領都への旅路
アレンが村を旅立ってから、数日が経った。
目的地は、辺境伯領の領都。
村から領都までは、馬車で二週間ほどかかる。
村を出る前、アレンは行商人に頼んで、荷物と一緒に馬車へ乗せてもらった。
行商人の馬車は、客を乗せるためのものではない。
村へ商品を運び、村で仕入れた商品を別の場所へ運ぶための馬車だ。
アレンは、その荷台の隅に座っていた。
最初のうちは、流れていく景色を眺めていた。
村の外へ出ること自体、アレンにとっては初めての経験だった。
街道の両側に広がる草原。
遠くに見える森。
時々見かける農地。
村では見たことのない景色が次々と現れる。
しかし、それも何時間か眺めていれば飽きてくる。
「……暇だな」
アレンは呟いた。
前方では行商人が馬を操っている。
荷台を振り返ることもあるが、アレンが大人しくしている限り、特に気にしてはいない。
アレンは荷物の陰へ移動した。
そして、マイルームの扉を出す。
扉を開ける。
その先には、前世で暮らしていた一人暮らしの部屋がある。
「ゲームするか」
アレンはマイルームへ入った。
扉を閉める。
外では馬車が街道を進んでいる。
しかし、マイルームの中には馬車の揺れは伝わらない。
アレンはソファに座り、ゲームを始めた。
しばらくしてゲームに一区切りつくと、外へ戻る。
そして、また景色を眺める。
飽きたらマイルームへ戻る。
そんなことを繰り返しながら、旅は続いた。
村を出てから何日か経った頃。
行商人の馬車が、一つの村へ入った。
「ここで少し仕入れをする」
行商人がそう言ったので、アレンも荷台から降りた。
アレンの故郷より、ずっと大きな村だった。
村の中にはいくつもの店が並んでいる。
人の往来も多い。
農作物を積んだ荷車も何台も行き交っている。
アレンは周囲を見回した。
「……結構大きいな」
同じ村という呼び方でも、ここまで違うのか。
アレンの故郷では、店そのものが少なかった。
村人が必要なものの多くは、自分たちで用意している。
外から人が来ることも珍しい。
しかし、この村では違った。
村人が作ったものを売り、外から来た商人が買っていく。
商人は別の土地から商品を持ち込み、村人へ売っている。
アレンは行商人の後について歩いた。
まず向かったのは、農家だった。
「小麦はどのくらいある?」
「今年はこれくらいだ」
農家が袋をいくつも見せる。
行商人は中身を確認し、値段を交渉していく。
「全部買う」
「全部か?」
「ああ。次に来られるのがいつになるか分からないからな」
アレンはその様子を黙って見ていた。
自分の村でも行商人との取引はあった。
だが、アレンが知っていたのは、行商人が村へ来て商品を売り、村のものを買っていくということくらいだった。
ここでは規模が違う。
行商人は、村で買ったものを別の場所へ持っていく。
そして、そこで売る。
当たり前のことのようだが、アレンは改めてその仕組みを意識した。
「これって、どこで売るの?」
アレンが尋ねた。
「この小麦か?」
「うん」
「領都だな」
行商人は買い取った小麦の袋を見ながら答えた。
「ここでは小麦を作る農家が多い。だから、この村ではそれほど高くない。だが領都まで行けば、もっと高く売れる」
「どれくらい?」
「仕入れた値段を考えても、運ぶ手間を差し引いて利益が出るくらいにはな」
アレンは小麦を見る。
そして行商人を見る。
「……じゃあ、ここで買って領都で売れば儲かる?」
「そういうことだ」
行商人は笑った。
「商売なんて、基本はそんなものだ。安く買って、高く売る」
アレンは考えた。
自分の村では、畑で作ったものを売る。
でも、この村では違う。
この村で買って、別の場所で売る。
それだけで利益が出る。
「なるほど」
アレンは小麦の袋を眺めた。
そして、一つのことを思いついた。
「僕も買っていい?」
「お前が?」
「うん」
行商人は少し驚いた顔をした。
「小麦なんて大量に買ってどうするんだ?」
「領都で売る」
「……」
行商人はアレンの顔を見た。
十歳の子供である。
しかし、アレンは本気だった。
「そんなに買っても運べないだろう?」
「大丈夫」
「大丈夫って……」
アレンはそれ以上説明しなかった。
自分にはマイルームがある。
そこなら、普通の荷馬車の積載量など関係ない。
アレンは小麦を大量に購入した。
農家から買い取った小麦を、少しずつマイルームへ運び込む。
外から見れば、アレンが持っていった量はそれほど多くない。
しかし、マイルームの中には次々と小麦が積み上がっていく。
「これでよし」
アレンは満足した。
領都まで運んで売れば、利益になる。
しかも、自分で馬車を用意する必要もない。
すでに領都へ向かう行商人の馬車に乗っている。
「……いい買い物をしたな」
アレンはそう呟いた。
行商人との取引が終わると、馬車は再び村を出た。
アレンは荷台へ戻る。
そして、しばらくするとまたマイルームへ入った。
ゲームをする。
飽きたら外へ戻る。
また暇になったらマイルームへ入る。
そんなことを繰り返しているうちに、旅はさらに進んでいった。
途中では、別の村にも立ち寄った。
故郷より大きな村。
さらに人の多い村。
村なのに市場があり、宿屋があり、外から来た商人が何人もいる。
アレンはそのたびに、自分がいた村との違いを感じた。
自分の村では、行商人が来ること自体が珍しかった。
しかし、ここでは商人が行き交っている。
同じ「村」でも、暮らし方はずいぶん違う。
旅を続けるほど、アレンの知っている世界は少しずつ広がっていった。
そして、領都へ向かう旅も終盤に入った。
街道を進む馬車の数も、村を出た頃より増えている。
遠くには、領都へ向かう別の街道が見える。
それでも、まだ領都のすぐ近くというわけではない。
人の往来は増えているが、馬車が途切れなく行き交うほどではない。
その日の午後。
アレンはいつものようにマイルームから戻ってきた。
「そろそろ着くかな」
荷台から前方を見る。
すると。
「……ん?」
何か聞こえた。
遠い。
だが、確かに人の声だった。
「止まれ!」
「逃がすな!」
怒鳴り声。
続いて、金属同士がぶつかる音。
アレンは顔を上げた。
行商人も気づいたらしい。
「……何だ?」
御者が手綱を引く。
馬車の速度が落ちていく。
「前から騒ぎ声が聞こえる」
行商人が言った。
馬車がゆっくりと止まる。
アレンは荷台から身を乗り出した。
街道の先。
およそ三百メートルほど離れた場所に、一台の馬車が見える。
周囲には、人影がいくつもあった。
遠くて細かいことまでは分からない。
しかし、馬車を取り囲んでいるように見える。
そして、再び怒鳴り声が響いた。
金属がぶつかる音も聞こえる。
「……戦ってる?」
アレンが呟く。
「そのようだな」
行商人は馬車を動かさず、前方を警戒する。
三百メートルほど離れた場所。
そこでは何者かが、一台の馬車を襲っているようだった。
アレンは黙って、その光景を眺めた。
領都への旅は、もうすぐ終わる。
その直前になって、思いがけない騒動が起きていた。




