第115話『ご注文はらむらすですか?』
ここは個人ゲーム実況者、らむらすが経営する飲食店『おむらむらす』。
さらにユニオンストリーム所属の女性ブイチューバー、エルミラ・フェアリウムとディパレット所属の女性ブイチューバー、塩練メアリが看板娘として勤務しており、連日大盛況らしい。
「『存在感無さすぎて全然気づかれてない?』いやホラ今VIPの接客中だから……」
テディは苦笑してフード欄へ目を落とす。
『キミの胃袋へ直行便☆ふっくらパラパラ❤らむらすピラフ』
『一口でエミィにメロメロになっちゃう❤他のおねえさんに見移り禁止の独占虜 (トルコ)ライス』
『母のレシピを真似て作ってるけど一回も成功したことがないメアリの塩麴ハンバーグプレート』
「らむらす……よくこのメニュー名に許可出したなー。あと新規客の八割が『オムライスないんかい!』って思ったよねこれ。こせゆ隊とか絶対ツッコんでそう」
続いてドリンク欄。
『視界が弾ける!らむらすのシュワシュワ☆絶頂脳溶けコーラ』
『エルミラだけの騎士に捧げる癒やしのフェアリーグリーンティー』
『青、春……?あれ、何で私泣いてるんだろ……メアリの激レア❤ソルティーレモネード』
「塩練さんこれはズルいって……!僕も目から綿出てきそう……」
『嘘つけお前は泣ける奴だ』
『100万人の感動を思い出せ』
『ウソ泣き目薬さした?』
「あと普通にイラストも良いな……最初はらむらすコンセプトのって思ってたけど」
本来なら店長に会いに来た以上、注文もらむらすメニューで統一すべきだろう。だがメアリのナイーブなネーミングセンスが、彼の心をじわじわと侵食していた。
『新たな推しに出会った日』
『応援したい』
『普通に迷う』
コメント欄も大盛り上がりである。テディは悩みながら最後のデザートページを開いた。
『愛情デコレーション❤らむらすの苺たっぷりふわふわ☆お布団オムレット』
『太っても大好きだよ?エルミラ特製❤デカ盛り背徳のハピネス☆カーニバルパフェ』
『1日当たりの塩分摂取量の目標値は男性は8.0g未満、女性は7.0g未満です。メアリの塩キャラメル☆バスクチーズケーキ』
「書いてない!チーズケーキの塩分はどれくらいなんだ塩練さん!あとエルミラさんってもしかして爆食系の妖精さん?」
テディが勢いよくツッコむと、背後に影が差した。
「チーズケーキの塩分量は約〇.五グラムです」
「うわぁびっくりした!」
ガバッと顔を上げる。そこにはホリゾンブルーの妖精風メイド服に身を包んだ塩練メアリが、無表情気味の半眼でこちらを見下ろしていた。
テディは照明に照らされてきらりと揺れる羽飾りに目を細め、そのまま柔らかな笑みで名乗る。
「やぁ初めまして塩練さん。テディです。制服可愛いですね」
「初めまして。今の情緒は大荒れ中☆塩練メアリです」
「つまり緊張してるんだね。今まで出会って来たブイチューバーの中でダントツ応援したくなるような人だなぁ」
「ご注文の際は、遠慮なく裏声でお呼びつけくださいませ」
「遠慮するし地声で呼ぶよ……ってこれは?」
メアリは一切表情を崩さぬままボケを挟み、新たなメニューを差し出す。
「当店の裏メニューでございます。店長と特別なお付き合いのあるお客様限定となっております」
「えぇ」
「なお初回のみ特別にご利用いただけますので、本日はぜひこちらからのご注文をおすすめしております」
「なんてこった。普通に塩練さんのハンバーグ気になってたけど……じゃあ今回はそれから選ぼうかな」
テディは『友人限定』と『初回限定』という響きにまんまと惹かれ、ぺらりと特別メニューを開いた。
『テディがこの街に来てから今までずっと煮込み続けてた☆特製ビーフシチュー』
『砂糖もミルクも言い訳も受け付けない☆孤独に溺れるブラックコーヒー』
『涙で濡れたひとりぼっちの空虚☆現実はビターチョコレートケーキ』
「さばらだ!」
「――お待ちになって。ご主人様?」
即逃げを選択したテディだったが、出口には優しげな笑顔を浮かべたエルミラが待機済みだった。
「ふぅ……オッケー分かった。勢い余って『さばらだ!』が出ちゃったし。ちょっとやり直させて」
テディは席へ戻り、いつの間にか自分以外の客が消えた店内をぐるりと見回す。静まり返った空間の中央で深呼吸し――勢いよく床を蹴った。
「らむらすー!ごめーん!」
勢いそのままにレジ横の扉へ突撃し、頭からキッチンへダイブする。ロケットのような速度で転がり込んだテディの視界に飛び込んできたのは、隅っこで体育座りしている店長のらむらすだった。
「メンヘラむらすモード入ってる……!」
どんよりとした空気を背負うらむらすに、テディは慌てて駆け寄る。
「ほ、ほら僕さ!美味しい物は最後に食べる派だから!これから飲食系はここのしか食べないって誓うし!」
「マジ?」
「マジマジ!ここのピラフやコーラを胃に直行させないと脳溶け絶頂出来ない身体になるよ!」
「それはやめろ」
テディと視聴者は内心で『面倒なオッサンだな』と思いつつも、それをおくびにも出さず必死に宥める。するとらむらすは秒で復活した。
「テイクアウトも出来るけど。何個買ってく?」
「丁度給料入ったし、全種類いっとこうかな」
「フゥー!」
「毎度ありです」
「なんて豪快な注文……!エミィのお胸が熱くなりますわ!」
らむらすとメアリが太客の誕生に歓声を上げながら厨房を慌ただしく動き回る。その隙に、テディはそっとエルミラへ近寄った。
「すみません。ネリス長官がド忘れしたらしいんですけど、イッサちゃんの好物って知ってます?」
「イッサちゃん先輩ですか? ええと確か、蟹……」
「蟹?」
「……味噌小籠包が大好きですよ」
「蟹味噌小籠包!?渋いなぁ……ありがとうございます。それと僕がカンニングしたこと、長官には内緒でお願いしますね」
「ご主人様のお役に立てて……メイドとしてこれ以上の幸せはございませんわ」
両手を胸に当て、艶やかな微笑みを浮かべながらエルミラはぼんやりと思う。
――ネリス様と雑談したり、こうしてご飯を食べに来たりしてるということは……今のこの街、結構平和なのでしょうか。
その後、飲食店を後にしたテディは、かつてイッサと出会った場所でバイクを停める。
「小籠包……なら、せいろも必要か。『ヨッ大将!これから報復ですかい?』って江戸っ子みたいに聞かなくても……あと報復じゃなーいよ」
テディは視聴者に『イッサの所為で支払う羽目になった四十万円を何らかの形で倍にして返す』と語り、彼等に秘密厳守を求める。
「最初に味わった苦渋はちゃんと帳消しにしないと」
彼は凶悪な笑みを浮かべ、対策課本部に戻る。贈り物計画は水面下で着実に進行していた。
☆彡
週明けの朝、この日は一時間目から体育だった。三人は空き教室でササっと着替えを済ませると、体育館へ向かいながら『BRO・AD』の配信について話す。
「ホントにおもろい!」
「最高だな」
「でも見るの大変でしょ」
「それな。でも続き気になって停止ボタン押せない」
「分かる」
他の実況者視点でも面白い出来事があったと話しているうちに、話題はそれぞれが好きなテディ視点の名場面へ移っていった。
「銃上手いとこも雑談も事件対応してるとこも誰かと絡んでるとこも死ぬとこも全部好きだからな……」
「どれも最高で選択が難しいな……」
「二人が僕のオタクすぎるよ……!心臓に悪いからやめて欲しいな……」
本人を前にして実況を褒めるのももはや恒例行事だが、テディは今回も耳まで赤くしながらその感想を聞いていた。
「最初から最後まで芸術」
「切り抜きじゃ物足んねーな」
「テディが熊の着ぐるみ着てベンチに座ってるとこを見た人たちの反応めちゃくちゃ面白くなかった?」
「俺的にはらむらすが『持って帰って店のマスコットにする!』っつってテディを無理矢理トランクに詰めてる途中で自転車に撥ねられるシーンが一番だな……あの後のカーチェイス何回見ても笑う。定期的に見るかも」
「うぅ……」
――まぁこれからも沢山の感動と笑いを届けられるよう頑張るか……。
糸哉は二人と同じように、他の視聴者たちにも観測生活を心から楽しみ『全部追いたいのに時間が足りない』と思ってもらえているのなら――実況者冥利に尽きると思ったのだった。
☆彡
すっかり定着した『BRO・AD』配信。
第六回のその日も、テディは十八時からログインして治安維持に奔走していた。
「実は今日、ここで待ち合わせしてる獣がいてさ。そろそろ来ると思うんだけど……」
それは配信開始から一時間ほど経った頃のことだった。
「『誰!?』『獣って言い方で察した』『ホット?』『ユイガ?』『タンドリーが裏で待機してるオチ』……流石は視聴者諸君。良いセンいってんね」
テディは最初に降り立った地点へ社用バイクを停め、配信コメントを眺めながら笑っていたその時。
『バラララララッ!』
「……ぇ?」
低いプロペラ音が頭上を覆う。テディが空を見上げると、黒塗りのヘリコプターが堂々と姿を現した。
テディは本体が夕食を食べている間、ゲーム内ではクマの着ぐるみを着させて対策課横のベンチに放置していました。それを見つけた時の色んな人の反応集は……機会があったら書くかもしれません。




