第112話『まだですよ。まだまだ終わりは見えないので』
治療費は結局、半泣きのzen9が全額負担する羽目になった。
そして飛行船はというと、機体そのものはがるどとDASSAIがカスタムエンジニアとしての技術を発揮し、焦げ跡はもちろん『ウェルカム三十路』のステッカーに至るまで完璧に修復した。
なおテディが売った写真と証言を元に、りょくおーが『大手配信者集団による航空テロ未遂事件。主犯zen9容疑者、現行犯で爆散』という記事を書き上げた件についてはまた別の話だ。
そんなこんなで円満――なのかは怪しいが解散した後も、テディの周囲では事件が尽きなかった。
医療施設前の駐車場に並ぶ車両が盗難車だらけだったり。
「犯罪の巣窟だぁ……」
街灯の不具合に巻き込まれ、テトヴィが磔のような状態で宙吊りになっていたり。
「独特なオブジェだなぁ」
「もうテト……このまま街のメシアと化した方がいい?」
「そんな覚悟決めなくていいから!一旦再起動してみて!」
次から次へと起こる騒動に巻き込まれながら、テディは濃密すぎる五時間を過ごしていた。
そしてギルティーポップによる石油プラント襲撃事件への対応を終えた直後、シェンから一件のメッセージが届く。
「ん?シェンからおすすめエモート送られてきた。何だろ」
エモートとは、ゲーム内でキャラクターに特定の動きをさせるアクション機能だ。ダンス、匍匐前進、ブリッジ移動など一人用のものから、馬飛びやペアストレッチのような複数人用まで幅広い。
アナーキー・ダウンタウンには、時折どういう技術で実装したのか分からない珍妙なエモートも存在していた。
テディは安全な広場へ移動し、シェンから送られてきたコマンドを入力すると――
「えーーーーっ!?」
――突如として巨大な鉄輪が出現し、テディはラート競技よろしくその中で回転を始めた。
『!?!?』
『何これwww』
『初めて見た』
『ラート!?』
「読書とかジャグリングみたいに小道具出る系のエモートがあるのは知ってたけど!こんなサイズ感のもあんの!?」
視聴者と共に爆笑し困惑する中、ラートは慣性のままゴロゴロと進み続ける。
――うわ三人称視点でよかった……一人称だったら絶対酔う。
小走りほどの速度で回転しながら、テディは対策課本部前を通過した。
「え!?」
「テディ!?」
「ははははは!」
「何してんだお前ー!?」
「まーたお前は目立ってー」
「もー欲しがりなんだからー」
本部前で雑談していた対策課職員たちが一斉に近寄ってくる。
「いやまぁ、エモートだから解除すれば止まるはずなんだけど……」
テディはこれ以上見世物になる前に解除キーを押した。しかし回転は止まらない。
――ん?
『カチャカチャカチャカチャカチャカチャ!』
マイク越しに聞こえる勢いでキーを連打しても、ラートは道路を進み続ける。するとコメント欄にシェンの捕捉が流れた。
『完全停止しないと解除できんで』
「シェンーーーー!?」
「テディそれ止まんの?」
「止めてください!僕じゃ無理です!」
「任せろ!」
最初に飛び出したのはオルトスだった。彼は果敢にテディの進行方向に立ち――
「グワァーー!」
「オルトスーー!?」
――真正面から受け止めようとして、見事にホイールの下敷きになった。
「え、死んだ?」
「いやノーダメ。これ人力じゃ無理だわ!」
「車で塞ぐしかなくね?」
「テディそれ何のエモート!?」
「えっと『Wheel Gymnastics』って……あ、場所選ばないと僕みたいになりますよ!」
仲間たちが慌てて車を取りに戻る間も、テディは一人で転がり続ける。
「あ、ちょっと体重移動すると曲がれるんだ……」
『順応はや』
『諦めて轢かれろ』
『マフィアさん!今コイツ無抵抗です!』
「コメントも腐りかけてるし……このまま撃たれて死んだらどうなるんだろ……」
対向車や通行人が珍獣を見る目で立ち止まる中、ついに進行方向を塞ぐ形で対策課の社用車が停車した。
「おーナイス!これで解除……」
逆さ状態のままキーを押そうとしたその時。
「…」
「……あ、長官。お疲れ様です」
テディは運転席から現れたネリス・ヴォーンを見て、笑顔のまま石像になった。
――ちょっと待ってこの体勢……。
「公道でラート走行とは。新しい道路交通違反か?」
「事故です!停止しないと解除できない仕様らしくて!」
テディが言い訳を並べながら視点を一人称にすると――ローアングルになってしまった所為で、ミニスカ軍服の中やニーハイソックスに太ももの肉が少し乗っている様がくっきり見えてしまった。
『あ』
『あ』
『あ』
スケベな視聴者へのサービスとしてしっかり三秒その姿を映していると、ネリスはさっと距離を置く。
――バレた!?
テディが冷や汗を流すと――
「……んふふっ」
――ネリスは肩を震わせ、小さく噴き出した。
「早く解除しろ」
それは普段滅多に笑わない彼女が見せた、貴重な笑顔だった。
『向こうの視聴者に謝れ』
『亀裂入ったな』
『あーあ俺らは止めたのに』
テディはようやくラートを解除すると、ひとまずコメント欄から視線を逸らす。
「いやー束の間の平和が訪れましたね。これもネリス長官が日々治安維持と抑止力を担ってくださってるお陰ですよ」
「どうだ。長官の長官っぷりは」
「素晴らしく尊敬しております」
「だろう!?」
自己保身によるおだてだったが、ネリスは食い気味に胸を張った。
「フッ……」
――優しくされるとすぐ図に乗っちゃうタイプだ……。
「テディはバイク乗りか」
「そうですね。車で犯人の車を止めるより、バイクで追ってタイヤ狙う方が得意なんで」
「バケモンだな」
対策課の人員には、体当たりで犯人の車を横転させる豪快なタイプが多い。
だがテディは違う。バイクは少し接触しただけでも簡単に吹き飛ぶほど脆い反面、車よりも走行しながら正確に発砲できるという強みがある。彼はその機動力を好んでいた。
「カスタムは?」
「あ、そういえばまだですね」
「なら長官が案内してやろう」
「!」
思わぬ提案に、テディの頭の上にエクスラメーションマークが浮かんだ。
「え、いいんですか?」
「遠慮するな。長官も用事がある」
「いやー僕は良い長官に恵まれたなぁ」
「褒めても何も出ないぞ」
にべもなく言い切った、その数秒後。テディのスマホが通知音を鳴らした。
「え?何か大金来た!?」
「公用バイクは経費で落ちるからな。足りなければ追加で申請しろ……これからも長官を大いに敬服するといい」
「ありがとうございます!フルカスタムだー!」
振り込まれていたのは千三百万円。無邪気にはしゃぎながらも、テディは内心で別の衝撃を受けていた。
――この街ってバイク改造にそんな金かかるんだ……?今でも十分高性能なのに。
そうして二人は、カスタムエンジニアのガレージへ向かった。
『カスタムエンジニア』とは、この街に存在するあらゆる乗り物を扱う技術職である。車やバイクはもちろん、船舶、ヘリ、飛行船、気球などの整備、修理、塗装、性能向上――乗り物に関する全てを請け負っている。
二人がガレージへ入ると、実際にカスタム作業中の車や作業員の姿があちこちに見られた。
「――テディ!」
「けや」
「本物?」
「さてどうかな……」
「なにっ」
個人勢のゲーム実況者であるけやは無言で六角レンチを握る。
「ウソウソウソ!自然な動きで工具持たないで!?」
「で、何したいの?」
「フルカスタム。とにかく速くして」
「テディなら走った方が速くない?」
「全然遅いよ」
ちなみにテディベアのモデルであるアメリカグマは、最高時速およそ五十キロで走ると言われている。なおこの街の法定速度は一般道で百二十キロ、高速道路では百五十キロだった。
「このバイク元値が高いからフルカス(タム)だと一千万超えるけど」
「経費で落ちるから大丈夫」
「あーそうだったね」
けやは軽く頷くと、工具台から新しいパーツを取り出した。
まず純正マフラーを取り外し、軽量なチタン製へ交換。さらにエンジン周りを分解し、高性能ターボと冷却パーツを組み込んでいく。
「サスペンションも性能高いのに変えとく?」
「お願い」
カスタム中、テディは広々としたガレージを興味深そうに歩き回っていた。壁には工具や塗料が整然と並び、リフトで持ち上げられた車体の下でカスタムエンジニアが手際よく動き回っている。
「凄いなー。職人って感じ」
「……お、テディいんじゃん。さっきはよくもやってくれたな」
そこへ、先程の飛行船墜落事故の被害者であるDASSAIが駆け寄って来た。
「DASSAIさん……勿論良い意味で言ってますよね?そのファイティングポーズはここでの歓迎のステップみたいなもんですよね?」
「今カスタム中?ちょっとウチの新商品試してみない?」
「え、どんな車ですか?」
ガレージの奥へ引っ込んだ彼は、ほどなくして新商品を持って現れた。
「……乗り、物?」
DASSAIが満を持して披露した代物。それは――真っピンクの恋人向けベンチだった。




