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白い空間

白い。


 目を開けた山田一郎が最初に感じたのは、それだった。


 どこを見ても白い。


 床も、壁も、天井も見当たらない。


 ただ、上下も左右も分からない真っ白な空間だけが、どこまでも続いている。


「……ここは?」


 一郎が呟く。


 すると――。


「お目覚めになりましたか?」


 突然、後ろから声が聞こえた。


「うわっ!」


 慌てて振り返る。


 そこには、一人の女性が立っていた。


 長い金色の髪。


 白を基調とした美しい衣装。


 そして、現実では到底見ることのできないほど整った顔立ち。


 その女性は一郎の姿を確認すると、申し訳なさそうに頭を下げた。


「山田一郎様ですね?」


「……はい」


「突然このような場所へお呼びしてしまい、申し訳ありません」


「いえ……」


 一郎は困惑しながら女性を見る。


「あの……ここはどこなんですか?」


「ここは、あなたの世界と私たちの世界の境界にある場所です」


「私たちの世界?」


「はい」


 女性は静かに頷いた。


「私は女神です」


「…………」


 一郎は思わず黙り込んだ。


「……女神?」


「はい」


 あまりにも堂々と言われたため、逆に何も言えなくなる。


 そんな一郎を見て、女神は少し困ったように微笑んだ。


「そして、山田一郎様。あなたにはお伝えしなければならないことがあります」


「なんでしょうか?」


「あなたは、本来ならばまだ生きているはずでした」


「……え?」


 女神の表情が曇る。


「ですが、私の管理下で起きた事故により、あなたは命を落としてしまいました」


「…………」


 一郎は何も言えなかった。


「本当に申し訳ありません」


 女神は深々と頭を下げる。


「本来であれば、このようなことは決して起きてはいけないことでした」


「……そうですか」


 一郎は小さく呟いた。


 自分が死んだ。


 その事実を、改めて聞かされた。


「それで……俺はこれからどうなるんですか?」


「それについてですが……」


 女神が顔を上げる。


「私から、あなたへのお詫びをさせていただきたいと思っています」


「お詫び?」


「はい」


 女神は頷いた。


「あなたには、私が管理している別の世界へ転生していただきます」


「別の世界……」


「あなたが生きていた世界とは異なる世界です」


 女神が手をかざす。


 すると、白い空間に映像が浮かび上がった。


 見渡す限りの草原。


 深い森。


 石造りの建物が並ぶ街。


 そして、その空を飛ぶ巨大な生物。


「……すごい」


「あなたが転生する世界では、魔法や魔物が存在します」


「本当に異世界なんですね……」


「はい」


 しかし、女神は少しだけ表情を曇らせた。


「一つ、問題があります」


「問題?」


「その世界の文明は、あなたが生きていた世界ほど発達していません」


「なるほど……」


 電気。


 水道。


 冷蔵庫。


 電子レンジ。


 スマートフォン。


 当たり前のように使っていたものが、当たり前ではない世界。


 考えるだけでも、かなり苦労しそうだった。


「そこで、転生するあなたに一つ、特別なスキルを授けたいと思います」


「スキル?」


「はい」


 女神が手をかざす。


「名前は『マイルーム』です」


「マイルーム……?」


「あなたが快適に生活できるよう、あなたの前世での生活や記憶を参考にして作られた、あなた専用の空間です」


 女神の横に、一枚の扉が現れた。


 どこか懐かしさを感じる扉だった。


「この扉の先がマイルームです」


 一郎は扉を眺める。


「中には何があるんですか?」


「生活に必要な設備を一通り用意してあります」


「……かなり便利ですね」


「はい」


 女神は微笑んだ。


「ただし、何でも自由に増やせるというわけではありません」


「そうなんですか?」


「マイルーム内にある食料や日用品など、使用することで消費されるものは補充されます。しかし、その補充には転生先の世界で使われている通貨が必要になります」


「つまり……お金が必要、と」


「その通りです」


「何もしなくても生活できる、ってわけじゃないんですね」


「はい。あなた自身がその世界でお金を稼ぐ必要があります」


 一郎は少し考えた。


 確かに便利な能力ではある。


 しかし、何もせずに生きていけるほど都合のいいものではないらしい。


「それでも……十分ありがたいです」


「そう言っていただけると助かります」


 女神はほっとしたように微笑んだ。


「それでは、スキルを授けます」


 女神が一郎へ手を伸ばす。


 その手から白い光が溢れ、一郎の身体へと吸い込まれていく。


 痛みはない。


 ただ、自分の中に今まで存在しなかった何かが加わったような、不思議な感覚だけが残った。


「これで、あなたのスキルとして『マイルーム』が与えられました」


「ありがとうございます」


 一郎は素直に頭を下げた。


「こちらこそ……」


 女神もまた、頭を下げる。


「あなたの人生を奪ってしまったこと、本当に申し訳ありませんでした」


「……もういいですよ」


 一郎は苦笑した。


「こうして新しい人生をもらえるんですから」


「山田一郎様……」


「せっかくですから、今度は今までとは違う人生を楽しんでみます」


 その言葉を聞いて、女神は穏やかに微笑んだ。


「はい。どうか、あなたの新しい人生が幸せなものになりますように」


 その瞬間。


 一郎の身体が光に包まれた。


「それでは――いってらっしゃいませ」


 意識が遠ざかっていく。


 最後に聞こえた女神の声を残して、一郎の意識は深い闇へと落ちていった。


 こうして山田一郎は、新たな世界へと旅立った。

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