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旅立ち


 アレンが十歳になる日が、少しずつ近づいてきた。

 いつものように朝食を食べていると、父親がふとアレンを見る。

「もうすぐ町に行くんだな」

「うん。行くよ」

 アレンは迷うことなく答えた。

 父親は少しだけ間を置いてから、確認するように尋ねる。

「……意志は変わらないんだな?」

「もちろん」

 アレンが即答すると、父親は小さく息を吐いた。

「そうか。なら、もう止めはしない」

 十歳になったら村を出て、町へ行く。

 そして冒険者になる。

 それは、もうずっと前から決めていたことだった。

 その後、アレンは行商人から町へ行くために必要なことを改めて聞いていた。

「そういえば、村では身分証明書を作れないんだったな」

「そうだ。身分証明書を作るには、町に入る必要がある」

 行商人が説明する。

「町に入るには入場料を払えばいい。そこで冒険者登録をすれば、冒険者証が身分証明になるぞ」

「なるほど」

 村には冒険者ギルドがない。

 だから、まず町へ行く必要がある。

「それで、町まではどのくらい?」

「馬車で二週間くらいだな」

「二週間……」

 普通なら、かなりの長旅だ。

 だが、アレンにはマイルームがある。

 馬車の荷台に乗ってしまえば、誰にも気づかれないようにマイルームへ入ることができる。

 そしてマイルームの中で二週間過ごせばいい。

 食事も睡眠も問題ない。

 アレンにとっては、二週間の旅もそれほど大変ではなかった。

 そして、もう一つ。

 アレンはこれまでに行商人へ売ったじゃがいもや干し肉で、金貨十枚ほどを稼いでいた。

「たぶん、村では僕が一番金持ちなんじゃないかな」

 アレンは自分の持っている金を確認しながら、そんなことを考えていた。

 さらにマイルームには、以前から少しずつ増やしていたものがある。

 石鹸。

 シャンプー。

 リンス。

 大きな町に着いたら売るつもりで、すでに千セットほど用意していた。

「銀貨一枚で売ったとしても……」

 計算してみる。

「金貨三百枚くらいになるのか」

 アレンはしばらく黙った。

「……やりすぎだな」

 十歳の子供が持つ金額としては、明らかに多すぎる。

 それでも、町に着いたら生活費を稼ぐ必要がある。

 アレンは深く考えないことにした。

 そして、村を出る前日。

 アレンはリサのところへ向かった。

「リサ」

「アレン?」

「約束通り、この畑をあげるね」

 アレンが指差したのは、以前から二人で使っていた畑だった。

 魔法の練習をしたり、作物を育てたりした場所だ。

「……本当にくれるの?」

「ああ。僕は明日からいなくなるから」

 リサは畑を見つめた。

 そして、アレンを見る。

「……そっか」

 明日。

 アレンが村を出ていく。

 今までも分かっていたはずなのに、その言葉を聞いて初めて実感したようだった。

「本当に、いなくなるんだね」

「うん」

「……アレン」

「ん?」

 リサは少しだけ緊張したようにアレンを見る。

「私ね……アレンのことが好き」

「ありがとう」

 アレンは素直に答えた。

 けれど、少し考えてから続ける。

「でも、ごめん。僕はリサのことを恋愛相手として見てなかった」

「……うん」

 リサは少し寂しそうに笑った。

 そして、何かを思いついたようにアレンを見る。

「アレン、目にゴミがついてるよ」

「え?」

「目をつぶって」

「分かった」

 アレンが素直に目を閉じる。

 すると――。

 頬に、柔らかな感触が触れた。

「……?」

 アレンが目を開ける。

 リサは顔を赤くしながら、少し離れていた。

「アレンの初めて、もらっちゃった」

「初めて?」

「うん」

「でも、初めてなら母親だよ」

「そういうのはカウントしないの!」

 リサが慌てて言い返す。

「ならカレンだ」

「……直さないといけないのは、そういうところだよ」

「?」

 アレンは首を傾げた。

 リサはそれ以上何も言わず、少しだけ笑った。

「明日、気をつけてね」

「ああ」

 アレンはリサと別れ、家へ戻った。

 家に帰ると、カレンが待っていた。

「お兄ちゃん……明日、行っちゃうんだよね」

「うん。でも、また会えるよ」

「そうだね」

 カレンは少し寂しそうにしながらも頷いた。

 そして、いつものように何気なく言う。

「お兄ちゃんと結婚するんだもんね」

「……まだ続いてたの、その設定?」

 アレンは思わず驚いた。

「もちろん!」

「いや、カレンはまだ結婚できるほど大きくなってないよ」

「すぐに大きくなるから、待ってて」

「分かったよ」

 アレンは苦笑した。

 明日になれば、この村を出る。

 そう考えると、ほんの少しだけ不思議な気持ちになった。

 けれど、アレンにはもう村でやり残したことはない。

 そもそも、村を出るための準備など二年前にはほとんど終わっていた。

 必要な物もある。

 お金もある。

 町へ行く手段もある。

 そして何より――。

 アレンには、これから行ってみたい場所があった。

 この村の外。

 まだ見たことのない町。

 さらにその先にある、もっと大きな世界。

 翌朝。

 アレンは荷物を持ち、行商人の馬車に乗り込んだ。

「じゃあ、行ってくるよ」

 両親、カレン、リサ。

 村の人々が見送る。

「気をつけてな!」

「元気でな!」

「町で頑張れよ!」

 馬車がゆっくりと動き始める。

 アレンは荷台から村を振り返った。

 生まれてから十年間過ごした村。

 小さくなっていく村を見ながら、アレンは静かに前を向いた。

 ついに、村を出る時が来たのだ。

 ――ただし。

 アレンがこの世界に転生してから、ずっと誰にも話していない本当の目的が一つだけあった。

 異世界に来たのだから。

 獣人やエルフに会ってみたい。

 そんな理由で村を出ようとしていることを、知っている者は誰もいなかった。

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