第114話『エンタメ事件対応』
「はぁ……で、犯人は何人ですかー?」
テディは包帯を腕に巻き、ようやくネリスの隣に立つ。彼は無傷の彼女と違い、先程の三回転と衝突で普通にダメージを負っていた。
『カーサ・デッラ・タルパ』の現場は門付きの塀に囲まれた敷地の中央に建つ、煙突付き茶色レンガの二階建て住宅だった。ラセツは二階正面の小さなバルコニーへ姿を見せ、人質を脇に抱えながら拳銃の存在を誇示している。
「何人だぁ?誰が馬鹿正直に言うか!」
「人数次第で追う人数の調整が入るぞー」
「俺一人だ!」
「嘘つけ!最低でも二人組でやんないとキツいだろ!」
バルチャーの言う通りである。この犯罪ではアジト内の敵NPCを排除した後、片方が金品の回収、もう片方が人質を取って時間稼ぎなどを行うのが定石だった。
「鬼形。住居侵入罪、強盗殺人罪、銃刀法違反に加えて犯人隠避罪を増やしたいのか?」
「二人でやってます!」
「馬鹿正直に言った……」
テディはネリスの即席のハッタリに感嘆する。犯人隠避罪が成立するのは『第三者が故意に犯人の人数を偽った』場合のみ。犯人が仲間の数を誤魔化したところで、この街の法では罪に問えなかった。
「うるせぇ!そこの二人も武器を捨てて両手を上げろ!人質がどうなってもいいのか!」
流石に人質を取られては強行突入もできない。ネリスとテディは渋々両手を上げる――が。
「ブッ」
テディは耐え切れず吹き出した。何故ならネリスが、両手を上げた状態で親指だけ立てていたからである。
『サムズアップ』と呼ばれるハンドサインは、ミリオレにおいて『クソが死ね!』に近い侮辱表現だった。
「おいアンタ天下のユニオンストリームだろ!それでいいのか!?」
「あ゙?」
ネリスはさらに目を細めてガンを飛ばす。その様子を見たテディも悪ノリでしれっと両手をピストルの形にした。
「おいテディまで挑発するな!」
バルチャーも形だけ注意しつつ、頭の上で小さく拍手していた。
「対策課コラァ!舐め腐りやがって!好き放題やりすぎだろ!」
ラセツがブチギレツッコミを入れたその時。二部屋隣にある窓から、盗品のボストンバッグを抱えた女性――曙ひかりがそろりと顔を出した。
「ラセッさん終わっ……」
そしてネリスを見た瞬間、即座に引っ込む。
「その声……ひかりだな?」
「びぇっ」
現在の彼女はベビーマフィアとして活動中だ。個人勢であるためネリスとの接点こそないが、大物である彼女を深く敬い、同時に恐れてもいた。
「ラセッさんどないしよ!よりにもよってあの三人……!絶対無理!人質いても逃げ切れへん!」
「落ち着け!まだ俺らにはあの手がある!」
ラセツは半泣きのひかりを励ますと、改めて三人へ銃口を向けた。
「お前ら相手じゃカーチェイスもタイマンも勝ち目ねぇ!なら要求は一つ!」
彼はテディの「情けないなー」というコメントを無視してビシッと指を突きつける。
「一発芸だ!俺とひかりが笑ったら人質を解放してやる!」
「「な、なにーっ!?」」
テディとバルチャーの声が綺麗に重なる。
「俺ら二人が笑わなかったら見逃せよ!」
NPCとはいえ人質を取っている以上、主導権は向こうにある。予想外すぎる要求にバルチャーがおろおろ視線を泳がせていると――
「バルチャー」
「ハイィッ……」
――真横からネリス長官の圧が飛んできた。
「……やります」
彼がゆっくり制服を脱ぐと、誰かが『ングフッ』とどもる声が聞こえた。
短髪ハイフェードヘアにサングラスの厳つい見た目に反して、意外と色白で細身な上裸が露わになる。まずテディが耐え切れず一ヒット。
「何だその貧弱な身体はァ!」
「グハァーー!」
そしてネリスの鋭いタイキックが炸裂し、バルチャー本人もダメージを受けた。
「クッ……おい一発芸する前に倒すな!」
「な、仲間割れしないでもろて……」
しかしこの時点で、既に犯人側の頬はかなり緩んでいた。
「……えー。ではいかせていただきます。一発芸。『乾布摩擦』」
彼が『乾布摩擦』のエモートを押すと、どこからともなく白い手ぬぐいを取り出し――背中を向けてゴシゴシ擦り始めた。
「ハッスル!ハッスル!フォー!ハッスル!ハッスル!フォー!ハッスル!ハッスル!フォー!ポッポォーーー!」
「っ、ふふふふっ……!」
「ぶははははは!」
クセの強い掛け声と勢いにテディは崩れ落ち、ラセツもついに吹き出してしまう。
だが――
「「それの何が面白い?」」
――女性陣二人は完全真顔だった。
「ふぅぅぅぅぅ!」
「バルチャーッ!」
「医療班!医療班を呼んでやれ!」
精神的にも物理的にも致命傷を負ったバルチャーは、そのまま壁際へと運ばれていった。
「次……もすかして僕ですか」
「待て」
テディが青ざめた瞬間。ネリスが静かに前へ出る。
「お前たちが笑えばいいんだな?」
「え?」
「ま、まさか……」
ネリスは家の外――犯人二人からは木が邪魔で見えない位置を指差す。
「外に私とテディが乗ってきた車がある。出て左を見ろ」
「車……?」
対策課組が両手を上げたまま離れる。続いてラセツとひかりが恐る恐る出ると――
「あっはっはっはっは!!」
「あはっ!あはははははは!!」
――二人は腹を抱えて爆笑した。そこに停まっていたというより塀に豪快にめり込んでいたのは、傷だらけのピンク色カップルベンチカーだったからだ。
「え!?マジでこれで来たの!?」
「本当に!?」
「マジです」
「長官が運転した」
「しかも試乗車っていう……」
「あ、バルチャーさんおかえりなさい」
それまで瀕死状態だったバルチャーも持ち直し、テディは安堵の息を吐いた。
「試乗車マジ?私物じゃないのかよ!」
「これ大丈夫?もう結構ボロボロなんですけど」
「構わん。全て終わった後お前たちの罰金で弁償すればいい」
「「ヒェッ」」
ネリスは指をバキバキ鳴らす。芸ではなかったが、二人が笑った以上は完全に対策課側の勝ちだった。
「はい人質解放ねー」
「あっ!」
「キャーッ!」
テディは背後からラセツの腕を捻り上げ、バルチャーはひかりへ手錠を掛ける。だが――
「待て!これ一対一のイーブンだろ!?」
「まだ一人残ってる!」
――二人は諦め悪くテディを指差した。
「テディのネタも見せろ!」
「一理あるな」
「よしテディ行け!」
「おかしいよ!?僕の味方は!?」
当然、拘束済み犯罪者の要求など普通なら却下である。だが長官と副長官は賛同の意を示した。
『大丈夫お前ならいける』
『こせゆ隊とらむらすで鍛えられてるだろ』
『既出でも許すから』
「コメント欄も非情だし……じゃあ軽く自己紹介しますね。今日初めましての人も多いので」
「うむ」
「いいな。礼儀大事」
ネリスとバルチャーが頷く。そしてテディは、一拍置いて言った。
「実は僕、老化で全部の歯が抜けてまして」
「……クッ」
「プフッ」
「ヒヒッ……」
「ッフハハ……」
掴みだけで既に全員が危険な状態だった。
「今総入れ歯なんですけど……取りますね」
テディは夜食用ミニトマトの保存容器を取り出し、真空蓋を開ける。
『ガポッ』
「「!?」」
そしてそのまま、舌を器用に使って総入れ歯を外した老人の喋り方を再現した。
「え゙ー、しょくん!これがぷろであう!!の、てでぃでしゅ!」
「ぶははははは!」
「うわっはっはっは!」
「ッフフフフフ!」
「あはははははは!」
テディの周囲は完全に笑いの渦と化した。彼はもう一度蓋を閉め、入れ歯を戻した体で普通の声に戻る。
「はい以上ですー!これからもこれプロテディをよろしくどうぞ!」
こうして『カーサ・デッラ・タルパ』は誰一人血を流すことなく終結。その後ネリスはラセツとひかりへ請求した大量の罰金で、帰り道でも建物やガードレールにぶつけまくってさらにボロボロになったカップルベンチカーの修理費を賄ったのだった。
☆彡
こうして配信開始から七時間。時計の針もじき日付変更線を跨ごうとしていた頃だった。
「あ、ここかな?」
テディはけやにカスタムしてもらった社用バイクを店先へ停める。ネオンに彩られた看板には、丸っこい字体で『おむらむらす』と書かれていた。
「え良いー!」
「めっかわー」
「え、俺今かわちい!?」
テディが入った瞬間、店内に飛び交っていたのは――酒場ともファミレスとも違う、キャピキャピでふわふわとした歓声だった。
パステルカラーのメイド服姿の女性店員たちには、全員妖精の羽が生えている。現在、彼女たちはチップを多めに払った中年男性客に対し、VIPサービスとしてチェキ撮影用のカチューシャやヘアバンドを選ばせていた。
「ワカオミさんだ……あの人って確か既婚者じゃ……」
テディは鼻の下を伸ばしたVIP客ワカオミを見つけるなり、反射的に気配を消す。彼は人目を避けるように店の隅の席へ座り、静かにメニュー表へ手を伸ばした。




