↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
84/98

事案第二十六号「無断外泊」(4)

 白瀬先パイのことが好きだ。


 これは紛れもない事実と実績の積み重ね。

 だって。


 脱衣所にわたしの痕跡を見つけた瞬間に、お母様へと苦情を言いに行ったんだから。

 ラブコメ小説だったら、見開きの挿し絵でヒロインの裸が描かれるところ。この場合は白瀬先パイ裸か。


 見ておけばよかったか?

 べつに、そんなに裸に興味ないからなあ。


 あ、でも白瀬先パイから見ると、ヒロインはわたしか。

 見開きで、ちんちくりんのまな板が描かれる。需要がなさそうだ。


 結論。

 白瀬先パイは見事に危機を回避してくれたので、そういう機転の利くところが大好きなのである。


 なんてことを、りりちゃんに髪を乾かしてもらいながら考えるわたしは、なんて罪作りか。

 悪女だ。

 不純異性交遊の疑いもやむなし。


「いっちゃん! なに考えてる?」

「大したことじゃないです。あ、そろそろ冷風にしてください」

「熱い方が早く乾くよ」

「髪の毛はタンパク質なので、熱しすぎは良くないんです」

「mmh...だからいっちゃん! は黒絹みたいな髪なのか」


 言ったとおりに冷風に切り替えてくれると、わたしの頭も火照りが取れていく。

 腰にまで届くロングヘアは、本当に手間が掛かる。髪を乾かすのに何時間掛かるんだって思うくらい。

 りりちゃんもきっと、こうかいしていることだろう。


「次はヘアオイルです」

 お母様から借りたヘアオイルは、いつもわたしが使っているものと同じブランド。ミュゲの香りは共通だけど、シトラスは新鮮な香りに感じる。

 たまに白瀬先パイから香る香りだ。


「ふふっ」

 思わず、笑みがこぼれる。白瀬先パイにくっついてもらってるみたいな多幸感。

「いっちゃん! いいにおい」

「そうでしょう。母さんが髪にはいくらでもこだわれって言うから、普段はたっぷり使ってますよ」

「今日は少ないの?」

「さすがに遠慮します」


 遠慮と言えば、いただいたのはなんとお泊まり着替えセットで。

 サイズが大きいパジャマに、胸が浮くサイズのカップ付きキャミソール。揃いの色のショーツまであった。

 照れくさい。

 身体のサイズが知られてしまったこともそうだけど、お母様にはわたしがどんな下着をつけているのか、ばれてるってことだから。


 まあ。

 白瀬先パイにブラを買いに行くのに着いてきてもらったんだから、一緒なんだけど。

 ジャストフィットの自選か、サイズ違いの他選かの違いは大きい。


「こうして髪につけると、潤うんです。日本人の髪に合わせたブランドだから、りりちゃんには合うかな」

「半分ドイツ、八分の三アメリカ系オーストラリア、八分の一日本人だからダイジョーブ」

 こうやって聞くと、りりちゃんはトリリンガルになるべくして生まれた血筋だと思う。

 留学してきた頃に比べて格段に聞きやすい発音になったし、気になるのはいつも「いっちゃん!」と力強く呼ばれることだけだ。


「ねえ、わたくしがこれ以上素敵になったら、いっちゃん! とわたくしとでアイドルデビューできちゃうんじゃない? 白百合と黒撫子って」

「そのまんまじゃないですか。黒撫子とか言われてるの、本当に恥ずかしいんですよ」

「いっちゃん! のかわいい雰囲気に合ってるよ。もちろんわたくしの派手で白いところも!」

「りりちゃんって、自己肯定感が強いんですね」


 指摘に対してりりちゃんはにっこり笑顔で、

「だって、わたくし、自分を誇れると思っているから」

 などと朗らかに言うのだ。


 なんとうらやましいことか。

 わたしだって自分のことは嫌いじゃないし、誇れるもののひとつやふたつ、ある。りりちゃんが誉めてくれた髪だってそうだし、校内でなかなかの好成績を収めている自分のがんばりだってそう。

 揺貴町の歴史を調べていることだって、なかなかこんな高校生はいないだろうって思う。


 ……まあ、白瀬先パイと違って、習い事はからっきしだったけど。ピアノもそこまで上手にならなかったし。水泳は水没してから行ってない。走り方教室でフォームだけ綺麗になった。ソフトボール投げの記録もマイナスだし。


「……わたしは自己肯定感が低いのかな」

「いっちゃん! は、評価を気にしないだけよ。わたくしがかわいいって言ったり、きーこやウワーに推しって言われたって喜ばないでしょう? いっちゃん! は、あー…… All the world's a stage,And all the men and women merely playersはなんて言うかな」

「全ての世界はステージ。そして、全ての男と女は単にプレイヤー?」

「なんか、わびさびが違う」


 わびさび?

 と思いながら検索してみると、どうやらシェイクスピアのようだ。


「As you like it.いっちゃん! は、好きなように、過ごしているからなんじゃないかな」

 りりちゃんなりの慰め、あるいは励ましなのかな。

 どうして出会ったばかりなのに、りりちゃんはわたしを良い方に、良きように見てくれるのだろうか。そういう気質なのかもしれないけれども、だとしたら底抜けにいい人じゃないかな。


 彼女は彼女だから。それが、マキナ・ジョーンズの遺志を継ぐとか、そういう血筋だっていうのはあまり想像したくないけど。

 だけど、マキナ・ジョーンズとりりちゃんの気質が似ているんだとしたら、種生蒔菜はどれほど心強かったことだろう。


 わたしにとっての白瀬先パイみたいに。

 りりちゃんも誰かの光になれるんだろうな。


◆


 深夜近く。

 パーティの片付けと全員のお風呂が終わって、早々と寝室に戻られた白瀬先パイのご両親を見送ると。


「さて、どうやって寝ようね」


 りりちゃん。白瀬先パイ。そしてわたしの三人が、リビングでゆったりと過ごしていた。

「なんだか、ふだんは制服で顔を合わせているおふたりと、パジャマ姿でご一緒なんて。ちょっと面白いですね」


 プレゼントしてもらったピンクのパジャマと、白瀬先パイは色違いの白を着ている。同じ型のはずなのに、全然違うデザインに見えるくらいには、十センチの身長差というのは大きい。

 その差は、白瀬先パイとりりちゃんの身長差でもある。


 白瀬先パイだって、引き締まった身体だっていうのに、りりちゃんはさすがというかなんというか。

 人種差別的なことを言いたいわけじゃないけど、本当にわたしと同じ生物なのか疑わしいほどの差がある。

 そんなわたしとは極地にあるグラマーさんは、冬だっていうのにTシャツにハーフパンツで寝るらしい。


「りりちゃん、寒くないの?」

「ニッポンのお家は、熱いくらいよ。地獄でも近くにあるの?」

 冗談めかして言うけれど、話を聞くにオーストラリアの一般家庭は断熱材なんか入ってない家で暮らしているらしい。

 そうやって言われると、中学校の頃に見学した博物館の、開拓期の長家を連想してしまう。


「だとしても、もうちょっとゆったりしたのを着たら? って聞いたんだけどね」

 デカフェのコーヒーで淹れたカフェオレに呆れた様子で口を付け、白瀬先パイはほっと息をついた。

「イトコは薄着がお好きらしい」


 身体のラインがしっかり拾われていても、問題ないということなんだろう。

 お国柄なのか、それこそ自己肯定感なのか。


「シラーセも、レオタードやチュチュで慣れてるでしょ?」

「私服は別さ。叶うならきっちり書生としてすごしたいくらいなんだよ」

「今度おそろっちしようよお」

「綾街としなよ。私に露出は似合わんから」

「いっちゃん! もしないでしょ」

「はじめて一緒に出かけたときは、綾街はヘソ出しだったし、夏にあったらぴったりサイズのノースリーブだったよ」


 プラチナブロンドが跳ねるような勢いで、りりちゃんがこちらに詰め寄ってきた。

「おそろっち! クリスマスプレゼントに明日、買いに行こう!」

 ええ……。

 確かに、夏までのわたしは露出が多かったことは認める。

 だけどそれはファッションの研究が出来ていなかった


「全身はちょっと。りりちゃんとお揃いでサイズが合うもの無さそうですよ」

「じゃあ、おそろっちのジャケット!」

「そのくらいなら良いかもしれないですけど」

 白瀬先パイを見る。

 なんだかニコニコしているのは、夏の段階で誰にも見せないようなアイテムで、お揃いしているからなのかな。


 ちょっと意地悪を思いついた。

「ね、りりちゃん。下着もお揃いにしませんか?」

 案の定、白瀬先パイはコーヒーでむせた。

「下着? いいけど、わたくしと同じデザイン売ってる?」

 自然にりりちゃんの手がわたしの胸をむんずと掴ん――、虚空を切った。


「いっちゃん! ……ごめんね」

「触りたいなら、どうぞ」

 胸を張ってみせると、白瀬先パイが「うわー!」と叫んだ。

 もう。かわいいな。


「なんですか、先パイ」

「あ、あやまち……職員会議でもそうだったけど……もっと自分の身体を大事にしなさい!」

「あははっ! なんでシラーセが顔真っ赤にするの! いっちゃん! の冗談でしょ?」

「冗談でもやっていいことと悪いことがあるでしょうが」


 もうっ。と、鼻息荒くした白瀬先パイが、むんずと掴んだカーディガンでわたしを包んだ。

 むわっと、籠もったシトラスの香り。それは、先パイの。


「……りりちゃんが見てますよ、先パイ」

「いーや。イトコも綾街のことを狙ってると、今、認定した。綾街は私のだ」

「先パイのものになった覚えはないんですけど」


 ちょっと意地悪かもしれないけど、身を捩り、白瀬先パイにだけ聞こえる小声で、


「キスしただけの、共犯者ですもんね」


 飛び退いた白瀬先パイの顔が、ケーキに載ったいちごみたいで。

 あまりにもおかしくって、りりちゃんとふたりでけらけらと笑い転げてしまった。


◆


 十二時を越えて、もう眠たいからとりりちゃんが部屋に引っ込んでしまった。

 リビングに残ったのはわたしと白瀬先パイだけで。


「どうやって寝るって、決めてなかったね」

 ふたりで食器を洗いながら、ぽつりと白瀬先パイが呟いた。


「わたしは肌掛けでも貸してもらえたら十分ですよ」

「お客さんにそんなことできないでしょ」

「随分と、お客さん扱いされていない気がしたんですけど。あ、良い意味で、ですよ。すごく、暖かかったです」


 だからこそ、明日家に帰ったら、寒々しいのだろうなって、想像がつく。

「綾街は私の部屋で寝るといいよ。私は、リビングで寝るからさ」

 だからそんなことを言う白瀬先パイが信じられなくって、

「いやです」

 考えもせずにそんなことを言っていた。


「せっかく白瀬先パイと一緒に夜を過ごせるんですよ。いっそのこと寝ないって手もあるじゃないですか」

「かわいいことを言ってくれるけどさ、流石に眠たいよ。綾街だって、今日はいろいろ疲れたでしょ」

 そんな風に諭されるとそんな気がしてしまう。

 流されやすいわたしだ。


「じゃあ、別々の部屋で寝るなんて言わないでください。寂しいじゃないですか」

「マジでかわいいこと言うじゃん」

 手を拭き、白瀬先パイはわたしの頭をぐっと抱き寄せて。

 水が跳ねた。


「わっ」

「大丈夫だよ」


 耳元で囁く、低い声。

 どんな顔してやってるんだと、ちらりと見上げると、そっぽを向いた。

「あ。なんで背けたんですか」

「背けてない。ずっとあっち見てた」

 手を伸ばす。

 背が高いって言ったって、十センチくらい。


 頬に触れて、こっちを向かせる。

「……綾街。一応さ、親の寝室まで声が、聞こえやすいから。これ以上は部屋で」


 アンダーリムの眼鏡の奥、どこか血走っているグレーの瞳。

 何を考えているんだか。


「じゃあ、お布団行きましょうか」

「うん。とりあえず私の部屋で、続きしよ」


 なんだかその言い方が、やらしくて。

 いつだかに読んだ恋愛小説だとかを、思い出す。


 その後の展開は。


 ……あれ。

 ホワイトクリスマスで、ふたりで寝るの?


 ……あれあれ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。