第105話『諸君!これがBRO・ADである!!』
――まさか初っ端からライアンの推しに会うなんて……今頃驚き散らかしてるだろうな。
テディは自分だけが理解しているスーパーミラクルにひっそりと浸る。しかし表情には出さず、警戒を滲ませた目でイッサを見据えた。
「え、テディって呼び捨て推奨だっけ?」
「そうですよ。イッサんは?」
「縮めんな。イッサちゃんって呼んで」
「了解です」
二人の間に流れる空気は初対面の頃より柔らかくなっていたが、まだ気軽に接するほどの仲ではなかった。
「夏ぶり? ウェルテックス祭以来?」
「ですね。優勝インタビューの時以来です」
「昨日からいた?」
「いや今来ました。イッサちゃんが第一村人です」
「ガチ!?気を付けなよ? この世界、車に轢かれたら普通に死ぬから」
「あははは。お互い様ですねー」
テディは含みのある笑みを浮かべる。その返答にイッサはニヤリと笑い、懐からシガレットケースを取り出した。
「ん?もしかして今ストレス溜まってる?」
「いえ別に?ただもし僕が丸腰の一般市民じゃなかったら、もう少し安心してイッサちゃんと雑談できたのになーって思ってるだけです」
「警戒しすぎー」
イッサは紫煙を吐きながら、新しい煙草を一本テディに差し出した。
「ほら。ぶつかりかけたお詫び」
「……あぁ、どうも」
テディは警戒を緩めぬまま車のルーフへ飛び乗り、受け取った紙巻煙草を指先で転がしながら観察した。
「これ……合法ですよね?」
この世界には合法の煙草に紛れて『煙草型ドラッグ』が存在する。
火をつけ、煙を吸引する違法薬物――所持しているだけでマフィアとの関係を疑われ、マフィア対策課に拘束されても文句は言えない代物だ。
――銘柄見て分かんないってことは……テディってアナダン初心者?
イッサは目を丸くした後、すぐに口角を吊り上げる。
「んーー?ビビってんの?」
「あはははは!火ありますー?」
「ん」
イッサは不意にテディの首へ華奢な腕を回すと、そのままぐいっと引き寄せた。
「……!」
彼女は咥えていた煙草の火を、テディの煙草へそっと重ねる。赤い火種が揺れ、数秒後――静かに火が移った。
「吸ってからのお楽しみネ」
「絶対役職アウトローだこの人……」
テディは顔を引きつらせながら煙を吐く。
――今すぐ捨てたいけど……ポイ捨てして怒られるのも嫌だし。
「ここでビビったらコメントとイッサちゃんに一生擦られる……」
「出てる出てる。この煙草に心の声ダダ洩れになる副作用とかないよ」
結果彼は覚悟を決め、渋々最後まで吸い続けた。
「――あーすいません。少しいいですか?」
すると計ったように背後から声が飛ぶ。テディが振り返ると、黒いジャケットを着た男女二人組がマフィア対策課の身分証を掲げていた。
「ちょっとお尋ねしたいんですけどー。その煙草、違法物じゃないですよね?」
「……お疲れ様でーす。ちなみにこれって違法のヤツですか?」
「はい?ちょっと拝見しますね」
テディはあえて営業スマイル全開で対応する。男性捜査官が訝しげに眉を寄せる中、彼がとぼけた様子で煙草を差し出すと――
「あ、ちょっとそこのお姉さん!待ちなさい!」
――イッサは一言も発さないまま車を急発進させ、そのまま猛スピードで大通りの先へと消えていった。
『逃げた!』『おいてかれたー』『これは黒』『秒で生贄にされてるw』
「あーもう!やっぱ後ろめたいことやってたんじゃんー!」
テディの叫びも虚しく、捜査官二人の視線は完全に自分へ集中していた。
「……一旦詳しくお話、聞かせてもらえます?」
「はい……」
こうしてテディは自分が始めたての真っ白市民であることを証明するため、マフィア対策課のミーティングルームへ大人しく連行されていくことになった。
「あ、本当に来たばっかなんだ……」
状況聴取後、モニターに表示された新規市民登録画面を見て個人勢の女性ブイチューバー、曙ひかりは思わず呟いた。
その隣では個人配信者のワカオミが椅子を軋ませながら足を組んでいる。
「これプロのテディさんねぇ。初めまして。マフィア対策課所属の曙ひかりです」
「そして俺が!横の稲作娘を部下に持つ超エリート上司のワカオミだ」
「ア?」
ひかりの眉がピクリと動いた次の瞬間、ワカオミは彼女に結構な力で肩を小突かれる。
「痛っ!?オイ待て!前の街から世話してやってる先輩に何だその態度!」
「自分を上げてウチを下げるからでしょ!それでも上司か!」
「さっきオムレット奢ったの誰だと思ってんだ!」
「知らなーい!」
「えぇ……」
聴取中とは思えない低次元な争いを前に、テディは困惑しつつも二人を引き離そうとする。
「あー初めまして。テディです。僕のことは呼び捨て敬語ナシでよろしくどうぞ!」
「あぁ分かった。で、テディ」
ワカオミは咳払いを一つすると、急に真剣な声色になった。
「君がさっき普通に話してた女の人。あれねぇ……マフィアの首領」
「えっ」
「イッサ・ヂーチンは新興マフィア『パンダラハーツ』のボスだよ」
「ええ」
「しかも君、煙草もらってたよね?」
「はい」
「あれ違法薬物入り」
「えええ」
「本来なら違法薬物所持で罰金コースなんだけど……」
「おいくらですか」
「ひかりん何円?」
「違法薬物所持罪は――四十万やね!」
「高っ!?」
『アナーキー・ダウンタウン』ではミリオレ刑法に基づいて刑事罰が定められている。マフィア対策課に捕まると、侵した罪に沿った罪状によって罰金と拘留が強制される仕様だ。
「初期資金は二百万……払えはするけど」
テディはそっと所持金画面を開いた。そんな彼を見て、ひかりとワカオミは何とも言えない顔になる。
「でもさぁ、君来たばっかなんでしょ?右も左も分からない田舎っぺ状態のときにあの子に捕まっちゃったんでしょ?」
「まぁそうですね。完全にイッサちゃんの魔性に誑かされました」
「初狩り被害者じゃんね。今回は注意だけでいいと思うけどなぁ」
二人の温情ある視線に、テディは思わず感動しかける。
――この人たち滅茶苦茶優しいな。でも……。
「いえ。犯罪は犯罪なので。ちゃんと罰金払います」
「えっ真面目」
「偉ーっ」
対策課の好感度が爆上がりしている裏で、テディは静かに別のことを考えていた。
――償ったらパンダラハーツ襲撃して、イッサちゃんから倍額回収しよ。
なお、この時点では誰も彼の本性に気付いていない。
「僕が送金するシステムですか?」
「いいっていいって。オッサンがカジノに貢ぐ金なんて払わなくていいの。罰金なら隣の後輩から多めに徴収するから。無礼罪で」
「誰が無礼な後輩だ」
「あと君、荷物もスカスカだったし。ひかりんの頭くらい空っぽ――」
言い終わる前にひかりの左ストレートが『ゴッ!』とワカオミの顔面にめり込む。しかし彼女の怒りはそれだけでは収まらなかった。
ポカスカと景気のいい音が取調室に響く。テディはそっと途中で見つけていた更衣室へ駆け込み――
「ワカオミさん曙さん!罰金免除の代わりに僕をマフィア対策課に入れてください!」
――対策課の制服に着替え、力強く決意を表明した。
拳を振り上げたままのひかりと、顔面の形が若干変わったワカオミが同時に固まる。
「自分やれます!まだ枠空いてますか!」
「あえぇ……本当に?」
「テディ君。マフィア対策課は君が思ってるより甘くない」
ワカオミは口元の血を親指で拭い、腫れた顔のまま真顔になる。
「そうですよね」
「まず確認だ……」
彼は椅子に座り直し、鋭い視線を向けた。
「……ウェルテックスのランクは?」
「はい!?」
――ここ別ゲーのランクで格付けされるの!?
「ちなみに私は、今シーズン初めてソロエンペラーに到達した」
「おぉー!」
「凄いけどその言い方はマジでウザい」
「黙れQHカップ0キル。私はその大会三位だったけどな」
ランク『エンペラー』――それはFPSゲーム『ウェルテックス』において二番目に高い実力ランクを示す称号だった。しかもソロでの到達は、固定チームより遥かに難しい。加えてQHカップ三位入賞。配信者界隈では普通に名が通るレベルの実績である。
――普通に凄い人だ。名前しか聞いたことなかったけど。
さらっと投下された自慢にテディは素直に感心する。だが対面では、ひかりがワカオミの胸倉を掴んでいた。
「ハァ!?言ったなお前っ!」
「あ、今の事実陳列罪?ごめんね後で罰金払っとくわ。一円でいい?」
「ちょっと誰かー!ウチに鎖鎌くれ!」
「あーあーもぉー。ちょっと失礼」
笑みを浮かべたまま机へ上がったテディは、逆光を背負う形で二人を見下ろした。特別なことは何もしていない。それなのにワカオミとひかりは、捕食者と目が合った小動物のように身を固くする。
「改めまして先輩諸君!ウェルランクはディザスター、第四回QHカップ優勝、熱戦ウェルテックス祭もソロバトル含め優勝したこれプロのテディです――よろしくどうぞ?」
「「えーーーーっ!?」」
ドサッと尻もちをつく二人。その前で、テディは爽やかに敬礼した。




