事案第二十五号「不純異性交遊」(2)
遅延証明を持っていない宇和さんは当然のことながら、遅刻の理由を証明できないと指摘をされる。
一方のわたしも、北藍益から朝日駅までのJRが地吹雪で止まっているはずなのに登校できている。そしてその路線の遅延証明も、手元にある。
「どういうことかしらねえ? JRが遅れるなら乗り継ぎのバスにも間に合わないはずなのに、他の子と同じ便で来たなんて」
「バス自体が遅れているのではないでしょうか。それは、ここにいる宇和さんが、乗り継ぎなしで登校できる場所にお住まいなので、証明できるのではないかと」
「口裏を合わせてきたんでしょう?」
「それなら、宇和さんが時間どおりに登校しようとして、バスが遅れたのだという証明をしたらいいんですよね。客観的事実で」
「できるなら、見せてご覧なさい」
幾杉先生がそう言うと見越して、宇和さんに操作を確認してもらっていた。スマートフォンの、ロケーション履歴。
「GPSで、八時に家を出ていることがわかりますね。朝日神社に足止めされているように見えますけど、宇和さんは朝も早くから参拝客するほど熱心ですか?」
「そんなことないよ!」
「ですよね。事実として、バスで来たほかの生徒と同じタイミングで登校できています。遅延証明がないことは宇和さんの落ち度ですけど、」
宇和さんの手に、わたしが持ってきた遅延証明握らせた。
「ごめんなさい、宇和さん。あなたの分を見せてもらって、返しそびれていました」
「そんな茶番、通ると思っているの?」
腕を組み、吐き捨てるような声で、幾杉先生は睨んできた。
だけど、それは反論できない照査じゃないかな?
「先生は、客観的事実と、バスとJRの遅延証明を見比べたい生徒の欲求の存在を否定なさるんですか?」
周囲。
だいぶ少なくなってきた生徒たちの視線も、教師に楯突くちんちくりんに集まってきている。
「幾杉先生。一年普通科、宇和さんの遅刻に関しては、本人にとって不可抗力だと認めてください」
「……わかったわ。宇和さんだけはいいでしょう。遅延証明もあることですから」
引き出した!
宇和さんに振り向くと、彼女はすこし、悔しそうに歯噛みしていた。
「でもそれじゃ、綾街さんのバスが遅れてたって理由が……」
「それについても、わたしは最寄り駅からの汽車が遅れたと証明できますから」
「ふん。証明書なんて駅に行けばいくらでも貰えるもの……どこぞに泊まり歩いていたって、貰えるじゃない」
お、幾杉先生が墓穴を掘っている。
わたしのことを侮辱し始めた。
「不純異性交遊の噂ですか? だからなんだって言うんですか」
「貴女、特待生たるもの、この学院の模範であるべきで!」
「どうして先生は非公開情報である特待生資格のことを、ことあるごとに持ち出すんですか? 宇和さん、わたしは特待生なんですか?」
あ、と。幾杉先生が口を開いたのと同時に
「情報通の私でも、本人しか知らないことは知らないよ」
ですよね。
「でも、綾街さんなら成績もいいし、コミュ障なだけで真面目だから特待生って言われても納得するよね」
なんですって?
どうやら肯定してくれているんだから、そこで引いておくのが大人の対応なんだろうけど。
反論したい気持ちは、ぐっと堪える。
「それで、幾杉先生。一年普通科特進コースの特待生であるわたしが、不純異性交遊をしているから、何か問題を起こしたということで、ここで足止めしているんですね?」
「ふ、不純異性交遊は立派な校則違反なんですから! そうじゃないことを確認するのも生徒指導の一環です!」
「異性との不適切な関係を持ったことは今まで一度もないし、予定もありません。疑われるというのであれば、幾杉先生からご指定の婦人科を今すぐここで予約してください。行って来ます」
幾杉先生は顔を真っ赤にし、そして口をぱくぱくとして、六秒。
大きく吐いた息が、凍てつく空気の中に散っていく。
そしてゆっくり腕を組み、わたしのことを見下ろしてくる。
「そこまで言うなら、この場は見逃しますけどね。放課後のこと、忘れてないわね?」
矛先を切り替えてきた。その手に乗るかとでも言って泥沼に引きずり込んだっていいんだけど。
そもそもの、事情聴取二回目の予定があるんだから。ここで言い争ったって仕方がない。
「忘れるわけ、ありません。この学院は女神さまが見守っているんですから、品行方正に生きてきたんです。くだらないビラ程度に踊らされる程度の低い人たちに、負けるわけにはいかないんですから」
一息。
当て擦られたことに気付いた幾杉先生が口を開くよりも早く。
「もしもわたしが不純異性交遊をしていると認定されたら、病院でも教育委員会でも行って徹底的に争う覚悟で来てるんです。そこまでして身の潔白が証明できないなら、特待生の資格もいらないし、ずっと憧れていたこの学院から追放されたって構いませんから」
幾杉先生の横をすり抜けるように、生徒玄関へ滑り込む、その間際。
「この学院を見守る女神さまに……揺貴蒔菜比売に誓って、潔白だと主張します」
ユリギノ女学院の生徒にとって、この宣言がどれほど重たいか。知らないわけじゃないだろう。
幾杉先生がまたアンガーマネジメントしているあいだに、わたしは足早にその場を去ることにした。
◆
放課後が近づくにつれて、クラスメートたちの視線が変わり始めていた。
「綾街さん、堂々と処女だって言い放ったって」
「相変わらず、剛胆だねえ」
「メンタル強いのが、孤高の撫子たる所以よね」
「図書委員の先輩と付き合ってるんじゃなかった?」
「やることやってた場合って、どっちなんだろう」
「そもそもその場合、不純異性交遊になるの?」
「リリーバーグさんと仲がいいじゃん」
「噂の先輩はリリーバーグさんのホストファミリーだって」
完全に噂の出所が、宇和さんだ。この噂好きめ。
「なんだか、変な空気だね」
笹芽さんがこっそり耳打ちしに来た。このひとも今のわたしに声を掛けてくる、勇気あるひとだと思う。
「笹芽さんのカノジョのせいです。口に戸を建てておいてください」
「あいつの噂好きは死ななきゃ直らないよ」
眉尻を下げて、肩をすくめる。
困っているんだろうな、というのは伝わってきた。
その一方で、わたしが動向を掴めないでいるひともいる。
芝崎さんだ。
クラスメートのはずなのに、どうしてか視界に入ってこない。登校はしているみたいだけど、どこで何をしているのやら。
ここまで気にするのにももちろん理由はある。
すごく幼稚な理由だと思うけど、一番納得感があるんだ。
信憑性や、現実味じゃない。ただの感情。
だけど、綾街一香という相手に言い寄り、断られた腹いせに悪評を巻いたと考えたら? なんとなく、つじつまが合う気がする。
問題は、どうやって情報を得たのかっていうところだけど。
ほどなく、担任が教室に入ってきた。
なんとなくその場は解散して。
放課後は刻々と近づいていく。




