ヒールの練習
翌日。
アレンは朝から悩んでいた。
「ヒールを完成させたい……」
昨日考えた回復魔法。
身体の自然治癒力を高めることで、傷を治す。
理屈としては分かる。
だが、実際に効果を確認するには、怪我をした人間に使ってみる必要がある。
「自分で怪我するのは嫌だしな……」
わざわざ自分の身体を傷つけてまで実験するつもりはない。
ならば、協力してくれる人を探すしかない。
アレンは村の中で魔法のことを知っている人間を思い浮かべた。
すぐに答えは出た。
「……カレンとリサだけか」
考えるまでもなかった。
魔法について秘密にしていないのは、その二人だけだ。
つまり、実質二択。
「カレンは……」
アレンは少し考える。
そして首を横に振った。
「可愛いカレンを傷つけるわけにはいかない」
残る一人は――。
「リサだな」
決定だった。
しかし、問題がある。
「リサ、ヒールの練習をしたいから怪我して」
そんなことを頼めるわけがない。
リサなら了承するかもしれない。
だが、そんな頼み方をするのもおかしい。
「軽い怪我をする状況を作ればいい」
アレンは考え込む。
そして、あることを思いついた。
「……そうだ」
*
昼過ぎ。
アレンはリサのところへ向かった。
「リサ」
「アレン?」
声をかけると、リサが振り返る。
「ちょっと一緒に来ない?」
「どこに?」
「美味しいキノコを見つけたんだ」
「キノコ?」
「うん。かなり美味しいやつ」
リサの顔が明るくなる。
「一緒に採りに行こうよ」
「いいの?」
「もちろん」
最近のアレンはダンジョンへ一人で行くことが多い。
そのため、リサと二人でどこかへ行く機会は以前より減っていた。
「行く!」
リサは嬉しそうに答えた。
「じゃあ、準備して」
「うん!」
アレンはその様子を見ながら、心の中で頷いた。
――これなら自然だ。
美味しいキノコを採りに行く。
その途中で、少しくらい怪我をすることもあるだろう。
それならヒールの実験ができる。
*
二人は村を出て、森の中へ入った。
最初のうちは普通の道だった。
しかし、奥へ進むにつれて道が悪くなっていく。
大きな岩が増え、足場も不安定になってくる。
さらに、草が生い茂っていて足元が見えにくい。
「この先だよ」
「本当にこんなところにキノコがあるの?」
「あるよ」
アレンは迷いなく進む。
実際には、目的の場所を事前に知っていた。
そして、その途中にはリサが転びそうな場所もいくつかある。
「気をつけて歩いてね」
「分かった」
そう言いながら、アレンは少しだけ前を歩く。
リサが足元の岩に気づかず、
「わっ!」
ぐらりと身体が傾いた。
慌てて手をつく。
「いたっ!」
「リサ!」
アレンがすぐに駆け寄る。
「大丈夫!?」
「うん……」
リサが手を見る。
小さく皮膚が切れていた。
「ちょっと切れてる」
「ごめん……」
「謝らなくていいよ。痛む?」
「ちょっとだけ」
アレンは心配そうな顔をしながら、傷を確認する。
――これなら試せる。
内心では、別の意味で喜んでいた。
「リサ、ちょっと魔法を使ってみる」
「魔法?」
「うん。昨日考えてたやつ」
アレンは傷口へ手を向ける。
「ヒール」
魔力を流す。
傷口の周囲へ魔力が浸透していく。
すると、傷の治りが明らかに早くなった。
「……え?」
リサが驚く。
切れていた部分が少しずつ塞がっていく。
「すごい……」
アレンも傷を観察する。
「……なるほど」
一瞬で傷が消えたわけではない。
だが、明らかに自然に治るより早い。
「ヒール……」
アレンは魔法の効果を確認する。
前世のゲームにあるような瞬間的な回復ではない。
むしろ――。
「リカバリーだな」
思わず呟く。
だが、すぐに首を振った。
「いや、ヒールでいいか」
名前を変える必要はない。
短いし、覚えやすい。
「アレン、治してくれてありがとう」
リサが嬉しそうに笑った。
「うん。よかった」
アレンは笑顔を返した。
そして心の中では、別のことを考えていた。
――成功だ。
*
「じゃあ、もう少し先に行こうか」
「うん」
二人は再び歩き始めた。
しばらくすると、今度はリサが草に足を取られた。
「きゃっ!」
転びかけて、膝を地面にぶつける。
「痛い……」
「大丈夫?」
「うん」
今度は膝に擦り傷ができている。
「ヒール」
アレンが魔法を使う。
傷が少しずつ治っていく。
「また治った……」
「どう?」
「もう痛くない」
「そう」
アレンは傷の変化を観察する。
そして、また気づいた。
「やっぱり、自然に治る力を強くしてるんだ」
昨日考えた通りだった。
ヒールは傷を直接修復する魔法ではない。
身体そのものが持っている回復力を高めている。
これなら、もっと大きな怪我にも効果があるかもしれない。
ただし――。
「もう一回試していい?」
「いいよ」
リサは素直に答えた。
アレンは何度かヒールを使い、効果を確認する。
傷が治る。
また少し歩く。
そして別の小さな傷ができれば、またヒールを使う。
そうして二人は目的地へ向かっていった。
*
「着いた!」
やがて、アレンが足を止めた。
「ここ?」
「うん」
木の根元を見る。
そこには、目的のキノコがいくつも生えていた。
「本当にあった!」
リサが嬉しそうに駆け寄る。
「いっぱいあるよ!」
「よかったね」
二人でキノコを採っていく。
リサは夢中になってキノコを集めていた。
しかし、しばらくすると――。
「……アレン」
「ん?」
「疲れた……」
リサがその場に座り込んだ。
「もう動けない」
「そんなに?」
「うん……」
アレンは少し考えた。
そして、ふと気づく。
「……あ」
ヒールを使ったとき、リサの傷は治った。
だが、そのたびにリサの動きが少しずつ鈍くなっていた。
「もしかして……」
アレンは仮説を立てる。
自然治癒力を強くするということは、身体が傷を治すために必要なエネルギーも増えるということではないか。
つまり――。
「ヒールを使うと、体力を使うのか」
「え?」
「いや、なんでもない」
これは重要な発見だった。
ヒールには代償がある。
傷を治せる代わりに、使用された側の体力を奪う。
大きな怪我なら、それだけ消耗も大きくなる可能性がある。
「今日は頑張ったね」
「うん……」
リサは疲れ切った様子で頷く。
「帰ったらお風呂に入って、疲れをとろう」
「お風呂……」
その言葉を聞いたリサが少しだけ元気になる。
「ほら」
アレンはしゃがんで背中を向けた。
「乗って」
「おんぶ?」
「もう動けないんだろ?」
「……うん」
リサはアレンの背中に乗る。
アレンはそのまま立ち上がった。
「よし。帰ろう」
「重くない?」
「大丈夫」
二人は来た道を戻り始めた。
アレンはリサを背負ったまま歩いていく。
すると――。
「……あれ?」
なぜか背中が少し温かい。
しかし、これから家へ帰って風呂に入るところだ。
その程度のことを気にすることもなく、アレンはそのまま歩き続けた。
「今日はいい実験ができたな」
「……アレン?」
「なんでもないよ」
リサはアレンの背中で目を閉じる。
二人はそのまま、村へ向かって歩いていった。




