事案第二十五号「不純異性交遊」(1)
ユリギノ女学院は敷地内にユリギノさんが祀られているお社があるとおり、神道系の私立高校だと認知されている。
実際にはお社は、神社庁のデータベースに載っていない女神、揺貴蒔菜比売を祀る祠扱い。その辺のお地蔵さんとかの仲間。
最寄りの神社である朝日稲荷神社から見ると、出先機関、出張窓口、あるいはユリギノ女学院専用ウェブサーバのような扱いなんだとか。
そんな神道味の薄いお社を抱えるせいか、戦後の学院再興時に多額の献金をしたマキナ・ジョーンズ女史への敬意のあらわれか、あるいは小豆色と千歳緑をスクールカラーにしたせいか。
十二月には、校内が赤と緑に飾られる。
つまり。
「クリスマスツリー、玄関ホールに立てられるんですね」
「二階から見ないと、てっぺんの星飾りが見えないんだよね」
カフェテリアとなっている吹き抜けの広間に、ポプラの木が組み立てられていく光景。
図書室のガラスドアから見える作業風景を、白瀬先パイと一緒に眺めていた。
もちろん、倉庫にしまえるように切断と防腐処理が施された、プリザーブドツリー。
かつての卒業生により記念植樹されたポプラの木の有効活用というわけだ。
もみの木じゃなくてポプラというのが、屯田兵村の名残を大事にする校風らしい。
「クリスマス目前って感じだけど、綾街はパーティーとかするの?」
「するような相手がいないの、わかってるくせに」
むっと睨んでやると、白瀬先パイはからかうみたいに目を細めて、わたしの腰をぽんぽんと叩いてくる。
「中学校のときの友達とかは?」
「久し振りすぎて、おまえ誰って言われたら立ち直れない自信があります。あ、そういえば名前がおかしくって、よく遊んでいたのは久渋里奈ちゃんと、誉枝礼ちゃんっていうんです」
「ひさしぶりな。ほまえだれい?」
「ひさしぶり、おまえだれ、に聞こえません?」
「そんなこと言ったら、綾街も仲間じゃん」
誰もいない図書室。
本を手繰るわけでもなく、言葉を重ねる時間。
ここにいない、白瀬先パイが知らない人のことを話しても、深まる理解は毛の先ほどもない。
「少し冷えますね」
「そうだねえ」
言えばいいのに。
クリスマス、一緒に過ごそうって。
「今年最後の登校日、さ」
口火を切ったのは、結局白瀬先パイからだった。
「職員会議で、結果が出るでしょ?」
「わたしの、ビラの件ですね。同性愛がどうのって」
「あれで、おとがめありってなったら、綾街はどうする?」
どう、って。
そうならないように、動いているのに。
理事長先生に新聞記事のスクラップを貸していただくっていう、わたしの動向そのものだとか。
りりちゃんに調べてもらっている、揺貴町史とか。
神野先輩が握っている、脅しのネタ……は、最後の手段か。
「ごめんね、綾街」
「? どうしたんですか、急に」
「私が不甲斐なくて、ふて腐れていたことが、綾街に降りかかってしまった」
薄いピンク色のレンズの向こう。
グレーの瞳に、じわっと滲むのは、大きすぎてこぼれた感情か。
そっと手を伸ばして、白瀬先パイの右袖を摘まむ。
「校内だから」
「ん……」
そう言ったのに白瀬先パイは、左手をわたしの甲に重ねてきた。
暖かい、手のひら。
「さ、先パイ。始めましょう? 叛逆の準備を」
「ん。そだね」
力無く笑む白瀬先パイは、当事者というか張本人そのものであるわたしよりも、気負っている。
これからやろうと思っていることの重大さを考えたら、気負うのも無理はない。
だから。
「この戦いが終わったらわたし、先パイに伝えたいことがあります。だから、クリスマスイブはちょっとだけ時間をくださいね?」
結構、勇気出した
なのに先パイは、そんなんだっていうのに、秋穂白瀬は!
「ねーちゃんがかわいい義妹に会いたがってるから、うちで夕飯食べたらいいじゃん」
ご家族扱いは早いと思うなあ!
◇
十二月二十四日。
ホワイトクリスマスになった。
朝から風が強く、水気を多く含んだベタ雪が叩きつけられるのだ。
わたしが乗ったJR次の便から運休が決まり、帰れるかもわからない、銀世界が待っているのだろう。
髪をまとめてきてよかった。
傘なんて役に立たないから、ストールを頭からかぶって犠牲になってもらう。
何時もより時間が掛かるバスを降りて、学院の敷地にたどり着いたのは一時間目の授業が終盤に差し掛かるところだった。
ポプラ並木が風雪を受け止め、じゃわじゃわと喚いている。その中を、同じバスを降りて歩いてきた学院生たちが、ぱらぱらとぼとぼと歩みを進める。
正面。
何やらバス一本分の人だかりが、生徒玄関前にあった。
「あ、綾街さん!」
人だかり中からの大きく通る声、宇和さんが、集団から抜け出してきた。
「いやあ、参っちゃうね。遅延証明なんてもらってないよ……」
「遅延証明ですか」
どうやら生徒指導部の教員たちが、雪にかこつけてただ単に遅れた生徒を炙り出そうとしているのだとか。
そこに、朝日駅からではなく、途中である朝日神社の停留所から乗ってくる宇和さんは、運悪くアナウンスを聞けていなかったのだろう。
「使いますか? わたしの分」
バスの降り際に取ってきた一枚を差し出すと、宇和さんはいたく感動したようで、けれどもすぐに素に戻る。
「綾街さんの分が無くなっちゃうじゃん」
至極もっともな指摘だけど、わたしにはJR側の遅延証明がある。
「大丈夫だと思いますけど」
「ううん、いいよ。ちゃんと持ってこなかったのが悪いんだし」
きっぱりと、しかし眉尻を落として、宇和さんは固持する。
「綾街さんの迷惑になっちゃいけないしね」
「わたしは構いませんけど」
「……今、微妙な時期でしょ?」
流石の噂好き、宇和さんだ。
今のわたしの状況をよくわかっているらしい。
「ひとつ聞いてもいいですか?」
ビラ騒動からずっと、気になっていたことがあった。
宇和さんほどの噂好きで情報通なら、彼女の動向を把握しているんじゃ? ……って思うんだけど。
「最近、芝崎さんが目立ちませんね」
聞いた。
宇和さんは僅かに目を見開いて、こちらを見つめてくる。
吐息が白い塊となって零れ、風に散っていく。
「綾街さんからあいつの名前が出てくるなんて」
「気にしてはいけませんか? 一応、クラスメートだったかと」
「一応って」
わたしにとっては、つながりが薄い宇和さんよりもさらに薄い関係の、やっかいな感情を向けられたクラスメートだから。一応、という接頭語はわたしの中で正しいんだけど。
一方で宇和さんは、社交的な宇和さんにしては話をしているところを見かけない。
「芝崎さんとは、仲が悪いんですね」
「っていうか、綾街さんの悪評を振りまく奴は、うちらの敵だよ」
「うちら?」
「あ、きーきと、ね」
「そう言えばお二人は、、いわゆるエスですもんね」
宇和さんが手首に巻いている、千歳緑と生成の糸のミサンガ。臙脂のリボンとともに、校則補助通達で認められているアクセサリーだ。
「黒いリボンは許嫁、臙脂のリボンはそれ以外の相手がいることを表す……緑と白の組み紐は、ユリギノさんに心身を守っていただくための御守り、でしたか」
「さすが綾街さん。覚えてるんだね」
「最近必要があって、校則に関連する通達を調べたんです」
その大半は、フクイモモノによる制服リニューアル時のものだけど。
当時の大人が調べて、固まった規則。そこから変更の通知は、今も生きている。
母さんの時代に撤廃されたリボンの長さ規定とともに、色も認められている。
わたしたちがしていることは、同じようなことだ。
不純異性交遊が何を指すのか、その理念がどこにあって、どうして禁じられたのか。
校則をハックするには必要な作業。
「なんか、綾街さん。怖いくらい気合い入ってるね? 遅刻なんて優等生の綾街さんなら、するっと行けるんじゃない?」
わたしの決意を見て、宇和さんは楽観的に言うけど。
こちらを、獲物を捉えた猛獣みたいな教師を見つけて、わたしは思わず固唾を飲んだ。
「幾杉先生……」
「次、貴女たちね。お友達と揃って重役出勤なんて、良いご身分」
幾杉先生。
白瀬先パイを追い込んだひと。




