アレンが旅立った後
アレンが村を旅立ってから、しばらくの間。
村では、それまでと変わらない日々が続いていた。
ただ、一つだけ大きく変わったことがある。
アレンがいなくなったことだ。
そしてもう一つ。
アレンが使っていた畑を、リサが引き継ぐことになった。
「……これ、どうしよう」
畑を見ながら、リサは困ったように呟いた。
アレンが残していった畑には、じゃがいもが大量に植えられている。
もちろん、リサもカレンもじゃがいもを食べる。
だが。
「私とカレンだけじゃ、こんなに食べられないよ……」
収穫量が多すぎるのだ。
アレンが村にいた頃は、収穫したじゃがいもの一部を売ったり、保存したりしていた。
だが、そのアレンはもういない。
しかも、じゃがいもは一度に大量に収穫できる。
食べる量には限界がある。
保存する場所にも限界がある。
「アレン、どうするつもりだったんだろう……」
リサは首を傾げた。
しかし、考えてみても答えは出ない。
アレンは村を出る前、畑の扱いについて特別なことを言っていなかった。
村人に見せるなとも言っていない。
秘密にしろとも言っていない。
ただ、自分がいなくなった後の畑については、ほとんど何も考えていなかった。
アレンにとっては、自分が村を出た後のことなど知ったことではなかったのである。
自分が必要な分だけ育てて、残ったものはその時に考える。
それくらいの感覚だった。
その結果。
困ることになったのは、残されたリサだった。
「……とりあえず、カレンに相談しよう」
リサはそう決めた。
「家族にも食べて貰おう」
食べきれないなら食べる人を増やせばいいんだ。
リサは家族にじゃがいもを隠すのをやめる。
「お母さん、お父さん。これ食べてみて」
「これは?」
「山で見つけた新しい芋なの」
リサが家族の前に出したのは、蒸したじゃがいもだった。
アレンがいなくなった後、畑の収穫物をどうするか考えていたリサは、家族に食べてもらうことにしたのだ。
もちろん、アレンから教えられたことをそのまま話すつもりはない。
そこでリサは、
――山で見つけた新種の芋。
ということにした。
「ふむ……」
父親が一口食べる。
そして、しばらく黙った。
「……これはうまいな」
「でしょう?」
「腹にもたまりそうだ」
母親も食べてみる。
「本当ね。これなら食事にも使えるわ」
父親は残ったじゃがいもを見つめた。
そして、何かを思いついたように顔を上げる。
「これ、村で育てられないか?」
「え?」
「山で見つけたのなら、種芋を増やせるかもしれない」
それからだった。
父親は本気でじゃがいもの栽培計画を考え始めた。
どこに植えるか。
どのくらいの間隔で植えるか。
収穫時期はいつか。
保存はどうするか。
そして、村人たちにも食べてもらえないか。
最初は家族だけだった。
次第に近所の家へ。
そして村全体へ。
じゃがいもは、少しずつ村に広がっていった。
栽培方法も研究されるようになり、畑も増えていく。
それまで、この村では限られた作物しか育てられなかった。
だから、腹持ちがよく、比較的育てやすいじゃがいもは村にとって大きな助けになった。
村全体で作られるようになったじゃがいもはアレンから少量買ってた時期とは違い市場に出回るようになる。
じゃがいもは村の新たな特産品になった。
しばらくの間、村にはこれまでにないほど金が入ってきた。
貧しかった村にとって、それは大きな変化だった。
村人たちは喜んだ。
しかし。
じゃがいもの栽培方法は、隠しようがなかった。
この村で買ったじゃがいもを別の土地で植えればいい。
実際、そうする者が現れた。
やがて他の町でもじゃがいもが作られるようになった。
供給が増えれば、当然値段は下がる。
村だけの珍しい作物ではなくなった頃には、かつてのような高値では売れなくなっていた。
「最近は、あまり高く売れなくなったな」
「仕方ないさ。他の町でも作っているらしいからな」
村人たちは少し残念そうにしながらも、畑を捨てることはなかった。
なぜなら、じゃがいもは売るためだけのものではなくなっていたからだ。
自分たちで食べればいい。
保存しておけば、食料が少ない時期にも使える。
結果として、村の食糧事情は以前よりもずっと安定した。
アレン本人は、そんな未来を知ることはなかった。
そして、知ろうともしていなかった。
アレンはすでに村を出て、自分の道を歩き始めていた。
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カレンの目標
アレンが旅立ってから、カレンの中にも変化があった。
「私も冒険者になる」
ある日、カレンはそう言った。
理由は単純だった。
アレンを追いかけるためだ。
アレンは十歳で村を出た。
カレンも、いつか自分で村を出る。
そして、アレンを探す。
そのためには力が必要だった。
アレンから教えてもらった魔法。
そして、身体強化。
カレンはそれらを使って、自分なりに訓練を始めた。
特に身体強化は、カレンの戦い方そのものを変えてしまった。
カレンは武器を持っていなかった。
剣もない。
槍もない。
弓もない。
だから、自然と自分の身体を使うようになった。
「えいっ!」
拳を振る。
蹴りを放つ。
走る。
跳ぶ。
身体強化によって強化された身体は、普通の子供とは比べものにならない。
さらにカレンには、回復魔法があった。
少しくらい怪我をしても、自分で治せる。
その結果。
カレンの戦闘スタイルは、完全に肉弾戦へと変わっていった。
いわゆる――
モンク。
しかも、自分で回復しながら戦える。
いわば、ヒーラーモンクだった。
「怪我したら治せばいいんだよね」
カレンは、かなり危険な結論にたどり着いていた。
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アレンのダンジョン
カレンが訓練場所として選んだのは、村の近くにあるダンジョンだった。
アレンが見つけたダンジョンである。
カレンは何度もそこへ通った。
一階。
二階。
三階。
四階。
そして五階。
そこまでがカレンの限界だった。
六階へは進まなかった。
六階には、墓地が広がっている。
そして、それはアレンも同じだった。
アレンも六階に入ったところで先へ進むのをやめている。
そのため、このダンジョンが何階まで続いているのか。
誰にも分からなかった。
そして、その謎はおそらく未来永劫、解明されることはない。
アレンは村に戻らない。
カレンも二年後には村を出る。
そして、カレンもまた村へ戻らない。
結果として、二人がそれぞれ五階まで進んだところで止まったダンジョンは、その先を誰にも知られないまま残されることになった。
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村の熊
そんなある日。
村に熊が現れた。
「熊だ!」
「村に入ってきたぞ!」
「子供を家の中に入れろ!」
村は大騒ぎになった。
熊は巨大だった。
村人たちは武器を手に取った。
農具を持つ者。
槍を持つ者。
斧を持つ者。
誰もが恐怖を感じていた。
熊を相手にすれば、怪我人が出る。
最悪の場合、死人が出るかもしれない。
それでも、村を守るために戦うしかない。
そう覚悟した、その時だった。
「私がやる」
カレンが前に出た。
「カレン!?」
「危ない!」
村人たちが止める。
しかしカレンは聞かなかった。
熊が吠える。
地面を蹴る。
巨大な身体がカレンへ迫った。
カレンは身体強化を使った。
しかし、村人たちには魔法を使ったようには見えなかった。
ただ、カレンの動きが突然速くなっただけ。
熊の爪をかわす。
一歩踏み込む。
「えいっ!」
拳を叩き込む。
熊がよろめく。
さらに追撃。
カレンは一人で熊と戦った。
そして――
熊は倒れた。
「……」
村人たちは、しばらく何も言えなかった。
幼いカレンが。
一人で。
熊を倒した。
だが、誰一人として魔法を疑わなかった。
身体強化は、外から見れば単純に身体能力が高いだけに見える。
光るわけでもない。
炎が出るわけでもない。
魔法陣が現れるわけでもない。
だから村人たちは、
「カレンは、なんて力が強いんだ……」
程度にしか思わなかった。
カレン自身も、魔法のことを話さなかった。
そして倒した熊は、ちょうど村へ来ていた行商人に売られることになった。
「この熊を売るのか?」
「はい」
行商人は熊を見て、それからカレンを見る。
「……これを倒したのは、この子なのか?」
「そうだ」
村人が答える。
行商人は驚いた顔をした。
だが、それ以上深くは聞かなかった。
熊は売られ、村にはまとまった金が入った。
そして、その行商人が村を出る時。
「カレン」
「はい?」
「もし二年後に村を出るつもりなら、うちの馬車に乗せてやろう」
「本当ですか?」
「ああ。熊を一人で倒すような子なら、護衛として十分役に立つだろう」
こうして、カレンは村を出るための道まで手に入れた。
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リサ
リサもまた、アレンから残された畑を守り続けていた。
ただし、リサは魔法をほとんど使わなかった。
使うとしても、水を撒く時だけ。
畑に水をやる。
それだけだった。
魔法を使えることを村人に知られることはなかった。
じゃがいもの栽培も、カレンの身体強化も、リサの水魔法も。
アレンが村にいた頃に生まれたものは、それぞれ別の形で村に残っていった。
けれど。
アレン自身だけは、もうそこにはいない。
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二年後
そして、カレンが十歳になる頃。
「行ってきます」
家族に別れを告げる。
馬車の準備はできている。
行商人が約束通り迎えに来ていた。
カレンは振り返って、村を見る。
じゃがいも畑が広がっている。
以前よりも、村は少し豊かになっていた。
自分が育った家。
両親。
リサ。
そして、アレンとの思い出。
すべてを胸にしまう。
「お兄ちゃん、待っててね」
カレンは馬車へ乗り込んだ。
こうしてカレンも、村を旅立った。
彼女はアレンほど旅立つ準備ができていたわけではない。
アレンは十歳の時点ですでに、自分で金を稼ぐ手段を持っていた。
村を出ても生きていけるだけの力も知識もあった。
冷静に考えれば、十歳でそこまで準備できているアレンの方が異常だった。
カレンは違う。
それでも。
アレンを追いかける。
その気持ちだけは誰にも負けなかった。
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再会
それから、しばらくして。
旅を続けていたカレンは、ついにアレンと再会した。
「お兄ちゃん!」
「……カレン?」
久しぶりの再会だった。
アレンは驚きながらも、妹の姿を見つめる。
「冒険者になったのか?」
「うん!」
「そうか」
アレンは少しだけ笑った。
「じゃあ、どれくらい強くなったか見せてみろ」
「分かった!」
カレンは嬉しそうに頷いた。
そして。
身体強化を使って、一気に踏み込んだ。
拳。
蹴り。
回避。
さらに踏み込む。
攻撃を受ければ回復魔法。
そして再び攻撃。
アレンはその戦い方を見ていた。
「…………」
カレンが最後の一撃を放つ。
戦闘が終わった。
カレンは誇らしげに胸を張った。
「どう? 強くなったでしょ?」
アレンはしばらく黙っていた。
そして。
「……なんでこうなった?」
「え?」
「いや……」
アレンは頭を抱えた。
自分が教えたのは身体強化だった。
それだけだったはずだ。
武器を持っていなかったから肉弾戦になった。
回復魔法が使えるから、怪我をしても治して戦うようになった。
結果。
妹は立派なヒーラーモンクになっていた。
「兄さんが教えてくれたんだよ?」
「俺はそこまで教えた覚えはないんだけどな……」
カレンは楽しそうに笑う。
アレンは妹を見つめながら、改めて思った。
――自分が村を出てからも、村では色々なことが起きていたのだ。
じゃがいもが村の特産品になったことも。
ダンジョンがカレンの訓練所になっていたことも。
熊をカレンが一人で倒したことも。
そして何より。
自分を追いかけて、妹まで冒険者になっていたことも。
アレンはまだ知らないことだらけだった。
それでも一つだけ確かなことがある。
自分がいなくなった村でも、人々は自分たちの人生を歩いていた。
そして今。
その村から、一人の少女が自分のところまで追いついてきた。
「……まあ、元気そうで何よりか」
「うん!」
カレンは笑った。
こうして、兄妹は再び同じ道を歩き始めた。




