第100話『色恋にかまけている暇はない』
窓のない実況部屋に、乾いたクリック音が規則正しく響く。モニターに広がるタイムラインには細切れのカットとテロップがぎっしりと並び、未調整の音声や書きかけの文字、仮置きのサムネイルが無秩序に積み上がっている。
「うぅ……コラボの話まで来てるよ……」
撮影のない夜。糸哉は休む間もなく編集に追われていた。
今取り組んでいるのは、三人称アクションシューティング『パレットウォーズ』の攻略動画だった。
――このテロップ背景に溶けてる……。
視認性を上げるために縁取りを強め、ホットが死んだところに軽い効果音を差し込む。延々とカットのショートカットキーを叩き続けシーンを繋ぎテロップを挿入して――気づけば五時間が過ぎていた。
「はぁ……ん?」
『ウェルやろ。ちなこっち配信中』
それからもしばらく無言で編集を進めていると、ブイチューバーの佐々來深°からウェルテックスへのパーティ招待が届く。糸哉は即『編集中』と返して苦行を再開した。
作業開始から六時間。テロップはほぼ打ち終え、見せ場のキルシーンには定番のSEが過不足なく配置されている。本来なら半日かかる作業を、彼はゲームで培われた狂気じみた集中力と処理速度で進め、毎年その編集時間を短縮していた。
――まぁこれ以上、効率は伸びないだろうけど……。
非効率な努力も笑えない失敗も、何度となく繰り返してきた。それでも血反吐を吐きながら喰らいついていたあの時間を、糸哉は少しだけ懐かしむ。
『編集終わった?』
すると、まるで見計らっていたかのようなタイミングで佐々來深°から再びチャットが飛んできた。どうやら日付が変わった今も、元気にFPS配信を続けているらしい。
「……ふっ」
一度断られてなお誘いを送ってくるその根性に、糸哉は思わず笑みを漏らす。そして最後の処理を終えると、今度は肯定の返事を返した。
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交戦中。深°ピンチ。
「あっちょっ待って!ハッハッハッハッ……」
「敵いたねいたね!?はい殺った殺った!」
「ハァーーー!!」
「あー別チに召されちゃった。それで言うとさ、何で今日の深°って天使なの?」
「クッ……今日だけじゃないけどね?ハロウィーンあったから」
「あー天使の日だから?」
「話し聞けカス」
「このコスプレエンジェル口悪っ!深°のコアデータ谷底に投げ捨てようかな」
「あっはっはっは!ウソウソウソ!」
こうして編集終わり特有のハイテンション状態に入ったテディは、彼と共に二連続チャンピオンを勝ち取るのだった。
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これプロで共有しているスケジュールアプリには、すでに十二月の予定が隙間なく詰め込まれていた。
多くのゲーム実況者にとって、十一月は準備期間である。それと同時に、次元の違う忙しさが待つ十二月を乗り切るための充電期間でもあった。
「実際こせゆ隊と、らむらすも旅行行ってるしな」
SNSを眺めながら、敦斗がぽつりと零す。本来なら、自分たちもそうして英気を養う側のはずだった。
「そうだねー。いいなー。あー涼しー。空気おいしー」
だが、隣で自転車を並べて走る糸哉にその余裕はない。今も気の抜けた声で空気を味わうように口を開けている。その様子を横目に、敦斗は複雑な表情を浮かべた。
――普通の遊びも誘える状況じゃないな……。
せめて少しでも負担を減らしてやりたい。そう思う一方で、自分には不可能だという現実も理解していた。
――編集は今、絶対レクチャー受ける時期じゃないし……てか言ってもどーせテディとシェンから『お前は期末の勉強しろ』って言われるし……。
敦斗にできることは限られていた。学業と実況の両立、体調管理、そしてブログの締め切りを守ることくらいである。
「テディ。また俺とタンドリーで二人実況とか定期配信やろうか?その分、編集の時間取れるだろ」
「はぁー。あーあーでもなぁ……。あー」
「意識飛ぶ前に答えて!?マジ何でもやるから!」
――俺視点の配信はまだだけど……タンドリーとシェンがいれば多分何とかなる!
その結果、敦斗と幸樹は二人で糸哉が持ち込んだ案件を受けることになった。
「また安請け合いしやがって……」
「テディ抜きでのコラボ撮影マジかぁ……しかもあの『ロクラメン』さんと!」
重要な話ほど自分抜きで進みがちなタンドリーは、諦め半分に息をつく。彼のサブモニターには、週末に控えたコラボ撮影相手『ロクラメン』のプロフィールが表示されていた。
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『ロクラメン』とは、動画・配信共有サービス『Nico・Tube』を主な活動拠点とする、6人組のゲーム実況グループである。
◆概要
幼稚園時代からの付き合いを持つ6人によって結成された。進学や引っ越しにより物理的な距離は離れたものの、交流を継続していた中心メンバーのヒルトが高校時代に他の5人を誘い、活動が始まった。
チャンネルは8月24日に開設。当初は『ヒルトチャンネル』名義で活動していたが、1年後に現在の『ロクラメン』へと改称した。ロゴはシクラメンの花がモチーフ。グループ名は、メンバーの地元がシクラメンの産地であることに由来する。
結成から4周年を迎えた現在、チャンネル登録者数は約11.4万人。
◆活動内容
主にサンドボックス型アドベンチャーゲーム『レゾンクラフト』を用いた実況動画を中心に投稿している。
配布マップ(脱出ゲーム・ミニゲーム)や、独自ルールを設けたサバイバル企画など、多様なプレイスタイルが特徴。
また自作ゲーム『デスドッチボール』を用いた企画で実況者グループ『こせゆ隊』と初コラボを実施。この動画をきっかけに再生数およびチャンネル登録者数が増加した。
毎週末の生配信ではレゾンクラフト以外にもFPSやアクションゲームをプレイすることが多く、メンバー全員のシューティングスキルは同ジャンルの実況者の中でも比較的高い評価を受けている。
◆所属メンバー
ヒルト。
挨拶順は1番目。愛称はヒル君、ヒルトン。メンバーカラーはピュアホワイト。好きな食べ物は八朔などの柑橘類。苦手な食べ物は梅干し。立ち絵・レゾンクラフトのスキンは太陽とロクラメンのロゴがあしらわれた白とオレンジ色の法被、白のハイネック、黒のジーンズを着用している。サンドカラーの髪にオレンジの瞳を持つ男性。
実質的なリーダーを務める人物。好奇心旺盛でチャレンジ精神にあふれた行動派。企画の立案からコラボの実現までを単独で成し遂げることもあるほどの高い実行力を持つ。
仕事人間の気質が強く、空き時間でも実況活動や企画について思考を巡らせてしまう傾向がある。
その影響か私生活ではやや抜けた一面もあり、飼っているハムスターを小屋の掃除中に毎回脱走させてしまうというエピソードを持つ。
突出したプレイスキルを誇る一方で、前線で暴れるよりも生き残ることを最優先にした支援寄りの戦法を好む。『出た保身』と指摘されると黙る。
えんり。
挨拶順は2番目。愛称はえんちゃん、えんりー。メンバーカラーはパシフィックブルー。好きな食べ物はマグロの竜田揚げ。苦手な食べ物はししゃも。立ち絵・レゾンクラフトのスキンは水色を基調とした水兵風の衣装に水兵帽を着用。腰には双眼鏡とロクラメンのロゴ入りコサージュを付けている。金髪を尻尾結びにした髪型に、緑色の瞳を持つ男性。
サブリーダー的立ち位置を担う人物。主に編集を担当しており、グループ内ではいわゆる常識枠として振る舞うことが多い。しかし、身内のみで行われる企画においては一転して食事や録音した音声を流すなど奔放な一面を見せ、暗黙の了解や空気をあえて破壊するような大胆な行動に出ることもある。
嘘をつくことが苦手で、仮に取り繕おうとしても声色に動揺が表れてしまうなど、分かりやすい一面も持つ。
ばたえる。
挨拶順は3番目。愛称はばたー、える。メンバーカラーはバターイエロー。好きな食べ物はじゃがバター。苦手な食べ物はあんバター系。
立ち絵・レゾンクラフトのスキンは黄色を基調としたカウボーイ風の衣装にカウボーイハットを着用。胸元にはロクラメンのロゴ入りバッジを付けている。茶髪碧眼の男性。
ロクラメンの農林水産大臣。彼のいる場所は気づけば畑になり、牛や鶏が繁殖している。私生活でもバターやヨーグルト、味噌や醤油を手作りしているが『料理』は一切出来ない。
直感や勢いを重視したプレイが目立つ。調子が良い時は爆発力を発揮するが、安定性にはやや欠ける傾向がある。
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「この三人はいいとして……」
「問題は後半の三人だな」
ヒルト、えんり、ばたえるの三人とはウェルテックス祭をきっかけに交流が生まれ、その後も配信外でウェルテックスやサートナイトを何度か共にプレイしている。
一方で残る三人のメンバーについては次のコラボが初対面であり、今回が初めての関わりとなる。
二人は表情を改め、次のメンバーの概要を確認した。




