第109話『対策課の現状』
丁度オルトスの手も空いていたため、そのまま施設案内までしてもらう流れになった。
「ここが車庫。社用車とバイクは自由に使っていいけど、一応誰が見てもテディのって分かるよう目印つけといて。ステッカー貼るとか色変えるとか」
「はい」
「おー!案内中かー?」
すると洗車スペースの方から陽気な声が飛ぶ。二人が振り向くと、黒髪短髪にサングラス姿の男がマイ社用車をピカピカに磨いていた。
「副局長のバルチャーさん。俺の横に転がってた人」
「あー僕がまとめて助けた……お疲れ様です」
「テディー!さっきはまーじでグッジョブ!お前かなり強ぇじゃん」
「いやいや。オルトス先輩と同じくらいですよー」
三人が和やかに笑う中、雑談の流れでテディは思い出したように口を開いた。
「そういえば僕、この街来たばっかなんでマフィアの情報とか全然知らないんですけど。ギルティーポップ以外にもいるんですか?一番デカいとことか」
「マフィアも人数の上限があって、いち組織十人までなんだけど……」
「大体どこもフルメンバーだな」
現在活動しているマフィアは四団体。
『ギルティーポップ』――ボスは佐々來深°。
『パンダラハーツ』――ボスはイッサ・ヂーチン。
『オブ・ジ・エンド』――ボスは寺岸神流。
『トゥルピネ』――ボスはジェノ。
バルチャーは簡単に説明を終え、どこも危険人物ばかりだと唸る。
「正直、対策課側は数の暴力で何とか押さえ込んでる部分あるし。難易度高い犯罪だとマフィア同士で手組む場合もあるからな」
「へぇ」
「数の利が消えると結構キツいよ今」
「あと対策課の出入りも激しいですしね。さっきも二人辞めましたし」
「あぁ……」
――難易度の高い犯罪かぁ……良い響きだなぁ。
テディの内側で、隠していた獣性が一瞬だけ顔を覗かせる。しかし誰かに指摘される前に、冷たい外気と共に一人の男が慌ただしく駆け寄って来た。
「すみませんすみません!ちょっといいですか!」
くたびれた灰色のスーツに一眼レフを肩に下げた胡散臭い男は、側頭部を大胆に刈り上げたバルチャーの髪型を露骨に二度見した。
「……初めまして。私、ジャーナリストのサイド・ソリコミーと申します」
「「ぶふっ!」」
「オイ待てコラ!今絶対俺の髪見て偽名考えたやろ!」
「いやいや!本名です本名!」
「ンなワケあるかァ!」
バルチャーは即座に紺髪黒目の男の胸倉を掴み上げた。
「やめろ!暴力反対!記事に書くぞ!SNS燃やすぞ!」
「もう今更増えたところで変わらん!」
「それ髪の話ですか?」
「髪の話だけは禁止っつったよなァ!?」
拳を振り上げるバルチャーに記者のサイド・ソリコミー――もといゲーム実況グループ『こせゆ隊』のりょくおーはゲハゲハ笑いながら逃げ回る。
「っ、はは……ダメ無理……!」
「ふふふっ……も、もうヤメテ……!」
突然始まったコントにテディとオルトスは腹を抱えて笑い転げ、止めるどころではない。結局バルチャーが銃を構えたところでりょくおーが降参の意思を示した。
「えっと、サイドさんはジャーナリストですか」
「あーもうりょくおーでええよ」
「いいんかい」
「大型新人が初現場で派手に暴れたって聞いてな。記事にしたろ思て」
「帰れ帰れ帰れ帰れ……」
後ろではバルチャーが呪詛みたいな声で追い払っていた。だがオルトスの瞳に好奇心が宿る。
「俺りょくおーさんの記事読んでますよ。ゴリラ医療班一日密着インタビューの記事とか」
「待ってタイトルからもう読みたいんだけど」
「あー、アレなぁ……戦場カメラマンやってた時より大変やったわ」
「嘘つけ」
「何があったんですか」
「腕六、七本持ってかれた」
「最低ラインおかしいやろ!お前何本腕あんねん」
バルチャーがりょくおーにツッコみ、オルトスがテディにニュース記事の見方を教えていたその時。
『――緊急通報。現金輸送車襲撃事件発生。場所は――』
画面に対策課しか見えない通知が届き、オルトスとバルチャーの表情が一気に変わる。
「おー。早速何か凄そうな事件だ」
「テディ俺の車乗る?」
「いや。僕はバイクで行こうかな」
――さっき裏ワザ教えてもらったし。
テディはオルトスの誘いを断り、支給された黒の社用バイクへ跨った。キーを回すと低いエンジン音が腹に響く。
「ほな行こか」
「えっ」
すると当然のような顔で、りょくおーが後部座席に乗ってきた。
「お前いい加減にしろよ!公務執行妨害で逮捕するぞ!」
「構わん!」
「何ッ!?」
額に青筋が浮いたバルチャーの怒号が飛ぶが、りょくおーはまるで怯まない。
「テディに罰金請求してもらってそれを取材費にする!」
「こ、コイツ……記者魂エグ」
「流石っすりょくおーさん!」
「あはははは!こりゃ一本取られたね」
こうしてテディは一般人のりょくおーを乗せ、夜のミリオレの街を初バイク運転するが――
『テディ。現場手前のコンテナヤードで麻薬密売の通報。今対策課一人で追ってる。そっちの援護に回って』
「了解」
――バルチャーの無線に短く返し、そのままハンドルを切った。
「どした?」
「近くで起こってる麻薬密売の対応に回ってって」
「あーね。対策班ほんま忙しいなぁ。ジャーナリストの身体が何個あっても足らんわ」
「……麻薬密売って、違法煙草の原料とか?」
「麻薬そのものも売れるし、加工して違法タバコにもなる。あと鎮痛剤にも使える」
「へぇ……」
「ヤクはマフィアからしたらまさに一石三鳥。違法鎮痛剤は痛み止めや相手を無抵抗にさせるのに使うし、違法タバコは吸ったら身体能力ブースト入るし、売ればめっちゃ金になる。あればあるほど美味しい重要な資金源やね」
当然、対策課に見つかれば即押収、逮捕からの罰金コースである。だからこそどの団体も彼等の目を掻い潜り、一生懸命麻薬を集めていた。
「よくフィクションでは『ウチはヤクは御法度や』とか言ってるシーン見るけど」
「ここ『アナーキー・ダウンタウン』よ?んな綺麗事掲げてるマフィアおらんて」
「じゃあ今回はどこのマフィアがやってんだろ」
「特にヤク関係で力入れてんのはパンダラハーツやな。イッサちゃんとこ」
「ふぅん……」
やがてバイクは海沿いのコンテナヤードへ辿り着いた。坂を下るにつれ、潮風に混じって鉄錆と油の臭いが濃くなる。積み上げられた巨大コンテナが迷路みたいに並び、視界を分断していた。
「――はい。そこで止まってください」
すると凛とした女性の声がコンテナの奥から響く。テディはコットンピンクに白のグラデーションが入ったミディアムヘアに菫色の瞳を持つ女性を見て、驚きに目を見開いた。
「あれ、モコさんだ」
「クソ外れか……」
「え?なに?」
「りょくおー!出会い頭に挑発しないで!」
「違う違う!モコさんが外れなんやなくて、犯人予想が外れたって意味!」
りょくおーは慌てて弁明する。現れたのは新興マフィア『オブ・ジ・エンド』構成員――ユニオンストリーム所属の女性ブイチューバー、モコ・ルブランだった。
「じゃあ今回の密売、主犯はオブ・ジ・エンド?」
「はい。そうですよ?」
モコは柔らかく笑う。だが、その目だけは笑っていなかった。
「なので邪魔すると、人質さんに酷いことしちゃいます」
「テディ君ごめんなさぁーい!捕まっちゃいましたぁ……!」
「テトヴィさん!?」
彼女が足元の何かをぐいっと引っ張り上げると――手錠で拘束されたユニオンストリーム所属、対策課のテトヴィ・ライクロフトが、情けない声を上げながら月明りに照らされた。どうやら単独で追跡した結果、そのまま返り討ちに遭ったらしい。
「クソッ犯人め!対策課を人質に取るとは何て卑劣な!」
「りょくおーもそう思ってくれる?」
「当たり前やろ!」
「そっか。じゃあ……」
『ガチャリ』
「え?」
りょくおーが雄叫びを上げた直後、テディは迷いなく彼の両手に手錠を掛けた。
「モコさん!この人しれっと僕と一緒にいるけど、ただの一般人なんだ!」
「テディ?」
「対策課で事務所の先輩のテトヴィさんを人質に取るより、ちょっと声がデカい一般中年男性の方がモコさん的にもお得なんじゃない?」
「えっヤバ……この人ちゃんと内部事情知ってる!」
「モコたんテディの言う通りだぞ!テト先輩だぞ!今後の関係に響くぞ!」
「おい!俺、人質交換要員として同行してへんぞ!」
現場が一瞬だけカオスになる。やがてモコは深々と溜め息を吐き、銃口をテディへ向け直した。
「あははは!本当だっ……この人、青果店の店長じゃないですか!?」
「え?ジャーナリストじゃないの?」
今度はテディが固まる番だった。りょくおーは拘束されたまま、不敵に口元を吊り上げる。
「そう呼ばれる日もあるな……だが今の俺は裏の顔――ジャーナリストのりょくおーだぜ」
「本業、八百屋だったんだ……」
「ぶっちゃけジャーナリストなんて名前がカッコイイだけや。ガチ収入お小遣いレベル」
「世知辛いなぁ」
テディはしんみりしながらモコと人質を交換する。
「怪我人どこ……って何この状況」
その少し後、偶然現場に駆け付けた医療班のまくれなは――混沌とした光景を見て足を止めた。




