事案第二十五号「不純異性交遊」(4)
生徒指導部の幾杉先生もその中にいて、力なくうなだれている。……かと思えば、わたしを見つけるとキッと眉を逆立てた。
「幾杉先生っ」
年若い教師がこそっと肩を叩き窘めると、幾杉先生は教頭の顔色を窺って、顔を背けた。
なんらかのやりとりがあったんだろう。
「えー、では。お揃いですね」
最奥、校長の左に座って、教頭は列席者を見渡した。
一年生と二年生の学年主任、白瀬先パイ担任、副担任。それと、わたしの担任である谷先生に副担任の福飯先生。
生徒指導部の教師。
見たことがない教師もいる。
それにわたしたちふたり。
「それでは、一年普通科特進コース、綾街さんの件について、第二回のヒアリング会を始めます」
事情聴取だとか、なんとか会議みたいなものではなくて、ヒアリング会。言葉のニュアンスを柔らかくしたんだろう。
「で、あるからして。調査委としては、問題になっているビラの件については、綾街さんのことをやっかんだ生徒からの嫌がらせであると結論するのが自然かと考えております」
見たことがない教師は調査を担当しているらしい。
次々と、わたしのあることないことの確認が進められていく。
「芸能人の親の力というのは、綾街さん自身で影響があったか、認識している?」
「母とフクイモモノさんが仲良く、ご連絡をいただいたり、寒雁市内で会社経営をしている方に課題の調査ためつないでもらったことはあります」
「在校生には?」
「娘のわたしから見て、あの母の子って言われるのは、恥ずかしいものですから。母とは離れて暮らしていて、友人との話題に上ることもありません」
「性指向のことだから言いづらいかもしれない。答えなくて良いけど、教師に伝えておくことはある?」
来た。
この質問は想定していたから。
「別にわたしが、女子を好きになろうが、ユリギノ女学院の生徒として恥じるようなことをしているつもりはないです」
吐息。
わたしに、視線が集まっている。
「秋穂先輩との関係を噂されているのでしょうけど、わたしにとっては掛け替えのない人だと思ってはいます。けれどもこの関係ひとつをつまみあげて、わたしが未来永劫、男性を好きになることはないとか、ほかの女性を好きになるのかは、知りません。秋穂先輩が、秋穂白瀬というひとだから_孤独だったわたしに手をさしのべてくれたひとだから、わたしが勝手に懐いているだけです」
「……だそうだけど秋穂さん、あなたは?」
二年生の主任が口を挟んだ。
「去年の担任として秋穂さんを見ていても、今年は充実していそうよ」
白瀬先パイは率直な意見だったんだろうか、照れて頭をかきながら、
「綾街は、私にとっても、大事です」
控え目に、そう答えた。そして、
「そんな子を、堕落させたいとは思うはずもありません。だから、本気でぶつかってきた、この半年間だったと思ってます」
真っ直ぐに答えて、白瀬先パイは細く長く、吐息した。
膝の上で握った拳が震えている。
きっと。
去年の今頃にもこういった事情聴取があったんだろう。
わたしが知っている秋穂白瀬は、飄々としていて、パーソナルスペースが狭くて、シトラスの香りに包まれていて、不真面目そうに見えて図書委員の仕事はきっちりこなす、英語が得意な優しい先パイ。
そんな人が、本気でわたしとぶつかってくれていた。
「本題は、わたしの不純異性交遊疑惑について、でしたよね」
調査委の教師に問うと、彼は教頭に振り返り、首肯するのを確認してから口を開いた。
「否定しているのは聞いている。悪魔の証明をさせるつもりはないよ」
「それは困ります」
え? という素っ頓狂な声が聞こえた。
それは、幾杉先生からだ。
「わたしは男性と関係を持ったことはありません。それは客観的に証明できます」
「し、しかしプライバシーとかセクシャリティとか……」
「わたしがいいと言えばいいんです。なんなら、今すぐここでご覧に入れたってかまいません」
立ち上がり、スカートのホックを外した。
あ、と白瀬先パイが反応する前に小豆色のロングスカートは床に落ち、わたしの指はタイツを一気に引き下ろしている。
太股の素肌が露わになったところで、腕を捕まれた。
「やめて、綾街!」
慌て、顔を赤らめ、そして力強い白瀬先パイの制止。
遅れて福飯先生が飛んできて、足下のスカートをぐいっと上げた。
「何考えてるの綾街さん!」
谷先生までもがわたしを取り押さえて、タイツがずり上げられてスカートも留められて。
着崩れたままだけど、なんとか、整えられた。
顔を背けていた教頭が、こちらをちらりと見た。だから、
「わたしには覚悟があります。身の潔白を証明するために。そのことは、幾杉先生にもご相談しています」
「そうなのかい、幾杉先生」
校長の確認に、青ざめた顔の幾杉先生は唇を戦慄かせている。
力なくうなだれたのか、頷いたのか曖昧ながらも。それは肯定として受け止められたようだった。
自分の足で立ち、谷先生と福飯先生拘束を抜け、白瀬先パイの肩に手を置く。
あとでみなさんには謝罪しよう。
「あー、綾街さん。もう帰っても大丈夫。君の名誉は、守られた……」
勝手に締めようとする校長に、視線を向ける。
ぐ、と黙ったのはなぜか。
まあいいや。
「そもそもですね」
話し始めたわたしの顔を、教師陣は信じられないものを見るような顔で、唖然として、見てくる。
「校則がおかしいんです。いつまで大正時代の女学校の校則を掲げているんですか」
「こ、校則そのものを……?」
若い生徒指導部の教師が、声を震わせる。
「当時、良妻賢母を育成するという理念もあったでしょう。この校則があるからこそ、現在の名士と言われるご家庭も安心して、ユリギノ女学院ならばと子女を通わせられるんです」
白瀬先パイ見る。
事前に打ち合わせしていた切り口だと気付いてくれたのか、困り眉ながらも頷いてくれた。
わたしにはそれで十分。
「一方で、先生方はエスという概念をご存じでしょうか。Sisterの頭文字から来た、特定の女子どうしの特別な感情による結び付きです。戦前に根付き、戦後にも息づいた伝統が、この学院に残っているんです」
宇和さんと笹芽さんの顔が思い浮かぶ。
「女学校時代、黒いリボンは婚約の決まった少女にのみ許された。赤いリボンは特に親密な相手がいることを示し、永遠を誓い合った少女たちは、深い色の緑と生成の糸で編んだ組み紐を交換しあいました」
首元に手を当てる。
ここには、蝶結びされたループタイを身に付けている。
「千歳緑は、その頃からの伝統色」
着崩れたままのスカートをつまみ上げる。
「小豆色は、永遠を誓い合った末路の色」
このふたつは。
「ユリギノ女学院を見守る女神、揺貴蒔菜比売と、その魂の片割れが残した、永遠を歩めなかった女神たちの絆です」
しんと会議室は静まっている。
だからわたしは、長机に手を置き、身を乗り出し、
「学院生どうしが惹かれあうのは、女神の見えざる手による導きだと思います」
「それが、校則違反を許す理由にはならないでしょう」
震える声。
幾杉先生がこの期に及んで、いすを蹴倒す勢いで立ち上がった。
「今まで何組の生徒たちを、断じてきたと思ってるの! ねえ、教頭先生、そうですよね!」
ヒールを鳴らして教頭に詰め寄ろうとした幾杉先生だった。けど、それは適わない。
「最後まで聞きましょうよ! 教育者なら!」
福飯先生が、吼えた。
「叔母から聞きました。平成の中頃に、この制服をデザインしたときの思い出話を……綾街さんの言うとおり、この制服には揺貴女学校から受け継がれる少女たちの苦悩と自立を詰め込んだと」
「そんなの、証拠にならない!」
「証拠ならありますよ」
わたしは、フクイモモノさんから預かった資料を机に載せた。
福飯先生が「あのときの」と呟くので、頷いて返す。
「フクイモモノデザイン事務所が調べた資料です。平成中期までの服装規定と、関連した通達文書がまとまっています」
「そんなもの、意匠のネタでしかないんじゃない?」
二年の主任からの、首を傾げながらの疑問。だけど、
「わたしもそう思いましたが、制服デザインのリニューアルプロジェクトが始まった平成十三年、職員会議で当時の理事長が発言されています。エスの関係にも十分配慮し、個人間の感情の妨げにはならないように、と」
理事長は、種生蒔菜の父、守さんや、マキナ・ジョーンズの思いを汲んだ、木滝家の方々に受け継がれている。
「こうも言っています。女学校の初代校長の娘が、時代によって魂の片割れとすら呼んだ存在と引き裂かれた無念を、今の子に押し付けちゃあいけないと。明治の開拓期や、先の大戦など、今から考えたら歴史の転換点でしかない事件も、忘れてはならないと」
教頭も、幾杉先生も、わたしを庇って立つ福飯先生も。
固唾を飲んでいる。
わたしに注視している。
「もしもわたしたちの関係が不純だというなら、それは数多の乙女たちの必死な願いを無碍にする暴挙です。このユリギノ女学院が歩んだ歴史、揺貴町の歴史を踏みにじる行為です。何のため校則はあるのか、ユリギノ女学院の生徒としての誇りをどこに抱けばいいのか。教えてください」
一堂に会した先生方が互いに顔を見合わせて、最終的には校長に集まっていく。
校長は視線の槍を突きつけられて、咳払いをひとつ。ああ、ううと唸って、
「すまないがね、綾街さん。君が今語った歴史というのが本当のことなのかは、私に答えはない。ただし、最後の質問には答えられるつもりだ。生徒を守るためだと」
「校長先生。生徒を守らない教師がいたら、わたしたちは何に守られたらいいですか?」
白瀬先パイの腰に腕を回す。え、と驚く先パイを抱き寄せ、
「特待生の資格を停止するだけではなく、剥奪に至った経緯。第三者であるわたしが、その事実を知るに至った経緯。お聞かせください」
目を丸くする校長を見つめ、次に二年生の先生方を、最後に生徒指導部を。
「誰でも良いです。冬休み明けでも良いですけど、わたしはすでに調査されているものと、承知しています」
「なぜ、調査をしていると思ったの」
福飯先生が困惑するので、わたしは制服のポケットからメモを取り出す。
理事長先生がくれた、なんの根拠にもならない紙片。
だとしても。
「約束をしていただいていますから」
福飯先生が手を伸ばしてきた。
だけど、簡単には渡せない。胸ポケットにメモを戻して、
「約束を違えるというのであれば、わたしはただの高校生として、出るところに出ます」
「落ち着いてくれないか、綾街さん。もし調査をしていないなら、どこに行くんだね」
「母に」
は? と、一瞬の間があった。
「綾街、たぶん伝わってないよ」
クスクス笑う白瀬先パイが、携帯電話であるブログを開いた。
「綾街のお母さんがテレビに出るひとになる前に、インフルエンサーだったってこと」
「あっ、ミスまちこ! 突飛な料理ブログの!」
谷先生が青ざめて、校長にその影響力を話し始めた。
でもひどくない? 人の保護者を捕まえて、突飛な料理とか。
……母さんの自業自得か。
「つまり、意外と主婦層に影響力が強い保護者の耳に入り、どのような奇天烈な行動をされるかわからない……」
教頭が頭を抱えた。
「綾街、芸能人の親っていう影響力って、こう使うんだね」
「小学校の頃の母はモンスターペアレンツなPTA会長でした。わたしの肩身が狭くなったので、高校では家から遠くて、同級生のいないこの学校が心地よいと思ってきたんです」
ため息。
「だから、バレないようにしてきたつもりだったんですけど。もういいや」
ゆっくりと、ゆったりとした動作で、着崩れをなおしながら、背筋を伸ばして、まるで入試の時の面接みたいに顔を作って、
「最後に、まとめます。
わたしは、わたしの性的指向がどこに向いているかはしりません。初恋というものを今までしてこなかったからです。
わたしは、親からもらったこの身体のメンテナンスはしっかりやっているつもりです。そうでなければこんな長くて面倒なロングヘアなんて辞めます。これが男受け狙いだというのであれば、ちんちくりんなわたしそこまで価値はありません。不純な交際など考える余地があるでしょうか。
ご納得いただけないなら、婦人科で検査でも、この場で性器を晒すことも厭いません。あらぬ疑いを掛けられて身の潔白を信じてもらえないほうが、耐えられません。
ですが。そもそも不純異性交遊という校則がなんのためにあるのかを、今一度教えていただきたいです。
明治の開拓期から、女学校を経て、この制服のデザインにまで落とし込まれた少女たちの願いを、今の時代にどうお考えなのか」
おなかに力を込める。
決して怒鳴ったり、声を荒らげたりするつもりじゃなく。
「わたしからお願いしたいのは、今までの生徒指導に誤りがあったのなら、誠意を持って対応してくださいということです」
深く頭を下げる。
すぐ隣で同じように、白瀬先パイも。
「私からも。綾街がなにもあやまちをおかしていないのだと、悪質なデマを広げた人間を、ことを大きくした人間を、適正に処分するようお願いします」
先パイ、それじゃあスカートまで脱ぎ落としたわたしも処分されちゃいます。……なんて、心の中で留めるだけにして。
一緒に来てくれて、本当にうれしかった。
種生蒔菜さんや、マキナ・ジョーンズさんが言っていた半身って、こういうことを言うんだといいな……。




