第98話『これプロホットの真骨頂』
レーシングゲーム(レースゲーム)とは……乗り物(車・バイク・船・飛行機など)を操作し、ゴールまでの速さや順位を競うゲームのこと。同じコースを三周したらゴール。
エンジンの唸りが爆ぜると同時に、タンドリーを除くプレイヤーがほぼ同時に加速する。ユイガはホットのカートが目に入るたび、神経がささくれ立つのを感じていた。
――メテカは小一の頃から妹をボコボコにしてきた……これだけは勝てるなんて思い上がりはブッ壊して……。
「……圧倒してやる!」
大都会を舞台にした『パノラマアーバン』は『メテオカートζ』にて初出となるコースである。
スタート直後は、ビルに挟まれた細い裏路地から始まる。道幅が狭く、十五台が一気に加速するため接触が起きやすい混戦区間だ。
「やばっ!」
「おりゃぁ!」
「危ねぇ!」
「どけどけどけ!」
先頭集団が最初の緩いカーブに差し掛かると、早くも順位の入れ替わりが起きる。軽い衝突音が鳴り、負けた数台が外へ弾かれる――その間を縫って、ユイガは最短のラインへ滑り込んだ。
直後に現れたアイテムゾーンを通り、手にしたのは『スピードアップベリー』。使用した瞬間、一気に加速する強化アイテムだった。
「しかも×3ゲット!はいおっ先ー!」
「えっユイガ一位!?」
背後でテディの声が弾む。ユイガは鼻を鳴らし、インコースに張りついたままNPCの群れを一息に抜き去った。
このままアイテムによる巻き返しの余地ごと置き去りにしようとしたその時。
「……は!?ホットいつ抜いた!?」
「今!」
視界の先にホットの背中があった。瞬きの間に順位は二位に落ちている。ユイガは状況を呑み込めぬまま、次のアイテムゾーンを通過した。
――どっから湧いて来たんだよ!有名なショートカットコースは無いハズ……!
ユイガは手元に現れた『グリーンボーリング』という妨害アイテムを即行で使う。これは放てば真っすぐ飛び、命中した対象の行動を数秒停止させることができる。
「やめてよ……急に来るのっ!」
脳裏で描いた軌道をなぞるように、ボーリングは一直線に突き進む。弾丸めいた勢いでホットへ迫り――『バカッ!』と小気味いい音が弾けた。
「あぶねー。追尾性能ないのに当てるとかプロすぎ」
「うにぃ小癪な……!」
しかし直撃したのはカートではなく、ホットが当てたグリーンボーリングだった。彼はユイガと同じアイテムを引いても投げず、背面にセットして後続の妨害に備えたのだ。
妨害は相殺され、ユイガは歯を食いしばる。二台は一列に並んだままスロープを駆け上がり、立体駐車場へ突入した。ここは狭い通路と連続するカーブの上り坂を抜け、屋上を目指すルートである。
――しめた!ドリフト加速勝負なら俺のカートの方が上……!
ドリフトとは車体を横に流し、速度を殺さずコーナーを抜ける技術である。
今回ユイガに割り当てられたのは軽量タイプのカートで、重車両であるホットのカートより曲がりやすく加速の性能も上回っていた。
「こっから抜かす……!」
「あ!ちょっとヤバいかも!?」
ユイガが外側からの追い越しに移ろうとした瞬間、ホットが勢いよくドリフトする。彼は車体を滑らせたまま、白線の内側――ほとんど路側帯すれすれを減速せずに抜けていった。
「にゃ!?何その技術……!」
先を走るホットが超インコースを攻め続けたことで、屋上に到達した頃にはまた少し距離を離されていた。
「えー!ホットそのドリフトやば!抉ってんじゃん」
「そんなゴツめのカートでよく曲がれるな」
「……っ」
背後に迫ったテディとタンドリーが漏らす称賛に、ユイガの胸の奥がざらつく。今更になって自分がホットをどれほど甘く見ていたのかを思い知らされ、コントローラーを握る手が無意識に強くなった。
立体駐車場を抜けた先に広がっていたのは、工事中の未舗装道路――剥がれたアスファルトに、ところどころに口を開けた落下穴。本来なら減速し、慎重に進むべき危険地帯だ。
「俺抜きで全員潰し合ってくれないかなー」
だがホットは積極的にインコースを狙って走る。荒れた路面をものともせず加速し、ジャンプで軽やかに突破していった。
「煽りやがってっ……!」
その完成度の高さはプロさながらで、ユイガにはそれが無言の挑発にしか見えなかった。
――ムカつく……!余裕ぶってんのも実力見せつけてんのも全部!
「またスピードベリーか」
「ジャンプ力上昇の片翼……一番いらないんだけど!」
このゲームには各所に設置されたアイテムゾーンが存在し、加速系から妨害系まで様々な効果を引き出せる。
ただし上位――特に一位二位のカートは、妨害系アイテムの出現率が大きく抑えられる仕様になっていた。逆にそれ以下の順位では、前方を崩すための攻撃アイテムが出やすくなる。
そして、その洗礼はすぐに訪れた。
『ゴォォォォォ!』
「わー!」
「うにゃっ!」
四位を走っていたNPCが、自分より前方のカート(最大五台)を対象にする『トルネード』を発動する。荒れ狂う風が前方へと突き進み、ホットとユイガをまとめて飲み込んだ。
「はいお先ー!」
「おせーぞ」
その隙を突き、あえて順位を落としていたテディとタンドリーが一気に先頭へ躍り出る。
緩やかなS字カーブが連続する区間。テディはリズムよくドリフトを繋ぎ、理想的なラインで駆け抜けていく。
その外側を、一直線に横断する影があった。三連続でスピードアップベリーを発動したタンドリーだ。彼はカーブを強引に突き抜け、荒っぽく一位に躍り出た。
「そこで下位争いしとけ!」
「「はぁー!?」」
さらにタンドリーは、路面に埋め込まれたスピードプレートを順調に踏み抜いていく。これは踏むだけで加速する、シンプルながら親しまれているギミックだ。
「あクソッ逃した!」
それ故、一枚のロスが順位に直結する場合がある。すぐに追いついた他の三人は一枚も無駄にせず拾い続け、連続した加速で食らいついていった。
第一ラップ終盤。コースは上下に分岐し、高架ルートへと続いていく。
メテオカートでは一貫して上ルートの方が速い傾向があり、プレイヤーは自然とそこを狙う。
――ホットも絶対上に行く……!
ユイガは新たに当てたアイテム『スライムボール』を握り、上ルートへの入口――そのインコースへと狙いを定めた。放たれたスライムは地面に残り、踏んだ相手をスリップさせる厄介なトラップアイテムである。
「ウザいの置かれた……!あらよっと!」
「に!?」
ホットは踏む寸前で跳び上がり、車体を左へ傾ける。左タイヤだけをガードレールに乗せ、その上を走り抜けた。
「はぁ!?な、ズ、ズルいんだけど!?」
「ただのレール走行だろっ……オラァ!」
「ギャ!」
「はいボーリング通りまーす!」
「痛ー!?」
追い上げてきたタンドリーがスライムボールを投げ、ユイガをスリップさせる。同時にテディがホット目がけて追尾式の『レインボーリング』を投擲した。
コースは再び市街地の広い道路へ。一見ただの直線だが、ところどころに車やゴミバケツなどの障害物が置かれている。ぶつかれば即座に減速するため、最後まで油断できない区間だった。
「実はもう一個あるよん!」
「もう勘弁してって……!」
再度レインボーリングがホットへ迫る。しかし間一髪。彼は減速せず街灯を利用してスピンジャンプを決め、レインボーリングの直撃コースを外した。
「「嘘でしょ(だろ)!?」」
ホットはそのまま第一ラップを駆け抜け――その後も順位を落とすことなく、上位をキープし続けた。
「くっそ……!」
――テディが見込んだ犬なだけあるってことか……!
悪しき流れに逆らうように、ユイガは最終ラップで食らいついた。ようやく三位を走るホットを捉え、温存していた加速アイテムを使って一気に先頭に立つ。
「ねぇお願いこのままっ……!」
「行かせるかっ!」
ゴールまで残り五百メートル。ホットはスピンジャンプで海沿いの落下防止柵の上へと乗り上げる。単に上を走るだけでは終わらない。跳ねるようにジャンプを繋ぎ――
「ありがとうございまーす!トップ1いただきましたー!」
――僅かなロスも切り詰め、ゴールアーチの外側を通過した。
レースゲームでは多くの場合、支柱の外やコース外を走っていても、ゴールラインさえ横切れば完走扱いになる。結果『パノラマアーバン』はホットの勝利に終わった。
「ホットナイスー!」
「ゴールアーチも無視して突っ込んでったな」
「おいー!ちゃんと道路走ってゴールしろーっ!」
ユイガは悔しさを隠さず叫び、ホットのカートを指差す。
「何でさ……!?カート性能はどう考えてもこっちが上なのに!」




