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参考メモの四「しらせ」(2)

「もしもし、トモミ? 頼みがある、パソコンか何かで、印刷を頼みたいプリンターがあるんだ。そう、多目的室の裏の倉庫。イトコがいるからわかるはず」


 秋穂白瀬が願いを伝えると、多田野朋美は二つ返事で動き出した。


「ねーえ、マイコー。ノーパソ使ってる?」

 スタジオ室でラジオドラマの編集作業を行っていたマイコーと呼ばれた生徒は、またなにか始まったなとニヒルな笑いを返す。


「おもしろいこと?」

「そ。うちの白瀬がさ、多目的ホールのプリンターを使えるか確認したいんだって」

「秋穂さんが? 図書委員でしょ。ないの、図書室に?」

「知らんけど」

「まあ、見に行ってやろっか」


 やれやれと重い腰を上げて、ノートパソコンを小脇に抱える。

「なんかケーブルいるかなあ。一式持って行くか」

 そこはさすがの放送局員、むんずと掴んだ紙袋の中身は黒くとぐろを巻くケーブルの束だ。だが、

「マイコー、それキャノンじゃない?」


 ふんと鼻を鳴らしたマイコーは、

「フォンもあるけど」

「普通USBじゃない?」

「シリアルかもしれないじゃん」

「そのノーパソに、シリアルだかコーフレークだかは付いてるの?」


 マイコーは黙って紙袋を置いた。


◆


 秋穂白瀬、イトコ・リリーバーグと多田野朋美らがそれぞれに動き始めたころ。


 多目的ホールの壁際で、滑舌練習をしていた芝崎千結は、収納庫でごそごそしている人物の気配を感じ、何事が起きたのかと気になっていた。

「こら、千結! 集中!」


 上級生に叱られ、「あいうえお、いうえおあ」とノンブレスで繰り返し発音するが、やはり気になる。


「はあ……千結、腹でも痛いの?」

「うぇお? あい」

「なんだその、中途半端な返事」

 苦笑する上級生。


 だが、確かに芝崎千結は気になって仕方がないために

「すみません。トイレ、行ってきます」

 そう言って練習を抜け出した。


 一度廊下――と言ってもすぐにあるのはカフェテリアだが、若干冷え込んだ空気にその身を抱きながら、収納庫に忍び寄る。

 何が行われているのか。その目に焼き付けようとしたとき、


「あら」

 ぽんと肩を叩かれるのと同時の声に、芝崎千結は激しい身震いと共にロケットの発射じみた直立を見せた。


「うふふっ。驚きすぎじゃないかしら?」

 その声に振り向く。

 見上げる位置に、狼の剥製のような瞳があった。

 緑がかったその瞳に肺腑が縫い付けられるように、芝崎千結は身動きを忘れた。


「ああ、なんだ。神野先輩……」

「よく覚えていたわね」

 その声を掛けてきた相手に気が付いた芝崎千結の様子を、口元だけの笑顔で神野マキナが称える。


「そりゃ、覚えてますよ。アドバイスくれたんだし……」

「アドバイス?」

「綾街さんに、もっとアプローチしろって」

 ああ、と、神野マキナは合掌をするように、両手の指の腹を合わせる。

「そうだったわね」


 吐息。


「余計なことを言ったと、後悔していたのよ」

「余計? でもおかげで、綾街さんと近づくきっかけが――」


 何かがおかしいと、芝崎千結が思ったその瞬間。


「誰の入れ知恵なのかしらないけれども。いや、ウカ様かしら」

「羽化……?」

「貴女は知らなくてよろしいわ。ただし、やったことの責任は取るべきね」


 何をしたって言うんだと言おうとして、芝崎千結は口をつぐんだ。

 何をしたのかだなんていうことは、彼女自身がもっともよく知っているのだから。


 そこから、力なく立ち去る――収納庫に、隠れ場所を求めるように立ち入り、そして、扉が閉められた。


 跡に残された神野マキナは、大きくため息をつく。

 その吐息に揺らされたかのように、小豆色のロングスカートが風をはらみ、大きく膨らむ。


『余のことを監視されておるか。それとも、報告書の遅れに、苛立ちを覚えていらっしゃるか』


 飢えた狼のような瞳を、肩越しにこちらへ向けてくる神野マキナ。


――さすがであるな。


『常彦さんで我慢なさって』


――お前の報告書が、例年より面白いのが悪い。


『余が現代の乙女達の模様を報告書に認める。常彦さんがそれを伝える。そういう役割分担ではなかったか、ウカ様』


――お前の言うとおりだよ、揺貴蒔菜比売。必死な乙女の神頼みは、極上の甘露である。


『それを綾街一香や秋穂白瀬に言ったら、怒髪天を衝くことは間違いない。どうか、その好奇心は今のところ納めていただきたいのだが?』


――お前がそういうなら、見守るだけにしよう。ああ、わかっておる。このユリギノ女学院において神はお前一人。そう、女神が見守る学院なのだからな。精々励め。


 神野マキナは表情を無くしながら、しかし、二階から下りてきた放送局員ふたりの姿を認め、何事もなかったかのようにこの場を離れていった。

 生前の、無邪気な乙女だった姿は最早見る影もない。


 まあ、仕方がないだろう。

 三十路を迎えることも無く風土病を患い、それから何年だ? 人の世の流れは早すぎてよう分からんが、生きた年数の何倍を女神として生きているのかが問題ぞ。


 まあ。

 ここ数日――いや、数年? 陰ながら見守ったユリギノ女学院の学院生風に言えば、週刊誌の漫画のような展開で妾は満足である、といったところか。


 マキナよ。

 妾が味付けしたのだから、上手く料理せいよ?


『余計ないことをしないの! 茶碗蒸しにバルサミコ酢を入れるような真似をしておいて!』


 おお、怖い。なんだか怒られたが。

 ばるさみこすってなんぞ?


◆


 収納庫に取り残されていたイトコ・リリーバーグは、所在なく」椅子に座っていた。

 なんなら、証拠になるノートパソコンでもありゃいいなあ、くらいに思っていた彼女は、ふと思い至って折りたたみコンテナを覗き込む。


 なんという骨董品か! Windows7のロゴが貼られたノートパソコンがあるではないか!


 筐体に埃は被っておらず、少なくとも耐用年数を過ぎてから今まで、全く触られていないわけではなさそうだ。

 だが。それに触れて良いものか、イトコ・リリーバーグには判断が付かない。

 そこに、


「ちわーす。放送局でーす。プリンター借りますー」


 秋穂白瀬の友人として認識している二年生の登場に、イトコ・リリーバーグは飛び跳ねて喜びを見せた。

「トミーさん!」

「お、イトコちゃん。現場保全?」


 登場するなり、引き連れてきた放送局員に指示を出す多田野朋美を心強く思いつつ、

「これ、学校のもの?」

 と、発見したばかりのノートパソコンを見せる。


「うーん。違うんじゃないかな。備品シールが無い」

「ビヒンシール?」

「学校の資産だって示すラベルだね。リストがあって、シールがあることで、いつ買ったかがわかる。だけどどこかの部で買ったものだったら、貼られてないんだよ」


 ひっくり返したり、蓋を開けてみてもそんなシールは貼られていない。ならば、


「電源は点くのかな? どれ。おっ、いけた」

 余所のものだという遠慮を一切見せず、多田野朋美はログイン画面まで進めてしまうのを、イトコ・リリーバーグ見守るしかない。


 一方で放送局員は、プリンターに繋いだ持参のパソコンから試し刷りを終える。

「朋美、出たよ」

「でかした、マイコー。イトコちゃんに鑑定してもらって。

「オッケー。あー。Do you want read it?」


 めちゃくちゃな発音だが、イトコ・リリーバーグもドイツ語訛りオーストラリア英語なので、いちいち気にしない。

 むしろまくし立ててしまいそうだから、小さくほほえむのに留めた。


「ありがと。さて」


 見るのは、紙の角だ。

 経年劣化による印刷の掠れ、トナー汚れは、


「あった」


 このプリンターから印刷されたものに違いないと、断定できそうだ。

 だが、これだけでは機械の特定にとどまる。

「ログファイルでも見たらわかるかもだけど」

「それか、ログイン画面の突破だねえ」


 多田野朋美が、残されているログイン情報から推測できるパスワードを当たっていくが、当然わかるはずもない。


 画面に映る過去の公演……シェイクスピアの喜劇が、一同を笑おうとしているようだった。

「現役生、連れてくる?」

「知り合いにはいないな。となりで練習してる子に突撃するか、どうか」


「試しに、入力するって言ってもなあ」

「そうねー」

 画面を覗き込みながら、イトコ・リリーバーグは適当に入力してみる。


  Shakespeare


 開いた。


「えっ、なんで?」

 入力した張本人が驚くが、しかし、


「何してんの」


 冷えた声が、収納庫の入り口から響いた。


 芝崎千結。演劇部で、イトコ・リリーバーグのクラスメート。

 そんな彼女が、闖入者の手元のノートパソコンが起動しているのを見つけ、目を見開いた。


「何してんの!」

 飛びかかろうとしたところを、イトコ・リリーバーグと多田野朋美が立ちはだかった。

 百七十センチ近い大柄な留学生と、骨格の太い二年生が相手だ。いくら演劇部で鍛えているとは言っても、突破は容易ではない。


「人を呼ぶよ!」

「ちゅーたん、何を必死になっているの」

 日頃は自分を白百合だ何だと誉め称えるクラスメートの必死さに、イトコ・リリーバーグもさすがに戸惑いの色を隠せない。

 ボディタッチだって普段はないのに。胸を押し退けようとしてまでぐいぐい来られると痛い。


 だが。


「ねえ、トミー、探してたのってこのデータ? 今噂の、綾街一香中傷のビラ」

 ノートパソコンの画面を写真に収めてから、放送局員は一同に見せた。

 そこには、編集できる状態で、ご丁寧に原本というファイル名で保存されたビラが表示されていた。


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