事案第二十六号「無断外泊」(3)
パプリカの入った色とりどりのサラダ。
クラムチャウダー。
なんと手作りのローストビーフ。
シカゴピザのお店のロマリアの窯から届いたバジルとモッツァレラ。
こちらも手作りだというブッシュドノエル。
そして、わたしが作ったザンギ。
「無くても、十分な量があったんじゃないですか?」
わたしの疑問に、輝美さんがそっぽを向いた。
「だって。義妹と楽しくお料理したかったんだもん。しーちゃんは料理できないし」
できらぁ! と遠くで反論する白瀬先パイはきっと料理ができないんだろう。
出来るわけないじゃんねと、輝美さんは苦笑しながら洗い物を始める。
「輝美さん、わたしはいもうとではないんですけど」
その横で、洗い終わりの食器を拭き上げながら訂正を入れた。
「いいや、いっちゃんのことはもう、そうやって見てる。それとも、何? 私の彼女になる? むしろなってよ」
ぐいっと顔を寄せられる。
毛先が金色なだけで、白瀬先パイとそっくりな顔が寄せられると。どぎまぎしてしまう――かと思ったのに。
香りが違うんだよな。
不思議だ。同じ柔軟剤の香りだと思うんだけど。
「わたし、だれかとお付き合いするつもりはありませんから」
「なんだあ。いっちゃんがその気なら私は一向に構わないのに」
心底残念そうに言う輝美さんに、ある種の疑問が浮かぶ。
それを直接聞いて良いものか。どうなのか。
「……輝美さんは、その、嗜好が女性に向いているんですか?」
わたしが掛けられた不純異性交遊の疑いは、その実、白瀬先パイとの関係を揶揄したものでもあったはず。
なにせ、ビラには綾街一香はレズだとしっかり書かれていたのだから。そのうえで、異性とは、不純とは、みたいなところを持ち出して、最終的にスカートとタイツを脱ぐことで潔白を証明してみせた――と思っているんだけど。
一方で、輝美さんはそんなことを気にしていなさそうだった。
「どうなんだろうねえ。彼氏もいたことあるし、彼女もいたけど。あ、今はフリーだから、いっちゃんを口説いても浮気にならないからね」
「そこはどうでもいいんですけど、男性と女性、どっちがいいとか、そういうのは無かったんですか?」
疑問に、真摯に向き合ってくれる。
こういうところは、姉妹そっくりなんだなと思う。
「そうだねえ。一緒にいて気持ちが良ければ、って感じかな」
「気持ちがいい……?」
「居心地とか、身体の相性とか、色々あると思うんだけどさ。いっちゃんはしーちゃんとエッチした? してないか、その顔だと」
「……そういうのが、よくわからないんですよね」
「キスはしたんでしょ?」
「輝美さん。お付き合いもしてないんですよ、わたしたち」
したとかしないとかは答えていないけど、輝美さんは「そっかあ」とぼんやり呟いた。
蛇口の水が油汚れの残る鍋を撫でる十秒。
輝美さんは、「そっか」とまた零して、蛇口を止めた。
「まあ、個人的な見解だけどね。高校生で焦る必要なんか、一ミリもないよ。大学に行っても、身持ちは堅くしておいてね。ほら、いっちゃんって大和撫子って感じだから、そのままでも引く手あまたになっちゃうだろうし」
そういうことも、あるのだろう。
わたしはこのまま、白瀬先パイと曖昧な関係、つまるところの共同正犯のままでいて、いいのだろうか。
いいはずだとか、ダメだとか、ここで断じるつもりはない。
最終的に、不純異性交遊に関する校則をなんとかして、第二第三のわたしが出ないようにしたい。そのために、言うべきか。
それは問題になるんだろうな。
「ま、その気になったら私に言いなよ。男の子との付き合いかたでも、女の子との付き合い方でも――しーちゃんとの関係の相談にも乗るし。なんなら、ただれた関係でもいいよ」
とんでもないことを言う女だと思う。
「あはは……考えておきますね。最後のだけは、こう見えてもわたし、特待生なものですから。品行方正に生きて行かせてもらおうかと思いますけど」
「なによう。せっかくのホワイトクリスマスに告白されたってのに、クールな女だわね」
汽車がとまるほどの地吹雪の日をホワイトクリスマスという感性。
そういうセンスが好きだけど、白瀬先パイと一緒にいるような、すきだなあ、って言葉が自然と溢れるような感じじゃない。
顔が一緒でも、こういう感情になるんだなって、ちょっとした発見をした気分だ。
「さて、食べようか。私、お酒飲んじゃおうかなあ。ママー、お酒どうする?」
リビングでりりちゃんにリバーシを挑まれていたお母様から「ハイボール」と短い答えに、輝美さんは「めんどくさっ」と吐き捨てた。
食卓は和やかで、明るくて、わたしが揚げたザンギはりりちゃんが一人で食べちゃうんじゃないかってくらい大当たりした。
「いっちゃん! シェフになろう」
「ちょっとだけ考えたこともありますけど、親の七光りは嫌ですね」
「ナナヒカリ……ユキヒカリみたいなお米?」
英語圏に適した言い回しがないのかと、気付いてもどう訳したものか。む、と考えてしまったところに、白瀬先パイが助け船を出してくれる。
「I don't want to use my family's fame or connections.家族の名声やコネを頼りたくないんだって」
「そうです、それです」
「さすが英文科」
ほろ酔いになった輝美さんがザンギを箸で割りながら、にまっと微笑んだ。
「しーちゃんはホントは真面目でいい子でさあ。バレエだって、オデットを演るにはまだ一歩足りないけど、オディールとしては寒雁で右に出るものはいないって絶賛されて! 一人二役が基本の役を、しーちゃんのために別キャストにしてくれたのよ!」
ほろ酔いを通り越している気がする。
「恥ずかしいからやめてよ」
そっぽを向きながら白瀬先パイは、ミックスナッツをわざわざ音を立てた。
「綾街は白鳥の湖、どうやって配役されるかしらないでしょ?」
「たしか、白鳥と黒鳥は一人二役ですよね。それを先パイのために曲げたんですか」
「そう!」
輝美さんが今日一番で大きい声を出した。
「一人のスターだけを目立たせるのではない。だから、白鳥の素晴らしい演技力を間近で感じてもらって、秋穂白瀬の傑出した技術力に磨きをかけてもらいたい! だっけ」
「まあ、オディールもオデットも演じるつもりだったんだろ生意気っていじめられたけどね」
乾いた笑いをオレンジジュースで飲み込んだ白瀬先パイは、バイカル湖さながらに深いため息をついた。
「シラーセは、もう踊らないの?」
リリちゃんの問いかけは、白瀬先パイにとっては頻出の問題だったのか、間髪を入れず首が振られた。
「髪も切っちゃったし。去年は結構トレーニングして、怪我する前の筋力とかは戻ったはずなんだけどさ。しっくりこないんだよ」
「じゃあ、お芝居やったら?」
お芝居? と、皆がりりちゃんに視線を向けた。
「バレエで練習した技術が、板の上で役立つと思うの。興味ない? 妖精王のいたずらとか、家と家の争いで結ばれない運命とか」
「結ばれない運命を追いかけるのは、ユリギノさんで十分だよ」
「門の上で屍から髪の毛を抜くかもしれませんよ」
「やだよ怖い」
割と本気なわたしのアイディアも一笑に付された。
けれども、ほろ酔いの輝美さんが聞き逃すはずもなくて。
「おうおう、いっちゃんの提案を蹴るんだら、お姉ちゃん考えがあるぞぉ」
「なによ、入ってこないでよ泥酔してんだから」
「いっちゃん! デースイって?」
「泥のように酔っぱらうと書くんです」
「泥酔いのほうがよくない?」
「日本語にも歴史があるんです」
「なんのはなししてんのよいっちゃん~。生意気な口唇は、私がきっすで塞いじゃうぞ」
「間に合ってます」
本当に、りりちゃんの言うとおり「泥酔い」が合っている気がする。
そんな状態の輝美さんはここにいちゃいけないと、白瀬先パイとりりちゃんが部屋に連れて行ってしまった。
まったく、嵐のようなパーティだ。
楽しくて。暖かくて。
中学三年間で迎えたクリスマスを掛け合わせたくらいじゃ、比較にもならないほど。
窓の外を見る。
雪がちらつくほどに収まっていて、街灯のオレンジがきらきらと輝かせている。
遠く、JRの線路は薄暗くて、まだ復旧していないのだろうことが想像できた。
本当にここで、泊めてもらっちゃうのかな。
「一香ちゃん」
そっと、キッチンからお母様が顔を出していた。
盛り上がる娘たちを気にして、部屋に籠もってくれていたんだ。
「はい、これ」
何やら、ゴキゲンな包装紙に包まれたものが、差し出された。
ああ、そうか。クリスマスプレゼント。
なぜかいただけるのかな。
「これね、一香ちゃんがお泊まりに来たときのためにって、昨日買ってきたのさっそく活躍するわ」
「え、そんな。クリスマスプレゼントだと思ったら受け取ってもいいのかなって思った矢先なんですけど」
わざわざご用意されるのは、想定外!
「いいのよ。本当に、しーちゃんのお友達が来てくれて嬉しいんだから。バレエのことからずっと塞ぎ込んでいたから、貴女がしーちゃんの光になってくれたって、てるちゃんとも話してたの」
なんだか気恥ずかしいな。
ついつい、無言になってしまう。手持ち無沙汰な手が、髪の毛梳くがままに、もじもじ。言葉が出ない。
「歯ブラシと、ヘアミストとかもあるからね。前にしーちゃんにプレゼントしてくれたでしょ。私も気に入っちゃって、香り違い買っちゃったからシェアしよ?」
「そこまでしなくても、って言っても、遠慮するなって言いますか?」
「もちろん」
「じゃあ、ありがたく。ありがとうございます」
頭を下げただけのつもりが。
いつの間にか脱衣所に放り込まれ、お風呂から上がるまで着替えを渡さないなんて脅しを受けてしまった。
しかたがない。
別に、職員会議でスカートを脱いだわけだし、スーパー銭湯だって行くんだし、なんならタオルだって多めに用意してくれているっぽい。頭に巻けるよってことだろう。
いつもと違うシャンプーとトリートメントが合わないなら、明日でも明後日でも美容室でケアしたらいい。
あとでリカバリーできることなら、ご厚意には甘えに甘えるのが礼儀ってやつだと思う。
いざ。
身体を洗い、湯船に浸かる。
「しーちゃん、お風呂入っちゃいなさい!」
「はーい。あれ、綾街は?」
なんか陰謀が蠢いている気がするっ!




