第111話『ミリオレの街は眠らない』
「――何企んでんの?」
「え?」
一件落着し、本部へ戻る途中。バイクの後部座席に乗っていたりょくおーが、不意ににそんな言葉を投げてきた。
「仕事熱心なんは結構やけどさ。マフィアのアジト特定してもそこまで得ないやろ」
『BRO・AD』では犯罪者が追っ手である対策課を完全に撒くか、盗んだ品をアジトへ持ち帰った時点で成功扱いになる。
もちろん追う側も必死だ。逃走先を目撃され、そのままアジト前で鉢合わせになれば交渉や銃撃戦に発展することも珍しくない。とはいえ、これはあくまでゲーム。
アジト前での待ち伏せや張り込みは、暗黙の了解として避けるべき行為とされていた。いわゆる紳士協定である。
「でも知ってて損はないでしょ。向こうは僕らの動向を把握してから犯罪を行うんだし。少なくとも僕は、この辺で犯罪起きたならあのマフィアかなーって推測材料にしたいじゃん」
「……ふぅん?」
りょくおーは半信半疑ながらも一応納得したらしい。
コメント欄は『絶対なんか企んでる』だの『まさかマフィアに転向か!?』だの、好き勝手な考察で盛り上がっていた。
『ブォォォォン!』
丁度その時、派手なスーパーカーが猛スピードでテディたちに迫っていった。
「おっ逃走車か?」
「ごめんりょくおー。追う!」
テディは即座にアクセルを踏み込んだ。バイクが唸りを上げ、一気に加速する。車体へ並走しながら、りょくおーはフロントガラス越しに運転席を覗き込んだ。
「お、ジェノさん……『トゥルピネ』のボスおるやん」
「無線によると……これ現金輸送車襲った帰りっぽい」
犯罪組織と罪状を特定すると、テディは左手にハンドガンを握る。
「……は!?テディそれは無理やろ!」
「いやいけるいけるいける!」
ここで逃走車両が急ハンドルを切った。タイヤを軋ませながら大きくドリフトし、無理やり追跡を振り切ろうとする。
「逃がさーん!」
乾いた銃声とほぼ同時に、スーパーカーの後輪が『バァン!』と弾けた。タイヤがパンクし、車体が大きく蛇行する。
「うわっ、上手ぁ!?」
「はい止まって止まってー」
軽い口調とは裏腹に、テディの視線は獲物を逃さない猛禽類のように鋭かった。
『ないすーー!』
『マジかっこいい』
『やばぁ』
『さすテディ』
追い打ちで左前輪のタイヤもパンクさせ、暴走気味の車が乱暴に路肩を抉る。
「コメントで『りょくおーさんもこのくらい余裕そう』だって」
「無茶言うなぁ!あと追跡中にコメント読むな!バケモンかお前!」
「あはははは!」
その後テディは対策課本部の留置所へ犯罪者を放り込み、オルトスたちの事後処理を手伝う。
「えっ待って何か部外者いない?」
「あ、大丈夫なんで。お気になさらず」
「りょくおーが言わないでよ……」
公務執行妨害罪の罰金を払い終えたりょくおーはまるで当然のようにテディへ密着し、写真を撮ったりメモを書き込んだりと――勝手に同行取材を続けていた。
「あっヤベ」
そんな彼の端末が唐突に震える。
苦笑したりょくおーは躊躇なくスピーカーモードへ切り替えた。いざとなればテディを盾にする気満々である。
「もしもし?」
「ちょっと店長ー!?いつまで店ほったらかすつもりですかぁ!?あと三分で戻らないと俺ご飯休憩入りますからねー!」
「もう一声!」
「カス!」
通話は一方的に切断された。テディは悪びれもしないりょくおーへじっと視線を向ける。
「今の声……ファイヴi?」
「そー。俺んとこの副店長」
『Quirk Hematite』所属のファイヴiが青果店のエプロン姿でブチ切れている光景を想像し、テディは噴き出した。
「店番を賭けた勝負で俺が勝ったんやけどなぁ……」
「じゃんけん?」
「いや。お互いビンタだけで殴り合って、先に倒れた方が負け」
「はったおし対決!?暴行罪……じゃないか。同意の上なら」
想像以上にアナーキーな決着方法だった。
ぶうたれるりょくおーを青果店まで送り届け、テディはついでに焼き芋とリンゴを購入する。
「はぁ……やっと一人になれた気がする」
『こんばんはー!』
『チルタイム助かる』
『そろそろ夕ご飯か』
向かいのバス停のベンチへ腰掛け――ようとしたが、野良猫が三匹占領していたので断念し、近くの遊園地に移動した。
「まだ十九時かー。序盤から濃すぎて時間感覚バグるね」
テディは焼き芋を割った。夜風に湯気が流れ、ようやく落ち着いた空気が漂い始める。
「『今日いつまでやるの?』んー、日付変わるくらいまでは?平日だとテディ先生忙しいし。入れる日に長く街いたいからねー」
「『十時間耐久じゃん』僕に深夜二時までやれと?耐えられるかな……」
遠くで爆発音が聞こえる。またどこかで車が炎上したらしい。それを知らせるサイレンも含めて、この街ではありふれた環境音だった。
テディは現実世界でもミニトマトを頬張りながら、どんどん流れるコメント欄を眺めていると――
『チュドォォォン!!』
――通りの向こう側で、十人乗りの飛行船が盛大に爆散した。
「この街ホント爆発多すぎ!でも対策課として目の前で起きたら行かない訳には……!」
『どでけぇ事故』
『チルタイム三分で終了ww』
『終わるの早すぎww』
テディは残りのリンゴを芯ごと丸かじりし、急発進で現場へ向かう。
炎上した機体の残骸から現れたのは――大手配信者のzen9、ハボック、Logia、がるど、布施、DASSAI。全員、煤まみれだった。
「えっ大御所しかいない……なーにやってんのですか」
「「テディー!」」
飛行船墜落事故は自分が対応すると無線で報告し、現場の写真を撮る。
奇跡みたいな遭遇率にテディは若干引きながらも、騒ぎ散らす黒焦げ六人組を一人ずつ引っ張り出していく。
「ありがとー!」
「ナイス!」
「熱い……助けて……」
「マジ燃えないよう気をつけて!」
「医療班はもう呼んである!」
「絶対こうなる思てたのにぃー!」
全員、テディより年齢も活動歴も遥かに上の著名な配信者だった。
しかも彼等は編集済みの動画投稿を主軸にしているテディとは違う。普段は生放送を中心に活動する、いわゆる『ゲーム配信者』だ。ブイチューバーや一部のゲーム実況者なども同じ括りで呼ばれることが多い。界隈は違えど、テディも名前と声くらいは知っていた。
――こうしてまともに話すの初めてかも……。恐るべし『BRO・AD』。布施さんだけQHカップのとき解説席だったから、優勝後に少し話したことあるけど。
そんなことを思い出しながら、テディは六人を安全な位置まで運ぶ。そして炭化しかけた飛行船と転がる本人たちの写真を何枚か撮影した。
――よし。後でこれりょくおーに売ろ。
先程ジャーナリストの彼から『面白い写真あったら撮っといて』と言われていたため、早速その約束を果たしている最中だった。
「テディ何撮ってんの?」
「現場検証ですよー。上司への報告用です」
「ならコイツです!zen9とかいう男が全部悪いです!」
「違うやろ!?」
「では挙手を取りましょう。zen9さんが悪いと思う方――ふふっ」
「はぁーコイツ等ほんまにッ……!あ゙ぁ゙!」
テディが言い終える前に残りの五人が手を挙げ、zen9は盛大にキレ散らかした。
「テディ聞け!今日Logiaの誕生日だったから俺らで飛行船プレゼントした!その後ちょっと着地ミスっただけ!以上!」
「え、めちゃくちゃ良い話じゃないですか。Logiaさんお誕生日おめでとうございます」
「ありがとう……今日で十二回目の命日」
「死にすぎ……」
「我慢しないで。いっぱい笑ってイイヨ」
Logiaが灰まみれの顔で遠い目をする。
「テディ、あそこ見える?俺が貼ったステッカー」
「あー、なんか燃え残ってる文字が……」
がるどが指差した先――炎の奥には、半分焦げた『ウェルカム三十路』の文字が残っていた。
「あー三十……これは純粋なお祝いの気持ちの表れですよね?」
「そうそう。念じたら浮かんできた」
「っぷ……」
――駄目だ……笑ったら失礼……!
「そ、それで。操縦してたのがzen9さん?」
「でも俺の操縦煽ったのハボック!布施っちも『なんか飛び方ぬるくね?』とか言ってきた!」
「小学生の告げ口みたいなテンポで人売るじゃん」
「煽ってないよ。zen9なら初搭乗でも三連続宙返りくらい余裕かなって……」
騒がしいやり取りを横目に、テディは端末を操作して対策課のデータベースを開く。
「zen9さんが飲食店オーナー、ハボックさんは武器商人と運び屋、Logiaさんはパンダラハーツの副ボス……がるどさんとDASSAIさんはカスタムエンジニア、布施さんは医療班の班長なんだ」
情報を確認し、テディは傘を差した。
『バーーッ』
ポップアップ式スプリンクラーが作動し、地面から噴き上がる大量の水が燃え盛る飛行船を鎮火していく。 数秒後、黒焦げだった飛行船の残骸は光の粒になって消滅した。
「テディ傘ありがと」
「いえいえー。便利だなぁこの街」
ゲーム的都合に満ちた光景を前に、テディはふっと笑みを漏らした。
~医療班のさがん到着~
さがん「はははは!布施班長ー!なんすかこの醜態」
布施「さがん……後で医療班総出でzen9のピザ屋潰しに行くぞ……!」
さがん「分かりました!俺は低評価レビュー担当でいいっすか?」
布施「特別手当を出そう」
zen9「おォい!」




