第116話『本日は特別ゲストと』
機体はそのまま目の前の三階建てビルの屋上へ着陸。風圧で髪を激しく揺らしながら、テディは呆然と立ち尽くした。
そしてヘリの扉が開き――
「おまたせー」
――配達員姿のユイガが、まるで散歩にでも来たかのような気軽さで現れる。
「…」
テディは大急ぎでビルの屋上へ駆け上がり、勢いよく扉を開いて叫んだ。
「何でマフィアのヘリに乗って来てんのーっ!?」
『草』
『なにしてんねーん!』
『マズイですよ!』
コメント欄を埋め尽くす『w』の文字列をよそに、ユイガは悪びれもなく肩を竦める。
「だって俺の初期地点めっちゃ遠かったんだけど。迎え呼ぼうにもテディの連絡先知らないし。そしたら偶然銀行の近くにこれが停まってて」
「銀行?」
「ポモドーロ銀行って書いてあった」
「あっ……」
テディはここへ来る前に耳にした話を思い出し、切っていた対策課用の無線を繋ぎ直す。
『――現在、トゥルピネによる銀行強盗が発生。実行犯は二人の模様……』
「うわモロに犯行用の航空機じゃん……」
「目の前にあったから借りただけだけど?」
「借りただけだけど?じゃないよ!始まって秒でヘリ盗むなんて相変わらず豪胆だなユイガは!」
「確か医療班と対策課のヤツは勝手に乗ったら罰金重いんでしょ?」
「重さで言うならマフィアの私物とそう変わんないよ」
対策課や医療班など、公的組織の車両窃盗は通常より罪が重い。しかしマフィアが犯行に使う予定だったヘリコプターを一般人が持ち去ったことが発覚すれば、恥をかくどころの話ではなかった。テディは今後の対応を思い浮かべ、視線を虚空へ向ける。
「えーっと所有者は……うわっジェノさんのだ」
「あちゃー」
「せめてギルティーポップかオブ・ジ・エンドがよかったなぁ……貸しがあるから」
機体情報を確認した瞬間、テディの顔が引き攣る。二人の脳裏に浮かぶのは、新興マフィア『トゥルピネ』のボスであり、プロゲーミングチーム『Quirk Hematite』所属の灰色髪の青年ジェノだった。
「追手の影もないね……まだユイガが盗んだことバレてないんだ?」
「そうなんじゃない?」
そのまま返すのも誠意に欠けるということで――二人はカスタムエンジニアに頼み、ヘリコプターの清掃と簡単な整備を手伝うことになった。
巨大な洗浄設備『ウォッシュラック』で機体を丸洗いし、テディが乾いた布でずぶ濡れになったボディを拭く。
「ユイガ?」
「ん?」
「何貼ってるの?」
その横で、ユイガは機体上面に『これプロ参上!』のステッカーを貼っていた。
「絶対ジェノさんこういうの好きでしょ」
「そうかな……ユイガ本人の前ではちゃんと反省の姿勢見せてね?」
テディは対策課の専用データベースで報告書を閲覧する。
「ポモドーロ銀行強盗自体はトゥルピネ側が八千万の回収に成功したんだけど……。強盗罪、銃刀法違反、暴行罪、威力業務妨害罪、器物損壊罪、道路交通法違反、危険運転致傷罪――山盛りの罪を背負った仲間が四人も逮捕されたみたい」
「うわぁ」
「罰金で利益ほぼ吹き飛んだから、今かなりピリついてると思う」
「プラマイゼロ強盗だったんだ」
「うんユイガがヘリ失敬したお陰でね」
「良かったね俺のお陰で四人も逮捕できて。感謝状とか全然いいから」
「お気の毒だよ……ユイガに目を付けられたばっかりに」
ユイガは楽しそうに『Quirk Hematite』のロゴステッカーを貼り、他にもどんどん新しいステッカーを追加していく。『抗争上等』『対策課乙』『突流飛根 仏恥義理!』など――
「あーあーあーあー」
――気付けば、数千万級の高級ヘリは完全に痛ヘリへと変貌していた。
「どう?センス爆発してる?」
「してる」
――これ僕のヘリだったら犯人が血だるまになるまで報復するけどなー。
「もしジェノさんがキレて対策課本部襲撃してきたら、ユイガも一緒に迎え撃ってね」
「えー」
そうして二人はベタベタにステッカーが貼られたヘリコプターに乗り、トゥルピネのアジトへ向け飛び立つ。裏にヘリコプターを着陸させた後、テディは律儀に正面入口からノックした。
「――おうおう!対策課がウチのシマにノコノコ何の用じゃい!」
「わぁ凄い。パスタとチーズの世界観なのに和風だしの香りがするマフィアだ」
「それ褒めてんの?」
扉を開けたのはトゥルピネの構成員であり、ゲーム実況グループ『ロクラメン』のヒルトだった。
「ヒルトには紹介しとかなきゃね。こちら新メンバーのユイガ」
「えっ」
「ユイガです。ピチピチ実況二ヶ月目。ホットとタンドリーより優しくしてください」
「マジで!?」
ヒルトは一瞬素で驚いた後、慌てて姿勢を正した。
「ユイガさんどもども、初めまして~ロクラメンのヒルトですぅ。今ちょーど人少ないんでぇ、良かったら上がってきます?」
「それって銀行ご……」
「ユイガシーッ!いえお構いなく~」
「いやいや遠慮なんて……ってオォイ!」
そして彼はハッと目を見開き、テディへビシッと指を突き付ける。
「ここで会わせんなよ!この街ではお互い敵同士なんだから!急に身内ノリで来られると気まずいだろうが!」
「あはは!ユイガ一般人だから余計にね」
「よかったー今ボスいなくて」
「不在なの?」
「あ、そうなんですよ。ウチさっき銀行強盗してきたばっかで」
「僕その時ユイガ迎え行ってたから関わってないんだけど、成功したんだって?」
「まーね。で、何の用?」
「君らのボス……ジェノさんにちょっと用事があって。今どこいるか分かる?」
「……ボスはポモドーロ銀行戻ってった」
するとヒルトは、こちらの出方を探るように声をかけた。
「なんか時空の歪みか何かで、行きに使ってたヘリが消えてたらしくて」
『時空の歪み』という単語に、コメント欄とテディの心が同時にざわつく。
「回収役は俺と車で逃げたから何とか捕まらず済んだけど、あのヘリあったら全員逃げ切れたのになぁ」
「ほぉ」
「今ボスはそのヘリ探し回ってる。時間置いたらワンチャン戻ってるかもって」
「へぇー」
「まさかその件?対策課で押収したから伝えに来ましたーとか?」
「違うよ」
――うん。押収はしてない。正解は一般市民による窃盗です。
テディは心の中だけで答えを口にしたところで、さっきまで隣にいた気配が消えていることに気づいた。
「あれ?ユイガは……」
同時に『ドガァン!』と激しい衝突音が響き、テディとヒルトはビクッと肩を震わせた。
「なんだ!?」
二人は弾かれたように飛び出す。そして百メートルほど先――
「ユイガーー!?」
「ボスーーー!?」
――ベコベコに潰れた車の傍らで、外へ投げ出され瀕死状態のジェノを見下ろすユイガの姿があった。
『なにごと!?』
『ジェノさーん!』
『ユイガ無傷!?』
「フハッ……ユイガ何してんの。さっきから僕と視聴者を驚かせてばっかだなー」
「コイツですか!?このドラ猫がやりやがったんですか!?」
ヒルトは血相を変えて駆け寄り、ジェノを爆発の影響が及ばない場所へ移動させる。
「いや……うん……」
「俺悪くないんだけどー」
ユイガは不遜極まりない態度で事情を説明する。
「何かよく分かんない話してて暇だから、ラートのエモートで遊んでて……したら曲がり角から急に車来て、向こうがビックリして避けた」
「ジェノさん……!ウチのユイガがすみません。彼もこれプロなんです」
「いいよ……」
どうやらジェノは道路を転がるユイガとラートに驚いて進路を変え、そのまま壁へ激突したらしい。
「九十キロで曲がったら急にラート出てきてぇ……」
「ブレーキ踏めばよかったのに」
「コイツ反省ゼロ!?」
「ユイガ謝って!」
「自分の命を犠牲にしてくれてありがとうございます」
「無事ならよかったです……ヒルト治して」
本来なら医療班案件だったが、幸いヒルトが闇医者だったため、その場で治療が始まる。
「『道路にいた猫を避けようとして起きた単独事故やん』確かに……この街にも優しさはあったんだね」
「ジェノさん優しいー」
「大丈夫大丈夫。俺ギリ死んでなかったし」
「俺いなかったら普通に出血多量で終わってたけどな」
「やー本当、トゥルピネのボスって偉大だよねー」
「ねー」
テディとユイガは語尾を伸ばしながら、二人をアジト裏へ誘導する。
「え、何?」
「怖いんだけど」
そして――ジェノが探し回っていたヘリが、見るも無惨な痛ヘリへ変貌している光景を目にした。
「っ……これ……!」
ゴッテゴテに貼られた大量のステッカーを前にヒルトは笑いを堪え、ジェノはフリーズした。
「くふっ……!え?いじめ?」
「いやこれには深い事情が」
「絶対浅いだろ」
ヒルトが真顔で返した、その直後だった。
「カッコイイーー!」
「「え?」」
テディとヒルトが困惑の声を重ねる中、ジェノだけはテーマパークに来た少年のような勢いでヘリに向かっていった。




