼女は新人らしからぬ問題行動に青筋を浮かべ、深い溜息を吐いた。
「出勤したらこんな惨状とはな……非番なら何をやってもいいなどという甘い考えは、我が組織では通用せんぞ。もっと組織の看板を背負っている自覚を……」
「いや違うんですよ」
テディは途中で遮り、真面目な声を作る。
「ちょーっとパンダラハーツのボスと触れ合いたいなと思っただけであります!」
「イッサその触れ合いでワンチャン死ぬとこだったわ!ネリたんこの不届き者ウチで引き取らせて!そしたら丸く収めてあげる!」
「その呼び方やめろ。でもそうだな……これほどの不始末だ。生ぬるい処分では、自分が置かれた状況を正しく認識できないかもしれん」
「えっ」
テディがマフィアに売られる話が進みつつある裏で、りょくおー達は事後処理と『ブイチューバー危機一髪』の準備に勤しんでいた。
『深°は海岸に捨てといた。ギルティーポップとの敵対はない』
『こっち返金処理しつつ、テディと敗者回収向かうわ』
――ここで長官の邪魔が入るくらいなら……無力化も普通にアリだな。
スッとテディの左手がハンドガンへ伸びる。だがネリスはそんな彼の存在を脇へ置き、未だ手錠をかけられたままのイッサを見つめる。そして耳元で何かを囁き――
「んーーっ!?」
――そのまま、イッサの唇を深く塞いだ。
『!?』
『ほ!?』
『ふぁ!?』
またしても視聴者が喜びそうな現場を映してしまったテディは、無言のまま目を瞬かせることすら忘れた。
「あぁー!」
「やっばい!」
「ちょっと待て手元!」
「あわわわわ!」
「怖い怖い怖い!」
混乱に気を取られた隙に、りょくおー達を乗せたヘリが危険な距離まで迫っていた。
「えぇ!?いや待って待って待っ……」
『ボガァァァン!』
「「うわ゙ーっ!?」」
観覧車上部が派手に炎を噴き、八人まとめて事故死したかに思われたが――
「危機一髪……」
「ユイガさんナイスすぎ!」
――死の危険を察したユイガだけは、医療班のまくれなを抱えてパラシュートで脱出していた。
「テディ……めっちゃ良い新人迎えてるやん」
「恐縮だね……」
その後。観覧車に引っ掛かって炭のようになった主犯達と被害者を、ユイガと医療班が流れ作業のようにレスキューしていく。
「おーいー!俺お前に二千万入札してたのにー!バカー!」
「ダァーッ!」
めでたく全員復活したが、イッサだけは賭けに負けたさがんの八つ当たりを受けた。
「さがん。イッサはこの後も茶番が控えている。鬱憤はその時に立候補して晴らすといい。弾丸の代わりに剣でな」
「あー。樽に入って危機一髪やるアレ?」
治療を終えたテディたちは大人しく待機し、小声で先程の一件について話し合う。
「さっきのって幻?」
「ビックリしたー。イッサちゃんと長官がチューしたのかと思った」
「あのキッスのせいでりょくおー事故ったじゃん」
「りょくおーにキッスはまだ早かったか」
「理解不能なんだけど……何で急に長官とイッサさんがベロチューする流れになったの?」
「ベロチューはしてない……と思うけど。今回、僕を引き渡してくれたら丸いってイッサちゃんが言ってたのを、ネリス長官がキスで有耶無耶にした……んだと思う」
「「クズ男の思想!」」
――ライアン発狂してないかな……。
誰も女性同士のキスについては触れなかったが――テディだけはライアンのトラウマが刺激されていないことを願っていた。




