第95話『ユイガVSホット』
苛烈な言葉は易々と急所を抉り、ホットはただ唇を震わせることしかできなかった。
「……火力高ぇな。まだ録画開始してねーぞ」
最悪の間でタンドリーが来る。しかし本人に空気を読む気は一切なく、むしろこの張り詰めた空気を撮影前のウォーミングアップくらいにしか捉えていなかった。
「やー皆揃ってるね。じゃあ始めよっか」
続いてテディも登場する。ホットの情緒が完全に置き去りにされたまま、予定通り撮影が始まる――かと思いきや。
「「え?」」
「うんうん、二人とも似合ってるねー」
何故かホットとユイガはタンドリーと同じコックコートを着せられ、厨房に立たされていた。
「どうもユイガがホットを邪魔者扱いしてるみたいだからさ……かなり初期から。まーだホットがこれプロにいることに納得いってないの?」
――『初期から』って……。
追撃を受けて沈むホットをよそに、ユイガが即座に噛みつく。
「だってサトナでもレゾクラでもメテメでもバレットターンズでもウェルテックスでも……ホット雑魚すぎんだけど!完全に他二人と比べて浮いてるし!ゲームはミラクルだけで乗り切れるほど甘くないって気づけよ!リスナーだって『何でこんな下手糞がこれプロにいるの?』って疑問視してんだけど?」
「っ……」
感情むき出しの辛辣な言葉は、心底目障りだと言わんばかりで――ホットの精神を強く抉った。
「ふむふむ。つまりユイガは、ホットの実力が僕らより劣っていて、その存在が視聴者の不満に繋がる……そう言いたいわけだね?」
「うんっ。見ててイライラする……何でこんな奴が二番目なんだよ」
――俺の方がもっと上手いのに……!
「なら証明してみせてよ。ホットが本当に下手なのかどうか……この『ビストロ・シュミレーター』で!」
『ビストロ・シュミレーター』とは――世界各国の料理に挑戦できるシミュレーションゲームだ。物理演算で再現された食材や器具を使い、現実さながらの調理をグラム単位で体験することができる。
「へぇ楽しそう……ってそうはならなくない!?」
ホットは先程のショックを忘れてツッコむ。ゲームの内容は理解できるが、この流れは理解できなかった。
「何でそれを料理ゲーでやろうとしてんの!?」
「そこは同意。他にもっとあるでしょ」
「例えば?」
「バ、バレットターンズとかテディクリースとか……」
「ははっ。両方シューティングゲームだ。ユイガ有利のヤツばっかじゃん」
「それはホットに得意ゲーがないから……」
「お互い専門外で、ちゃんと差が出るジャンルじゃないと」
「じゃ、じゃあスポーツゲーム!テニスとか!」
「あ、それいいかも」
ホットが賛同しかけたところで、テディがにこやかに確認する。
「ユイガのテニスランクは?」
「……SSランク」
「エッ……性懲りもなく得意分野に持ってこようとするじゃん!俺Aになったばっかなのに!」
「うるせぇ日陰者ホスト!しなびた人参みたいな体のクセに!」
「何だと!?猫如きが身体能力で犬に勝てると思うな!」
「どっこいどっこいだろ」
「二匹とも落ち着いて!」
キャラ設定を持ち込んだ口論がヒートアップしかけたその時、テディとタンドリーが割って入る。そしてなし崩し的に――勝負は料理対決に決定したのだった。
「制限時間は無しで、こちらが指定した品を調理すること。出来栄えと味を審査員が評価し、より高かった方が勝利――それでは『ビストロ・シュミレーター』料理対決、スタート!」
軽快なコールと同時に通話が分けられ、二人の視界が暗転する。次に開けた時には、ホットとユイガはそれぞれ別々の厨房へと転送されていた。
整然と並ぶ調理器具、常温野菜棚、調味料棚、プランター、冷蔵庫――この厨房には、レシピに必要な食材と道具が最初から一通り揃っている。しかもジャガイモや、トマト、肉や魚に至るまで全て下処理が施され、すぐに調理できる状態で保管されていた。
「さぁさぁ始まってまいりました!ユイガのお料理クッキングー!」
見守り役としてテディはユイガに、タンドリーはホットについている。
「それで課題料理……俺これ知らないんだけど」
和モダンのキッチンに立ったユイガに与えられた課題料理は『カポナータ』――イタリアの家庭料理だった。
「野菜の煮込み料理だね。僕の好物をチョイスさせてもらいました」
カポナータのレシピは以下の通り。
ナス[120g]を[20g]のピースにカット。塩[3g]で味付けし、フライパンにオリーブオイル[10ml]を加えて60秒炒める。
セロリ[80g]、玉ねぎ[80g]、トマト[200g]、ニンニク[5g]のピースにそれぞれカット。
セロリ、玉ねぎ、ニンニクをフライパンの中に加えて60秒炒める。トマトを加えて100秒煮る。
オリーブ[40g]、ケッパー[20g]を加える。ナスをフライパンに戻して混ぜ合わせる。
塩[4g]、黒コショウ[3g]、砂糖[10g]、酢[15ml]で味付けする。100秒煮る。
皿に移したら完成。
「えーまずはナス……」
ユイガの料理スキルは限りなくゼロに近い。というのも、家の台所仕事は全て妹の純花が担っていた。
当然ながら段取りという概念も希薄である。彼はまず常温の野菜棚から茄子を一つだけ取り出して作業台に置き、それからようやく調味料探しに向かった。
「大豆油、コーン油、ひまわり油……油多すぎない!?」
「そこ植物系だね。オメガ6のコーナー」
「オメ……?普通のでいいんだけど。あ、ごま油あった」
視線を横に滑らせると、なたね油や米油など様々な油の瓶が並んでいる。
「ごま油に安心感覚える日が来るとは……」
「中々ない経験してるね」
しかしその安堵も束の間。アボカドオイル、ココナッツオイル、マカダミアナッツオイルといった見慣れない名前の連撃に足止めされ、しばし棚の前で迷子になってしまった。
「隣の油……パンプキンシードオイル?そんなのもあるんだ」
「へー僕も始めて見た」
ようやく目当てのオリーブオイルを発見したその時、ユイガの目が怪しく光った。
「世間はもうすぐハロウィーンだけどさ」
「いやとっくに終わって……」
嫌な予感しかしない沈黙を挟み、ユイガは確信めいた声で言い放つ。
「油なんて全部一緒でしょ。どうせなら高いヤツ使った方が絶対美味しくなるって!」
「わぁ」
――開始数分でレシピ逸脱した……!早すぎだよ!
タンドリーが聞けば確実にバチギレるであろう発言に、テディは内心で天を仰ぐ。
――えっパンプキンシードオイルって加熱に適してない油なんだ……栄養素も壊れて風味も飛んじゃう……ユイガー!
テディが検索結果を読んで絶望している横で、当のシェフは平然と茄子をまな板に置き、包丁を振り下ろしていく。
「六等分……あっ切りすぎた」
結果。まな板の上に転がるのは六十グラム級の塊から、もはや欠片としか言えない四グラムまで。サイズ不揃いにも程がある乱切りが完成した。
――うん。上手に切れて偉い!
テディは早々に評価基準を下方修正し、ユイガの次の行動を見守る。
「……あ、これキッチンタイマー?じゃあこれで六十秒測ればいいじゃん!」
焼く直前になってようやく文明の利器に気づいたユイガは、タイマーをセットして得意げにコンロ脇へ置いた。
「ユイガ偉いよ……!」
テディは思わず称賛する。フライパンにオリーブオイルではなくパンプキンシードオイルを注いだという現実から目を逸らしたその時。
『ヒュッ』
「え?」
重い風圧がこめかみをかすめ――背後で『パリーン』とガラスの砕ける音が響いた。
「間違えて投げちゃったんだけどー」
「100ml二千円のパンプキンシードオイルがぁー!!」
ユイガは不貞腐れながら新しいパンプキンシードオイルを取りに行く。
――ここでオリーブオイルに修せ……あぁ。
そんなテディの淡い期待は、当然のように裏切られた。
「セロリ、玉ねぎ、トマト、にんにくを切って焼く……ってこれナスと一緒にやればよくない?」
「茄子は火が通りやすいからね。長くやると形崩れてドロドロになっちゃう。軽く火を通して最後に戻すのがコツなんだよ」
「へー。何かちゃんとしてんだけど」
「レシピは現実に忠実で、本格的な料理工程をそのまま体験できる――諸君!これが『ビストロ・シュミレーター』である!!ってね!」
「……あ!トマト入れたらそれっぽくなってきた!」
「おっ。料理の才能引き出せた?」
油や酢といった液体調味料は、塩や砂糖のようにワンクリックでは止まらない。容器を傾けた分だけ流れ続ける仕様は精密な操作を要求するため、多くのプレイヤーにとって鬼門となっている。
「はい」
だがユイガは油同様、酢をピタリと必要量ちょうどで注ぎを止める。音ゲーで鍛えた感覚を持つユイガにとって、それはむしろ得意分野だった。
「凄いピッタリ!判定パーフェクトだね!」
「これくらい余裕だけど?」
――簡単じゃないか?これはもう絶対俺の勝ち……。
妙な自信をつけ始めた頃、テディは審査員を呼びにその場を離れていた。キッチンに一人残されたユイガは、余裕の表情で食材棚を覗き込む。
「…」
こうして調理時間十二分で、ユイガ特製カポナータが完成したのだった。
ユイガ「マスタードオイル……」
テディ「(光の速さで床に叩き落とす)」
マスタードオイル『パリーン!』
ユイガ「240ml1000円が……」




