第99話『ホット?ユイガ?ロードローラー!!』
ユイガのマシン『コダッコー』はスピードこそ控えめだが加速が早く、小回りも利く軽量型である。路面主体でカーブの多いパノラマアーバンでは、本来かなりのアドバンテージを持つカートだった。
「つまり!スペックが劣るカートでも、コース適性と腕次第で普通に一位獲れるってことだよ」
「コダッコーってほぼどこでも強いって言われてるバグ枠だよな?それに比べてホットのは……」
タンドリーが視線を移した先、ホットの乗機『サバナライナー』は真逆の特性を持つ。スピードは全カートの中で三本の指に入る代わりに加速は鈍く、重量がある分、コーナリングも決して軽快とは言えなかった。
「確かに強いカートじゃないけど……しなびた人参みたいな体のドライバーは、ある程度重さがあった方が扱いやすいかな。カーブだらけの路面コースとか特に」
「根に持ってんな」
「…」
「そうそう、ちょっと上級者向けだけどね!」
その一言で、ユイガの中で何かが繋がった。
――重さで車体を安定させて、最高速を維持したままインを攻める……。それでも何であんなC級カートで俺のカート並みに速く走れてんの……?
これまでユイガは、軽さと加速こそが正義だと信じていた。本格的なレースの常識をそのまま当てはめていたからだ。だがここはゲーム――メテオカートという、別のルールで動く世界である。
テディが指定した癖の強いマシンを乗りこなし、勝ち切ったホット。その走りの奥にある実力の片鱗を突きつけられ、守っていたはずの境界を踏み荒らされたような気分になった。
――侮ってたってこと?ホットは本当にちゃんとゲームが強くて上手くて、テディが見込んだこれプロの二番目で……。
「っ……早く次行こ!どんなカートでもいいから!次こそ叩き潰してやるー!」
ユイガはそっと悔し涙を拭い、そのまま勢いに任せて吠える。
「うはは!俺も気合入れていくわ!」
「威勢いいな」
「うんうん。素晴らしい敵対心だね!」
――明白な帰結ってヤツかぁ。
前回よりも柔らいだ態度でホットに向き合うユイガを見て、テディはそっと微笑むのだった。
☆彡
メテオカートでの一件を経て、ユイガの中でホットへの認識は少し変わっていた。
――ホットになら多少下手なとこ見せても平気だし……。
次回の撮影で触れるゲームが未プレイだったため、予習も兼ねて彼を誘う。ホットも一度腹を割って話す機会を求めており、即座に了承した。
そして二人がインストールしたのもまた、乗り物を操るゲームだった。
「おー!これが……」
「ロードローラーだーッ!」
『ロードローラー・ジョイントリー』とは――一台の巨大なロードローラーを複数人で分担して操作し、狂ったような障害物コースを舗装・走破する協力型アクションゲームである。
アスファルトのコースを踏み固めながら進み、チェックポイント――いわゆるセーブポイントを通過してゴールを目指す。だが一度コースアウトするとロードローラーは運転手ごと爆散し、最初の位置からやり直しとなってしまう。
スリルも十分だが、本作最大の特徴は一台の車両を物理的に分割して操作する『分業制操作』にある。四人のプレイヤーが完全に役割を分担し、それぞれを担うのだ。
二人プレイモードでは一人が左右が別々のキーに振られたハンドル操作を担当し、もう片方がそれぞれ別のキーに振られたアクセルとバックとブレーキを担当する。
「へー。ロードローラーって意外と仲間多いな」
ロードローラーは様々な種類があり、初期状態からマカダムやタンデムなどの一般的な機体が解放されていたが――
「はぁ?黄色の振動ローラー一択なんだけど!?」
「振動ローラー強火オタクさん!?」
――今回運転する機体はユイガの強い希望で決定された。
練習では、ホットがハンドル、ユイガがペダルを担当する形でスタートした。
最初のステージは駐車場造成。両端にはびっしりと三角コーンが並び、一本でも触れれば即爆散――問答無用のゲームオーバーだ。
「じゃーアクセル踏む」
ユイガが軽い調子で踏み込むが、このゲームに加減という概念はない。
『ブルルルブォォォォン!』
ディーゼルエンジンが唸りを上げ、数十トンの鉄塊が弾かれたように前へ飛び出した。
「えっわっぶなっ!?」
ホットは反射でハンドルを押さえ込み、なんとか機体を直進に戻す。通過したアスファルトは、見事に均されていった。
「右ちょい寄ってんだけど」
「待って一旦止まって!?」
ホットは慌ててハンドルを切るが、重機は中々素直に応じない。前輪が右にズレたまま、じわじわと軌道が歪む。
「ユイガ、一回バック……いややっぱストップストップ!」
「カーブも緩いし……ここで一気に行かなかったらいつ行くの?ゴーゴーゴーゴーゴー!」
「待て待て待て待て!」
ロードローラーは蛇行し、ふらつきながらコースを逸れ――
『ボガァン!』
「ギャーッ!」
――左右のコーンをまとめて薙ぎ倒し、派手に爆散した。
「まぁでも……タケウマ・ウォーカーみたいに慣性で持ってかれないだけマシかも」
黒焦げになったホットが咳き込みながら身を起こす。だが、このゲームの洗礼はここからだった。
「あっ待ってこのゾーンそういうこと!?」
「沼ってんだけど!」
停止すれば、まだ乾ききっていないコンクリートに沈み込む区間――。
「イーッ!イーッ!イーーッ!(ひーん!助けて!死にたくなイーッ!)」
「何かハンドル担当が宇宙人と交信し始めたんだけど!?」
ガソリンが撒かれ、わずかな操作で横滑りする区間――。
「「道狭くない!?」」
そしてギリギリのラインで曲がらなければ即死の大カーブ――どれもほんの一瞬のズレが致命傷になる。
「ホントやってるわ!」
「何マジでこのバカゲー!普通に苦行なんだけど」
撮影外でのプレイという気安さもあって、ゲームへの文句や互いのミスを罵り合いながら、ロードローラーでアスファルトを固めるというシュールな光景が進んでいく。
「チェックポイントあったけー!」
「キタキタキタ……!俺ら上手いんだけど!」
それぞれ得意分野が噛み合っているせいか、ユイガが無理気味にアクセルを踏み込んでも、ホットが狂気的なハンドルさばきで車体を整えていく。フィジカル重視の操作にもかかわらず、説明のつかない連帯感が成立していた。
「……テディは最高にかっこいいプロゲーム実況者だから」
会話の熱を逃がさないよう、ユイガはロードローラーを這うような速度で走らせる。
「テディっていつも視聴者からゲーム上手いって褒められたら『僕からゲーム取ったら何も取り柄のないただのヨボヨボ肥満おじさんだから』って謙遜すんの」
「えっパワーワードすぎ……テディそんなこと言ってんの?」
「俺もそう……『ゲーム取ったら何も取り柄が無い』から」
「あぁ」
――良かったそっちか。
安心したホットだったが、ユイガがどこまで本気でそう考えているのかは掴めなかった。
「まだユイガのことそんな知らないけど……絶対ゲームだけの人間じゃないだろ」
「……乗ってこないってことは、やっぱりホットの私生活は充実してんだ」
「充実……」
「イケメンで楽しく中学生やって部活と行事で青春してて彼女もいるんでしょ?そんなリアルが順調なら……ずっとその世界で生きてたらいいじゃん」
「…」
「そこにも表のテディとタンドリーが隣にいるんだし……実況がなくてもゲームは出来ると思うけど」
ホットはようやく腑に落ちる。ユイガが気に入らなかったのはゲームの腕前だけでない。『自分と違ってゲーム実況がなくても充足した生活を送れている』――それが、彼の反発を招いた核心だった。
「俺もこれプロ入るまでは全然ままならなかった。確かに誘われた時はノリで決めたけど……もう今はリアルも実況も、どっちも譲れない」
「…」
「俺もテディたちと一緒に、両方の世界で生きる」
「……はぁ。ホットを引退させようとか思ったら俺の方が立場危うくなるし。気分は全然アンチだけど」
ユイガは特大ため息を吐き、先日のメテオカートを思い出す。
「ホットが俺より心広くて優しくてコミュ強で面白くてガチャ運よくてレースゲー上手いとことか嫌いすぎて滅したいけど……」
「息するように俺の良いところ言うじゃん。ありがとう……」
「相応しくないはちょっと、言い過ぎた……ごめん」
「ユイガ……」
――急に素直……。
ロードローラーを運転しながらの謝罪に、ホットの表情は和む。漏れ出た笑みを聞き逃さなかったユイガは、ぶっきらぼうにアクセルを踏んで急加速させた。
「オイ!今のユイガだろ!」
「いーやホットだね!」
キャンキャンニャーニャー喧嘩するホットとユイガであったが、棘々しい雰囲気はもうない。二人は後の撮影でテディに『イヌネコンビ』と名付けられるのであった。




