リサと水魔法
アレンが四歳になった。
転生してから、もう四年になる。
赤ん坊だった頃と比べれば、身体もずいぶん自由に動かせるようになった。歩くことはもちろん、走ることもできる。
言葉も普通に話せるようになり、村での生活にもすっかり慣れていた。
そして、四歳になったアレンには、もう一つ大きな変化があった。
「よし……順調だな」
村の外。
人目につかない場所に作った、小さな畑。
アレンはしゃがみ込み、土から顔を出しているじゃがいもの葉を確認していた。
この畑の存在を知っているのは、アレンとリサだけだ。
畑を作り始めてから、もう一年以上が経っている。
最初の頃は数えるほどしかなかったじゃがいもも、今ではかなりの数に増えていた。
この世界にも、じゃがいもは存在している。
決して珍しい作物ではない。
ただし、アレンが育てているものには大きな違いがあった。
地球で品種改良されてきたじゃがいもなのだ。
実際に食べてみても、ほくほくしていて甘みがあり、とても美味しい。
「これなら行商人にも気に入ってもらえるかもしれないな」
以前、村に行商人が来たときに考えた計画。
じゃがいもを増やして、余った分を売る。
その計画も、少しずつ現実になりつつあった。
とはいえ、まだ売る分を大量に確保できるほどではない。
これからも育てていくためには、種芋として残しておく必要がある。
「もう少し増やしてからだな」
アレンは畑を見渡した。
順調に育っている。
このままいけば、行商人に売る日もそう遠くないかもしれない。
その日の収穫を終えると、アレンは何個かのじゃがいもを持って帰った。
「これはマイルームに置いておこう」
アレンはマイルームへ入る。
自分以外には見えない、不思議な空間。
部屋の片隅に、収穫したじゃがいもを置いた。
「これなら邪魔にならないな」
マイルームなら、誰かに見られる心配もない。
アレンはそのまま部屋を出た。
それから数日が経った。
ある日、アレンは再びマイルームへ入った。
「あ」
部屋の片隅に置いたじゃがいもが目に入る。
「そういえば、ここに置いたままだったな」
一つ手に取る。
「……ん?」
アレンは首を傾げた。
おかしい。
数日経っている。
それなのに、じゃがいもに全く変化がない。
腐っていない。
芽も出ていない。
「なんでだ?」
アレンはじゃがいもを眺める。
外では確実に時間が経っている。
なのに、マイルームに置いていたものには変化がない。
「……まさか」
アレンは別の食べ物でも試してみることにした。
マイルームに置いて、時間を空けてから確認する。
結果は同じだった。
変化がない。
「……もしかして」
アレンは部屋を見回した。
「マイルームの中って……時間が止まってるのか?」
完全に時間そのものが停止しているのか。
それとも、マイルームの中にある物だけが時間の影響を受けないのか。
今のアレンには分からない。
ただ、一つだけ確かなことがある。
マイルームに置いた物は、外で時間が経っても劣化しない。
「これ……冷蔵庫より便利じゃないか?」
思わず笑ってしまう。
食料の保管場所として、これ以上ないほど便利だった。
「マイルームって、まだまだ分からないことがありそうだな」
そう呟いて、アレンはマイルームを出た。
その翌日。
いつものように、アレンはリサと一緒に秘密の畑へ向かった。
この一年、二人にはいつの間にか日課になっていることがあった。
畑の世話。
魔力操作の訓練。
そして、一緒にお風呂に入ること。
魔力操作の訓練も、始めてからすでに一年になる。
「今日もやるか」
アレンが手を差し出す。
リサがその手を握った。
二人で手を繋ぐ。
アレンは自分の魔力を意識し、それを少しずつリサへ流していく。
魔力を大量に送り込むわけではない。
リサの中にある魔力を刺激し、自分自身の魔力を感じてもらうための訓練だ。
始めたばかりの頃、リサは自分の魔力がどこにあるのかさえ、ほとんど分からなかった。
それでも、一日ずつ続けてきた。
そして一年。
「どうだ?」
アレンが尋ねる。
リサは目を閉じ、自分の中を確かめている。
やがて頷いた。
始めた頃と比べれば、リサの魔力量は明らかに増えている。
魔力を感じる感覚も、ずっと分かりやすくなっていた。
ただ――。
魔法そのものは、まだ一度も発動していない。
「焦らなくていいさ」
アレンは笑った。
「ちゃんと成長してるんだから」
リサも嬉しそうに頷く。
その日も、いつものように訓練を終えた。
そして畑の世話を続ける。
アレンが水魔法を使う。
「ウォーター」
手元から水が流れ出し、畑の土へ染み込んでいく。
リサはその様子をじっと見ていた。
この光景も、もう何度見たか分からない。
そんな中――。
「……」
リサが手を前へ伸ばした。
アレンは少し離れたところから見守る。
いつもの練習だ。
今日も何も起こらないだろう。
そう思っていた。
しかし――。
「……え?」
リサの手の前に、小さな水滴が浮かんだ。
ほんの一滴。
アレンは目を見開いた。
水滴は空中で小さく揺れ――。
ぽたり。
地面に落ちた。
「……!」
アレンは思わず声を上げた。
「リサ、今の見たか?」
リサ自身も、自分の手を見つめている。
何が起きたのか、本人も理解できていないようだった。
「もう一回やってみよう!」
アレンが促す。
リサは頷いた。
もう一度、手を前へ伸ばす。
集中する。
すると――。
ぽたり。
今度も小さな水滴が生まれた。
「やった!」
アレンは思わず声を上げた。
「リサ、魔法が使えたぞ!」
リサは驚いた顔をしたあと、嬉しそうに笑った。
「もう一回!」
今度はリサのほうから手を伸ばしてきた。
「よし、やってみよう」
二人はその場で何度も練習した。
まだ小さな水滴しか出せない。
それでも間違いなく、魔法だった。
一年間続けてきた鍛錬が、ついに実を結んだ。
リサは何度も自分の手を眺めている。
よほど嬉しいらしい。
アレンも自然と笑顔になっていた。
「よかったな、リサ」
そのときだった。
「……ん?」
アレンはふと、リサの足元を見る。
地面が濡れている。
「……あれ?」
アレンは首を傾げた。
リサの手元に出現した水滴は、ほんのわずかだった。
それなのに、足元はそれよりも広い範囲が濡れている。
「……なんで足元のほうが濡れてるんだ?」
アレンはもう一度、手元と足元を見比べた。
やっぱりおかしい。
魔法の水より、足元の濡れている範囲のほうが明らかに広い。
「……?」
リサも足元を見る。
アレンは少し考えた。
初めて魔法を使ったから、上手く制御できずに別の場所にも水が出たのだろうか。
しかし、よく分からない。
「まあ……初めてだしな」
アレンは深く考えるのをやめた。
「それより、今日はもうお風呂にするか」
「うん!」
リサは元気よく頷いた。
魔法が使えるようになったことが、よほど嬉しいらしい。
アレンも笑いながら片付けを始める。
畑の作業を終えた二人は、いつものように一緒にお風呂へ向かった。
それもまた、二人にとって一年間続いてきた日課だった。
今日のリサは、いつも以上に嬉しそうだった。
初めて自分の力で魔法を使えた。
その喜びを胸に、二人はいつもの一日を終えるのだった。




