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始めてのスキル



 転生してから、どれくらいの時間が経っただろう。


 俺――アレンは、少しずつではあるものの、この世界での生活に慣れ始めていた。


 もちろん、まだ赤ん坊だ。


 自由に歩き回ることもできなければ、自分の意思を言葉にして伝えることもできない。


 それでも、以前の俺にはなかった変化が少しずつ現れていた。


「……んっ」


 いつものようにベッドの上で身体を動かす。


 手を伸ばし、足をばたつかせる。


 そして――。


「おっ……!」


 ぐらぐらと身体を揺らしながら、俺は両手を床についた。


 そのまま、ゆっくりと身体を起こす。


 まだ完全に安定しているわけではない。


 それでも――。


 俺は、とうとう一人でお座りができるようになった。


(やった……!)


 心の中で思わずガッツポーズをする。


 前世では当たり前だった「座る」という行為が、今の俺にとっては大きな成長だった。


 そして、もう一つ変化がある。


(……見える)


 以前よりも、ずっと周囲がはっきり見えるようになっていた。


 最初の頃はぼんやりとしていた視界も、今では部屋の様子がかなり分かる。


 壁。


 天井。


 家具。


 そして、俺を覗き込んでくる父さんや母さんの顔。


(赤ん坊って、こんなに視力が悪いものなのか……)


 前世の知識を思い出しながら、俺は周囲を観察する。


 そして、そこで初めて気づいたことがあった。


(……この家、結構質素だな)


 家は木造の平屋だった。


 決してボロボロというわけではない。


 きちんと手入れされているし、生活するには十分だ。


 けれど、前世の日本で暮らしていた俺からすると、かなり質素に感じる。


 家具も最低限。


 部屋の数も、それほど多くはなさそうだ。


(もしかして……うちは裕福じゃないのか?)


 転生してから、これまであまり家のことを考える余裕がなかった。


 自分が赤ん坊であること。


 両親のこと。


 そして、自分が異世界にいるという事実。


 それだけで頭がいっぱいだったからだ。


 だが、視力が回復して周囲を見渡せるようになったことで、ようやく生活環境にも目が向くようになった。


(まあ……そうだよな)


 異世界に転生したからといって、いきなり貴族の家に生まれるとは限らない。


 むしろ普通の家庭に生まれたと考えたほうが自然だ。


 父さんも母さんも、俺を大切に育ててくれている。


 それだけで十分だ。


(問題は……これからだな)


 俺には、女神から与えられた力がある。


 その一つが――。


 『マイルーム』。


 本人以外には見えない、不思議な部屋。


 前世の俺なら絶対に信じられないような能力だ。


(……試してみるか)


 俺は、周囲を確認する。


 父さんも母さんも今はいない。


 これなら大丈夫そうだ。


(マイルーム)


 心の中で、スキルを発動させる。


 すると――。


 俺の目の前に、突然一枚の扉が現れた。


(出た……!)


 間違いない。


 女神からもらったマイルームの扉だ。


 扉は何の前触れもなく、その場に存在している。


 もちろん、俺以外には見えない。


(すごい……)


 思わず興奮してしまう。


 これがあれば、きっと色々なことができる。


 前世の日本にあった便利な道具。


 食べ物。


 生活用品。


 もしかしたら、俺が知らないものまであるかもしれない。


 期待がどんどん膨らんでいく。


(よし……開けよう)


 俺は扉へ手を伸ばした。


 ……が。


「……?」


 届かない。


 当然だった。


 今の俺は赤ん坊なのだ。


 座れるようになったとはいえ、立つことすらできない。


 目の前に扉がある。


 手を伸ばせば触れそうな距離にある。


 なのに――届かない。


「んんっ……!」


 必死に身体を伸ばす。


 腕を伸ばす。


 もう少し。


 あと少し。


 だが――。


 指先は扉に届かなかった。


(…………)


 俺はその場で固まった。


 そして――。


(使えねぇ……!)


 心の中で、盛大に叫んだ。


 せっかくの異世界チートスキル。


 せっかくの便利そうなマイルーム。


 なのに、赤ん坊の身体では扉を開けることすらできない。


(くそ……!)


 悔しい。


 ものすごく悔しい。


 前世なら普通に歩けた。


 普通に手を伸ばせた。


 普通にドアを開けられた。


 それが今はできない。


 転生して初めて、自分の身体が赤ん坊だということを本当の意味で思い知らされた。


(……いや)


 そこで俺は考え直す。


(使えないんじゃない)


 今は、使えないだけだ。


 身体が成長すればいい。


 立てるようになればいい。


 歩けるようになればいい。


 そうすれば、あの扉を開けられる。


(だったら……成長するしかない)


 前世の記憶がある俺には、普通の赤ん坊とは違う強みがある。


 身体を鍛えること。


 魔力を鍛えること。


 そして、この世界の知識を身につけること。


 できることは、まだたくさんある。


(待ってろよ、マイルーム)


 目の前の扉を見つめる。


(俺が歩けるようになったら、絶対に開けてやる)


 そう決意した瞬間だった。


 俺の中に、小さな目標が生まれた。


 まずは身体を成長させる。


 そして、マイルームを使えるようにする。


 そのためにも――。


(今日から、もっと頑張ろう)


 俺は小さな拳を握りしめた。


 異世界での二度目の人生。


 まだ始まったばかりだ。


 そして俺は知らなかった。


 この小さな身体の中に眠る可能性が、これから少しずつ姿を現していくことを――。

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