ヒロイン登場
街道を進んでいた荷馬車が、突然止まった。
「……どうしたんですか?」
荷台に乗っていたアレンが顔を上げる。
「前のほうで何かあったらしい」
御者をしている行商人が答えた。
アレンは荷物の隙間から街道の先を見る。
およそ三百メートル先。
一台の馬車が、武器を持った男たちに囲まれていた。
その周囲では、馬車を守っていたと思われる護衛たちが戦っている。
だが、数が違った。
護衛よりも盗賊のほうが、倍近くいる。
護衛たちは一人一人なら盗賊より強そうだった。
それでも、数の差は大きい。
一人を相手にしている間に、別の盗賊が横から攻撃する。
少しずつ、護衛の人数が減っていく。
アレンは黙って戦況を眺めていた。
(……多いな)
盗賊の数を数える。
アレンが魔法を使えば、勝てる。
しかし、ここで魔法を使えば、自分が魔法を使えることを知られる可能性がある。
それは避けたい。
しかも、盗賊たちはこちらに気づいていない。
だったら、わざわざ自分から戦闘に入る必要はない。
アレンはそのまま見ていた。
護衛が一人倒れた。
また一人。
最後に残った護衛も、複数の盗賊に囲まれる。
そして――。
最後の護衛が地面に倒れた。
「……終わったな」
行商人が小さく呟いた。
盗賊たちは倒れた護衛を確認すると、馬車へ向かった。
何人かが馬車を取り囲む。
「娘を出せ!」
その声が、遠くにいるアレンのところまで届いた。
馬車の扉が開く。
その瞬間。
アレンは手を伸ばした。
魔力を集中させる。
馬車全体を覆うように、透明なバリアを展開した。
外から見ても、ほとんど変化はない。
盗賊の一人が馬車へ手を伸ばす。
「さあ、こいつを――」
手が止まった。
「……なんだ?」
男が押す。
しかし、馬車へ触れることができない。
「おい、どうなってる?」
別の盗賊が近づき、剣を振り下ろす。
ガキンッ。
剣が弾かれた。
「結界か!」
「結界の魔道具を使われたのか?」
盗賊たちが騒ぎ始める。
「俺らじゃ破れねえぞ」
「だったら待てばいい」
「待つ?」
「結界の魔道具には時間制限があるはずだ」
盗賊の一人が馬車を睨む。
「どうせ令嬢は馬車を動かせない。結界が切れるまで離れて待つぞ」
「なるほどな」
「ここで固まってたら、他の奴らに見つかるかもしれねえ。少し離れるぞ」
盗賊たちは馬車から離れていった。
アレンは遠くから、その様子を見ていた。
盗賊たちは、結界を魔道具によるものだと思っている。
まさか離れた場所にいるアレンが、魔法で結界を張っているとは思わない。
アレンは盗賊たちが十分に離れたことを確認する。
そして、馬車へ向かって歩き始めた。
結界は維持したままだ。
馬車の中では、令嬢が不安そうに外を見ていた。
アレンが馬車へ近づく。
令嬢と目が合う。
「もう大丈夫だよ」
「どうしてもっと早く助けてくれなかったのですか!」
令嬢は、アレンが言い終わるのを待っていたかのように、すぐに言い返した。
「……え?」
「あなた、ずっと見ていたのでしょう?」
「うん」
「護衛の方々が戦っているのを、ずっと見ていたのでしょう!」
「……そうだけど」
「だったら、どうして助けてくれなかったのですか!」
令嬢の声には、怒りが混じっていた。
「もっと早く助けてくださっていれば、護衛の方々は死なずに済んだかもしれないのですよ!」
アレンは黙って令嬢を見る。
自分が魔法を使えることを知られたくなかった。
だから、護衛が全滅するまで動かなかった。
だが、それを説明するつもりはない。
「……助けたじゃん」
「今さらですか?」
「うん」
「あなたなら、もっと早く助けられたのでしょう?」
「……」
「なぜ見ていたのですか?」
アレンの表情から、少しずつ感情が消えていく。
「もういい」
「え?」
「助けたのに、文句を言われるんだ」
「私は文句を言っているのではなく――」
「もう知らない」
アレンは踵を返した。
「待ってください!」
「自分で何とかして」
「そんな……!」
令嬢は慌ててアレンを追おうとする。
しかし、アレンは振り返らない。
馬車を動かすことはできない。
護衛もいない。
盗賊もまだ近くにいる。
それでも、アレンはもう関わるつもりがなかった。
頭の中では、先ほどの盗賊たちの会話を思い出していた。
――娘を連れてこい。
――傷つけるな。
――こいつが目的なんだからな。
(誘拐が目的なんだし)
(俺が助けなくても、結局連れていかれてただろ)
少なくとも、盗賊たちは令嬢を殺すつもりではなかった。
なら、自分がこれ以上関わる必要はない。
一度は助けた。
それで十分だった。
アレンは街道を戻っていく。
やがて、待っていた行商人の荷馬車が見えてきた。
「戻ったか」
「うん」
アレンは何事もなかったように荷台へ上がる。
行商人はアレンを見る。
「……あの馬車は?」
「まだあそこにいるよ」
アレンは荷物の間に座った。
行商人は街道の先を見る。
遠くに、襲われた馬車が残っている。
その周囲には、盗賊たちの姿も見える。
「……行くぞ」
「うん」
行商人が馬車を動かし始める。
アレンは荷台から後ろを見る。
遠ざかっていく馬車。
その中には、まだ令嬢がいる。
アレンはしばらく街道の先を眺めていた。
だが、やがて視線を前へ戻した。
その後、令嬢は盗賊たちに連れ去られた。
しかし、盗賊たちの目的は最初から令嬢の身柄だった。
傷つけるつもりもなく、令嬢は無事だった。
二人は、まだ知らない。
いつか、この二人が夫婦になることを。




