第96話『ホットとユイガの激ウマクッキング』
一方、クラシックカントリースタイルのキッチンに立ったホットは課題料理のレシピを熟読していた。
「ホットはこのゲームやったことあんの」
「あるよ!しかも先週。作ったのは青椒肉絲だったけど……操作慣れしてる分、俺のが有利説ある。これは勝つるな!」
「有利説ね……」
――ユイガはカポナータ……テディちゃんとゲームバランス調整してやがんな。
見守り役のタンドリーはさりげなく向こうの課題料理を確認すると、何も言わずに冷蔵庫の扉を開けた。
ホットに課されたのは『ニューイングランド風クラムチャウダー』――牛乳やジャガイモをベースにした、白く濃厚なスープだ。
ユイガとは違い、ホットには一定の料理スキルとミラクルがある。そのため今回は、あえて一段階難易度の高い料理が選ばれていたのだった。
ニューイングランド風クラムチャウダーのレシピは以下の通り。
ジャガイモ[300g]を[30g]、玉ねぎ[120g]を[20g]、セロリ[100g]を[10g] のピースにカット。
澄ましバター[20ml]を鍋の中に入れ、ジャガイモ、玉ねぎ、セロリを加えて40秒炒める。
さらにベーコン[120g]を鍋に加え60秒加熱する。
別の深鍋にクラムジュース[500ml]、チキンブイヨン[300ml]、タイム[10g]、ローリエ[2g]、塩[10g]、黒コショウ[8g]、炒めたジャガイモ、玉ねぎ、セロリ、ベーコンを加え60秒茹でる。
さらにむき身のアサリ[200g]を加えもう60秒茹でる。
牛乳 [300ml]、生クリーム[150ml]を深鍋に加え60秒温める。
小麦粉 [20g]を加え30秒混ぜる。
皿に移して軽く混ぜたら完成。
「えー、ジャガイモ玉ねぎセロリベーコンにバターか」
ホットは手近な食材トレーを手に取り、必要な具材を復唱しながら次々と放り込んでいく。その時点で、ユイガとは明確な差が生まれていた。
「……クラムチャウダー作るんだよな?」
「え?俺もう間違えた?」
だがしかし。タンドリーは無言でトレーの中身を見つめる。そこには、澄ましバターではなく青カビチーズが鎮座していた。
「…」
彼はこの瞬間、何があろうと審査員として試食しないと決めた。
「あっ……エヘッ☆」
「うっかりミスの空気にするな」
ホットは気を取り直し、食材を必要分だけ切る工程に移る。
「あっ」
だが初手から手元が狂い、ジャガイモをまな板ではなく床に置いた。
「置いたというか……投げなかったか今?」
「ちょ、集中するから!」
宣言だけは立派だった。ホットは慎重に包丁を構え、一息に切り落としていく。
結果ジャガイモ34グラム、玉ねぎ27グラム、セロリ8グラムと、誤差の範囲内でカット自体は成功した。
「よしできた……何でタンドリー壁とキスしてんの?」
「早く作ってくれ……!俺がお前をグリルしちまう前に!」
タンドリーは、最初のジャガイモを切る段階で早くも直視できなくなった。切り終わるまでの間にジャガイモを一回、包丁を二回も床に落とすという惨状を見てしまったからだ。
ミラクルなミスはまだまだコンボを重ねていく。瓶に入った澄ましバターを20mlを鍋に――
『ゴトッ』
「……クッッ!」
――容器ごと入れ、260グラム二千円のバターが丸ごと鍋に沈んだ。
「えー新しい鍋……」
「切り替え早えーな」
ホットは一切の躊躇なく、バターしか入っていない鍋を『ガラーン!』と床に投げ捨てた。
「テメッ!ゲームだからって適当すぎんだろ!」
タンドリーのツッコミは当然のように無視される。ホットは新しい鍋と澄ましバターを用意し、何事もなかったかのように再開した。
「ここでベーコン入れて、その間にハーブを取る!」
ホットは具材を炒めている間にプランターへ手を伸ばし、臭み消しの役割を持つタイムとローリエ――ではなく、主張強めのタラゴンとバイマックルーをちぎり取った。
――全然違ぇーだろぉぉぉ!
タンドリーは喉元まで込み上げた絶叫を辛うじて飲み込み、ホットはそんな彼に気づく素振りもなくフライパンへ戻った。
そして別の深鍋に、クラムジュースとチキンブイヨンを――
『ドポドプッ』
「やべ」
――100mlほど入れ過ぎた。しかし彼は動きを止めない。今度はシンクへ流し捨て、新たに注ぎ直す。
「無駄遣い野郎を滅するなら今か……?」
「俺が床に投げた包丁見ながらサイコなこと言わないで」
タンドリーはゆっくりと周囲を見渡す。床に広がる澄ましバター。シンクに流されたクラムジュースとブイヨン。作業台に散乱する食材と鍋――。
「作業場汚ねぇぇぇぇ……!」
「終わったら片付けるから!後で後で!」
「ホット調子悪……あぁ。今日の給食シュガートーストだったのがそんなに嫌だったのか。アレ甘かったからな……」
「腹減って手元ブレてるとかじゃないから!てかそれタンドリーもだろ」
生クリームを量りかけていた手が止まる。調理の工程を追うごとに、ホットの本心も順序立って整っていった。
「声と言ってることで何となく分かる。ユイガはテディ信者だから……リアル含めて一番仲良くて、一番テディを知ってる俺の存在が気に食わないんだ。つまり嫉妬」
「マウント全開じゃねーか。溝は深まるばかりだな」
タンドリーは少しだけ眉を上げ、新しい包丁とまな板の上でカボチャを真っ二つにした。
「言葉にすんのムズいな……とにかくユイガは俺に対して嫌悪はある。けどまだ本気で嫌われてはいない……と思う」
「あぁ……」
――本気で無理なら距離置いて一切関わらないで終わりだしな。
『嫌い』にも段階があることを深く理解しているわけではなかったが、タンドリーは自分なりの基準でホットの言葉を咀嚼する。
「俺、今まで嫉妬向けてきた相手と『友達』が続いたことなくて……大体俺の顔が原因でどうにもならなかった。でもユイガは違う」
――あのゲームでユイガに勝てたら、俺を見る目も変わる……よな。
ホットはユイガの本音に含まれた悪意を、勝負へと転化する。引くつもりは微塵もない。むしろ負けても食い下がり、何度でも挑む覚悟だった。
「……これからもユイガ入れた四人で実況やっていきたい。あいつが初めてのネトゲ仲間だから」
「ちょっとディスコミュニケーション気味ではあるけどな」
ホットは『それはお前もじゃい!』とは、あえて口にしなかった。
「……てかそれ俺じゃなくユイガに言えよ」
「後で後で」
「その発言で一気に浅くなったな」
「やべ。コミュニケーションも料理と同じ……ってコトか」
「うるせぇわボケ」
タンドリーは牛脂を引いたフライパンに肉を入れる。
発端となったユイガの残酷な本音。それを受け、ホットが深く傷ついていることはタンドリーにも理解できていた。
――俺ならこの牛肉みたいにしてたけどな……。
フランベで火を上げたテンダーロインを、感情の薄い目で見つめる。
通話で顔が見えない状況。変わらないテンションの二人。そして自分自身が他人のために怒った経験を持たないこと――いくつもの要素が絡み合い、タンドリーは判断を保留したまま動けずにいた。冒頭で口を閉ざしていたのもその影響である。
タンドリーは盛り付けに手こずるホットを横目に、胸に引っかかる感情を意識的に遠ざけたのであった。
☆彡
ここで一度分けていた通話を再び繋ぎ直し、課題料理の実食に移る。今回はユイガの方が先に完成したため、時間を有効に使うべく彼の料理から審査を開始することになった。
「審査員は裏プロの方々!では三人からコメントを頂きましょう。シェン、メトロ、ナイアの順番でどうぞ」
『普通のスープで俺の裸が見れると思うな』
「誰も料理でシェンの服を破こうとか思ってないんだけど」
『メトロです。本日、口腔内スキャンおよび診断を実行した結果、第三大臼歯において初期う蝕の兆候を検出しました』
「おい審査員チェンジ!誰かこの親知らずが虫歯になったAIをつまみ出せ!」
『酒に酔った母が部屋に入ってくるなりしらすふりかけを置いて去って行きました。助けてください』
「審査どころじゃない……!ナイアママの奇行たまに聞くけどいつも面白いね」
なお審査員は通話には参加せず、文章で評価を伝える形式が取られた。
「こちらカポナータになります」
『じゃ今は何なん』
「『ダル絡みしてくるクソ客の黒歴史』だけど?」
『対象、シェンの学生期メモリを検索し、羞恥度の高い過去データを再生します』
『あの!ぼくから食べてもいいですか?ユイガさんの料理気になります!』
竜同士の争いが火を噴く前に、ナイアが慌てて手を挙げた。期待を隠さない様子で一口運ぶ――が、次の瞬間。
『ゴブハッ!』
盛大に吹き出し、そのまま崩れ落ちた。
『『ナイアーー!?』』
シェンとメトロがチャットで絶叫する中、ナイアは震える手を伸ばし――カポナータの汁で『来週の納期は守ります』と書き残し、ガクッと力尽きた。
「不憫だよナイア……ギリギリでも全然いいからね!」
「鬼かお前は」
場が凍りつく中、ユイガは何事もなかったかのようにカポナータを運ぶ。
「……テディ。これ好きな料理なんでしょ?食べてほしいんだけど」
コック帽の影から覗くユイガの金目が、不気味に光っていた。




