事案第二十七号「時間」(4)
ランチを堪能したわたしたちは、大将さんのお見送りを背に店を後にした。
おなかいっぱいで満足そうな白瀬先パイを先導して向かうのは、巨大な雑貨屋さんや家電量販店が入った百貨店。とりあえずここならいろんなものがあるだろうということで。
以前に、白瀬先パイとイヤホンを見に来たりしたあの電気屋さんの入っている百貨店。そういえばあの日、初めて口唇同士が触れあって、ノーカウンにしたんだっけ。
「どうしたの、綾街。急に赤くなって」
「ああ、いえ。思い出の場所になったんだなって思って」
「このデパートが?」
「どちらかと言えば、その後です。先パイのお古のイヤホンとか」
言わんとしたことが伝わったのか、白瀬先パイは顔を背けた。
「ま、まあ。うん。そうね」
「あー、何を想像してるんですか? 先パイのえっち」
「あれはそこまでじゃないでしょ!」
ムキになる白瀬先パイが愛おしい。
チークなんて塗ってなくたって、ほっぺたが真っ赤になっていて。
「あれ、そういえば先パイ、お化粧してるんですか?」
「してるよ。バレエで厚く塗るのに慣れてるから、ナチュラルにするのが難しくって。変かな」
百貨店の明るい店内で見ると、確かにいつもと肌の質感とか、目元の印象がキリッとしていたりとか感じる。お化粧が禁じられている校則に抗ってグラデーションレンズごまかしているような普段の白瀬先パイから考えると……同衾した夜の間近見た肌や目尻とは、違いが歴然だ。
「お化粧の良し悪しはわたしにはよくわからないですけど、先パイらしいんじゃないでしょうか」
「そ、そうかなあ」
照れってれだ。
そういう仕草がいちいちかわいいの、不思議だなって思う。いつもは姿勢良く、凛と立つダリアみたいなのに。
シトラスの香りがするダリアっていうのは、おかしい気がするけど。
「プレゼント、デパコスにします?」
「ねーちゃんに使われそうだな……そういえばさ、誕生日のときにヘアミストとかくれたじゃん。あのブランドって化粧品もあったよね」
「それだと駅ビルの方になっちゃいますね」
「綾街のプレゼント、ジャンルが決まってないなら雑貨屋でも先に見ようか」
白瀬先パイがいいならと、そのまま大手雑貨店の入っているフロアに行く。
たしかにわたしが興味あるものはいっぱいある。ニッチすぎる場所の掃除道具だとか、ハンドクラフトの部品だとか、譜面台だとか。
だけど、そのどれもが、クリスマスプレゼントという文脈にそぐわない気がしていた。
というか、別にそこまで物欲が旺盛なわけではないし、プレゼントって、希望を聞かれると困るのが常だった。
だからと言って現金を、っていうのは絶対に違う。
どうしたものかなあ、と思いながら、なんとなく手芸コーナーを覗く。
サテンのリボンや、単色の組紐なんかもあるようだ。
「リボン、欲しいの?」
「いえ。今日のリボンはクリップ式で、このボレロに付いてきたものだったので。宇和さんたちはここで買ったのかなって思って気になったんです」
ふうん、と、白瀬先パイは意味深に唸る。
なんだろう? 何か言いにくそうにしている。
「……ねえ、白瀬先パイ。わがまま言ってもいいですか?」
「いいけど、どうした?」
「とりあえず、駅ビルに行きましょうか。白瀬先パイのプレゼントを見に」
駅ビルまではエレベーター待ちや、交通量の多い道路の横断などで、たった一本の道路を経た場所にあるのに相応に時間が掛かってしまった。
わたしのわがままの信憑性もこれで高くなるというもの。
ただ、お目当ての商品はすでに決まっていたらしい。
「予算は?」
「お年玉の残り全部です」
「聞いた私が野暮だった」
一通りとまではいかないけど、白瀬先パイが気になっていたという化粧水を渡すことができた。
店員さんがアドバイスをしてくれたのも大きい。
「一香ちゃんの紹介なら、いつもよりちゃんとご案内しないとね」
なんて言われたものだから、白瀬先パイには上客なのかと疑われたけど。
「母が、こんなハイソな売り方になる前から、継続しているってだけですよ。わたしは小さい頃から着いてきてただけです」
すぐ近くの喫茶店に落ち着いてから、そう話した。
「なんだかんだ、親の力で生きてますね。わたしって」
コーヒーに乗った生クリームを崩しながら言うと、白瀬先パイは小さく嘆息した。
「去年まで中学生なんだし。そんなもんでしょ。姉ちゃんだっていまだに自分で洗濯しないし」
「それは先パイの反抗期と違って、お父様の服と洗うのを嫌がらなかったからでは」
「そうなんだけどさ」
紅茶に浮いたレモンスライスを避けて、一口をすする。鳩羽色のワンピースが相まって、何処のご令嬢や、という感じ。社長令嬢なのは違いないか。
「それで、綾街のわがままって?」
ティーカップを置く、かちゃんという音。
まるで火蓋を切ったかのような堅い音に、わたしの肩にも力が入った。
そっと、ポニーテールの根元に手を伸ばす。
クリップをはずして、
「こういう便利グッズじゃないのが欲しいです」
じっと、白瀬先パイのレンズの奥を見る。
アンダーリムは、店内のオレンジ光をわずかに反射させていた。
「綾街ほど、意味を知らない人はいないか」
「そうですね」
「いつ使うの?」
「模試とか、気合いを入れるときに」
「普段は?」
「ポニーテールにこだわっちゃうとヘアアレンジっていうものがしづらくなっちゃいます。わたしはせっかく伸ばしてケアしてるこの髪、気に入ってるんです」
ただ。
「気に入っている髪に、先パイの気持ちをひとつ、飾れたら素敵だなって」
ユリギノ女学院で赤いリボンを身に付けるのは、エスの関係があると公言するような行為。伝統。
不純異性交遊疑惑をかけられたわたしが身に付けるには、まださめたほとぼりにはなっていない。
だけど。
恋人にはならないわたしたちの共犯関係を、何か形にしたいと思ってしまったんだ。
女神様が見守っているからじゃなく。クリスマスっていう異教のお祭りで。
「……実は悩んでいたんだけどね」
そう言いながら、白瀬先パイは包みをひとつ、テーブルに置いた。
白い包装紙に、こんもり丸いフラワーリボン。カーネーションかな?
「綾街が撫子って呼ばれてるから、近縁種のカーネーションを貼ってみた」
些細な心遣い。わたしが孤高の撫子だの黒撫子だのと呼ばれるのを苦々しく思いつつも、ちょっとだけ好きになっちゃってるのを見透かされているみたいだ。
「開けて良いですか」
「どうぞ」
頬杖ついてそっぽを向いている。かわいい。
さて。丁寧に開けるのが苦手なわたしは、それでもちょっとずつテープを剥がしていって。
白く素っ気ない化粧箱を、開いた。
思ったとおりだ。
サテンの艶。
深い臙脂と言うよりは、微妙な差かもしれないけれども、小豆色。制服と同じ色のリボンだ。いや、組紐?
伝統では、組紐は千歳緑と生成り。臙脂はシルクのリボンだ。
白瀬先パイのこれは、そのどちらとも取れるような逸品ではないか。
「まさか、先パイが編んだんですか?」
「まあね」
「着けてみて良いですか」
「どうぞ」
思わず、ふふっと笑ってしまった。薄グレーの瞳が、レンズの向こうからこっちを睨む。かわいい。
ゴムで結わえた髪に、リボンを巻いていく。
大きめの蝶結びをしても、垂れ下がるテールが肩に触れるかどうか。
「長いですね」
「ん、そうね」
「似合いますか?」
ちょっとだけ首を傾けると、ポニーテールと一緒にリボンも揺れたことだろう。
「言わなくても良いじゃん」
「だーめ。先パイの口から聴かせて」
はっずかしいこと言ってる!
でも、聴きたいんだ。白瀬先パイの声で、かわいいって。
「……キレイだよ。一香」
……名前呼びは反則!




