カレン視点
私の側には、いつもお兄ちゃんがいた。
小さい頃の私は、何かあるたびにお兄ちゃんのところへ行った。
お兄ちゃんは、いつも私の手を握ってくれた。
不思議だった。
お兄ちゃんに手を握ってもらうと、身体が少しずつ暖かくなる。
それが嬉しくて、私はいつもお兄ちゃんの手を探していた。
ある日、私は泣いていた。
理由はもう覚えていない。
ただ、泣いている私の前で、お兄ちゃんが指先を向けた。
すると――指先から、小さな光が生まれた。
「……わぁ」
びっくりして、私は泣くのをやめた。
きらきらした光が、お兄ちゃんの指先で揺れていた。
私も、あんな光を出してみたい。
そう思った。
それから私が泣くたびに、お兄ちゃんは光を見せてくれた。
だからなのか、お兄ちゃんの側にいると、私はだんだん泣かなくなっていった。
両親も、いつの間にか私の世話をお兄ちゃんに任せることが多くなった。
私は、それが嫌ではなかった。
むしろ嬉しかった。
お兄ちゃんと一緒にいられるから。
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ある暑い日の夜。
私はなかなか眠れなかった。
暑くて、布団に入っていても全然眠くならない。
どうしようかと悩んでいると、お兄ちゃんのことを思い出した。
お兄ちゃんの側へ行ってみる。
すると、不思議なことに気づいた。
お兄ちゃんの側だけ、少し涼しい。
「お兄ちゃん、涼しい……」
私はそのままお兄ちゃんの側で眠った。
それから私は、お兄ちゃんにくっついて寝ることが増えた。
お兄ちゃんは何も言わなかった。
しばらくすると、お兄ちゃんが昼間に家を出るようになった。
私はまだ小さいから、一緒には連れていってもらえない。
「お兄ちゃん、どこ行くの?」
「ちょっと出かけてくる」
「私も行く!」
「カレンはまだ早いよ」
そう言われるたび、寂しくなった。
お兄ちゃんが帰ってくるまで、ずっと待っている。
帰ってきたお兄ちゃんを見ると、それだけで嬉しくなった。
ある日、どうしてもお兄ちゃんの側にいたくなった。
私はだだをこねた。
「私も行く!」
「カレン、今日は――」
「お兄ちゃんと一緒がいい!」
お兄ちゃんは困った顔をしていた。
でも、最後にはため息をついて、
「……わかった」
と言ってくれた。
やった。
私はお兄ちゃんと一緒に出かけられるようになった。
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その日、お兄ちゃんは家にある芋とは違う芋を食べさせてくれた。
一口食べてみる。
「おいしい!」
いつも食べている芋とは全然違った。
「誰にも内緒だよ」
そう言って、お兄ちゃんは笑った。
それから、お兄ちゃんは私を連れていってくれることが増えた。
食事のときには、家では使わないものを入れてくれるようになった。
「これは……ちょうみりょう?」
名前を聞いても、私にはよくわからない。
でも、それを入れると料理がおいしくなる。
毎日の食事が、少しずつ楽しみになっていった。
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ある日、私はトイレに間に合わなかった。
服を汚してしまって、恥ずかしくて、悲しくて、泣いた。
「ごめんなさい……」
すると、お兄ちゃんは怒らなかった。
「大丈夫だよ」
そう言って、魔法を使った。
「どらいやー?」
聞いたことのない名前だった。
お兄ちゃんの魔法は、暖かい風が出てきた。
濡れた服が少しずつ乾いていく。
「……あったかい」
泣いていた私は、少しだけ安心した。
お兄ちゃんは、いつも私が困っていると助けてくれる。
だから私は、お兄ちゃんのことを信じていた。
三人で畑仕事をするようになった。
お兄ちゃんとリサお姉ちゃん、それから私。
……とはいっても、私はライトの魔法しか使えない。
畑仕事でライトを使う場面なんて、ほとんどない。
だから、基本的には二人が作業しているのを見ているだけだった。
「お兄ちゃん、そこ終わったよ」
「じゃあ次はこっち」
「うん」
お兄ちゃんはどんどん作業を進めていく。
自分のペースで。
周りのことなんて、あまり気にしていない。
リサお姉ちゃんが、
「ねえ、ちょっと休憩しない?」
と言っても、
「これが終わったらね」
と返すだけ。
私はリサお姉ちゃんの様子を見た。
明らかに困っている。
「お兄ちゃん、リサお姉ちゃん休みたいって」
「もう少しだから大丈夫だよ」
……大丈夫じゃないと思う。
でも、お兄ちゃんは本当に自分の作業に集中している。
リサお姉ちゃんは何度も休憩をお願いする。
それでも、お兄ちゃんは同じことを言う。
「これが終わったらね」
私は思った。
お兄ちゃん。
そろそろ学習しようよ。
リサお姉ちゃんトイレを我慢してるよ。
どうして気がつかない。
リサお姉ちゃんが漏らすまで作業を続けさせるのは、どう考えてもよくない。
私はいつでも休める。
だって、私はほとんど戦力になっていない。
疲れたら座ればいい。
喉が渇いたら水を飲めばいい。
お腹が空いたらお兄ちゃんに言えばいい。
でも、リサお姉ちゃんは違う。
ちゃんと畑仕事をしているから、お兄ちゃんと同じペースで作業しようとしてしまう。
だから私は、ときどきリサお姉ちゃんを見ている。
そして、危なそうだと思ったら声をかける。
「リサお姉ちゃん、休んだほうがいいよ」
「う、うん……」
そのたびにリサお姉ちゃんは申し訳なさそうにする。
トイレに行きたいとは恥ずかしくて言えないみたい。
今日もリサお姉ちゃんは恥ずかしいことになってた。
お兄ちゃんはというと、
「ごめん気づかなかった、お風呂に行こう」
と言う。
……違う。
そういう問題じゃないんだよ。
お風呂に行けば済むとか、そういう話じゃない。
私はお兄ちゃんをじっと見る。
お兄ちゃんは何も気づいていない。
たぶん、本当に何もわかっていない。
私はため息をついた。
お兄ちゃんは強い。
魔法もすごい。
困ったときには助けてくれる。
でも、人の気持ちを考えることについては、まだまだ勉強が必要みたい。
特に、リサお姉ちゃんが「休みたい」と言ったときは、ちゃんと休ませてあげてほしい。
私はそう思いながら、今日も畑の端で二人を眺めていた。
やがて、お兄ちゃんはダンジョンへ行くようになった。
そうすると、一緒にいられる時間が減った。
寂しい。
お兄ちゃんが帰ってくるのを待つ時間が長くなった。
だから私は決めた。
「私も連れていって」
お兄ちゃんは驚いていた。
でも、私はお願いした。
「お兄ちゃんと一緒にいたい」
私のお願いは、いつも最後には叶えてくれる。
だから今回も、きっと大丈夫。
そして――やっぱり、お兄ちゃんは私を連れていってくれた。
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初めてダンジョンに入ったときのお兄ちゃんは、すごかった。
魔物が出てきても怖がらない。
魔法を使って、次々に倒していく。
私の知っているお兄ちゃんとは、少し違って見えた。
「お兄ちゃん、すごい……」
カッコいい。
もっと一緒にいたい。
そう思った。
でも、ダンジョンの奥にいたゴーレムは怖かった。
ものすごく大きい。
見上げても、上のほうまで見えない。
私は怖くて動けなかった。
でも、そのゴーレムは動かなかった。
それでも怖かった。
だから私は、お兄ちゃんにお願いした。
「私も戦えるようになりたい」
そうすれば、これからもお兄ちゃんと一緒にダンジョンへ行ける。
お兄ちゃんは、私に身体強化を教えてくれた。
頑張って練習した。
もっと強くなりたい。
お兄ちゃんの側にいたい。
その気持ちは、ずっと変わらなかった。
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ある日、珍しいことがあった。
いつもなら私から、
「お兄ちゃん、ダンジョン行こう」
と言うのに、その日は違った。
「カレン、今日はダンジョンに行くぞ」
お兄ちゃんのほうから誘ってくれた。
嬉しかった。
……でも、お兄ちゃんはなぜかリサお姉ちゃんを連れていきたがっていた。
どうしてだろう?
私は少し考えた。
でも、お兄ちゃんが連れていきたいなら、きっと何か理由がある。
だから私は、リサお姉ちゃんの背中を押してあげた。
「リサお姉ちゃんも一緒に行こう!」
そして、私たちはダンジョンへ向かった。
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六階層。
そこで、私はお兄ちゃんがリサお姉ちゃんを連れてきた理由を知った。
「……これ、怖いよ」
リサお姉ちゃんが怖がっている。
もちろん、私も怖い。
お兄ちゃんは平気そうにしているけれど、私たちにとっては全然平気じゃない。
怖いものは怖い。
そして――私は漏らしてしまった。
リサお姉ちゃんも同じだった。
二人とも怖くて、どうしていいかわからなくなった。
恥ずかしくて、顔が熱くなる。
お兄ちゃんは、そんな私たちを見て、
「風呂に入れば解決だな」
なんて言った。
違う。
そういう問題じゃない。
お風呂に入れば済むことなのは、わかっている。
でも、乙女には乙女の尊厳というものがある。
私はその日、初めて知った。
お兄ちゃんは頼りになる。
困ったときには助けてくれる。
魔法もすごい。
料理もおいしくしてくれる。
私のお願いも、いつも聞いてくれる。
だから、私はずっとお兄ちゃんの言うことを信じていた。
でも――
お兄ちゃんの言うことを、全部信じちゃいけない。
それを、私はこの日初めて学んだ。
……お兄ちゃんには、乙女の尊厳というものを、もっと勉強してもらわないといけない。
私はそう思った。
夜になって、私は布団に入った。
でも、なかなか眠れない。
今日のダンジョンで見たものが、頭の中から離れなかった。
目を閉じると、暗闇の向こうに何かがいるような気がする。
……怖い。
しばらく布団の中でじっとしていたけれど、どうしても一人で部屋を出る勇気が出なかった。
仕方がない。
私は隣で寝ているお兄ちゃんを揺さぶった。
「お兄ちゃん……」
「……ん?」
「起きて」
「どうした?」
「一人で行くの怖い」
お兄ちゃんは眠そうに目をこすった。
それから少し考えて、
「じゃあ、一緒に行くか」
と言ってくれた。
私はほっとした。
やっぱり、お兄ちゃんは頼りになる。
……でも、そもそもこんなに怖くなったのは誰のせいだと思っているの?
私は眠そうなお兄ちゃんを見ながら、ちょっとだけ不満に思った。
翌朝。
リサお姉ちゃんも夜中に怖くなって、布団から出られなかったらしい。
「昨日の夜、怖くて全然動けなかった……」
リサお姉ちゃんが恥ずかしそうに話す。
どうやらおねしょしてしまったらしい。
私はお兄ちゃんを見る。
お兄ちゃんは首をかしげていた。
「そんなに怖かったか?」
私は思わずため息をついた。
「お兄ちゃんのせいだよ」
「俺?」
「そうだよ」
お兄ちゃんはまだ納得していない顔をしている。
私は昨日の夜のことを思い出した。
やっぱり、お兄ちゃんにはもう少し考えてもらわないといけない。
強いし、頼りになるし、私たちを守ってくれる。
でも――
怖がる私たちの気持ちを理解するのは、まだまだみたい。
「お兄ちゃん、今日はちゃんと反省してね」
ある日のこと。
私はお兄ちゃんと一緒に過ごしていた。
いつものように、お兄ちゃんの側にいる。
私はお兄ちゃんのことが大好きだった。
だから、ふと思った。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「私、お兄ちゃんと結婚したい」
お兄ちゃんは少し驚いた顔をした。
それから、私の頭を撫でながら言った。
「大きくなったらね」
「……!」
私は嬉しくなった。
大きくなったら。
つまり、今はまだ小さいから駄目だけど、大きくなればいいんだ。
「わかった!」
私は元気よく答えた。
お兄ちゃんは、きっと約束してくれたんだ。
大きくなったら結婚していいって。
だったら、早く大きくならないといけない。
私は決めた。
いっぱい食べて、いっぱい寝て、いっぱい身体を動かして――早く大きくなる。
そして、大きくなったらお兄ちゃんと結婚する。
だって、お兄ちゃんが言ったんだ。
「大きくなったらね」って。
私には、それがちゃんとした許可に聞こえた。
だから私は、その日からずっと思っている。
早く大きくなって、お兄ちゃんのお嫁さんになる。
……お兄ちゃんは、その言葉が私にとってどれほど大切な約束になったのか、たぶんまだ知らない。




