事案第二十一号「途中式」(5)
無事にお土産をお母様にお渡しして、暖かいお部屋に迎え入れられたわたしは、食事ができあがるまでの間を輝美さんのおもちゃになって過ごしていた。
「うーん、やっぱりかわいい」
ブレザーを脱いでストールを羽織らされて、写真をぱしゃり。
ソファに座り、右から白瀬先パイ、左からリリーバーグさんが侍るようにポーズを決めてぱしゃり。
「なんですか、これ」
得も言われぬ謎空間。
なぜだかノリノリの白瀬先パイとリリーバーグさんに困惑しつつ、今日の主役と書かれたたすき装備の輝美さんの指示に従う。
「料理ができたわよ」
お母様の声で謎撮影会は終了となった。
「いい匂いだけど、何作ってくれたの?」
「ピーマンの肉詰めよ。あなた好きでしょ」
「超好き!」
無邪気にはしゃぐ輝美さんの姿に困惑を覚えつつ、白瀬先パイを見る。
視線に気づいてくれた先パイは
「綾街が来てくれて嬉しいんだよ」
ちょっとおもしろく無さそうに言った。
「ああいうモードの時は、ねーちゃんの好きにさせるに限るからさ。文句も言わず付き合うけど」
「ねえやは怒ると面倒なんだもんね」
リリーバーグさんまで同調しているあたり、一緒に暮らすのは面倒なタイプらしい。
だけど、白瀬先パイがあんなふうに料理を喜んでくれるなら、わたしだったら嬉しいんだけどなって思っちゃう。
「私らも行こうか」
さり気なくわたしの肩を抱く先パイ。
とても優しいはずの手付きだったのに、ずきりと鈍い痛みが走った。
本当にわずかな違和感、と言った方が正しいのかもしれない。
どこかで捻ったか。記憶にない。
「綾街? どこか悪い?」
「え、いえ。大丈夫ですよ」
いつもの調子で返せたと思う。
なのに、ずいっと顔を寄せてきた白瀬先パイ。
ふわっと、シトラス。
「本当に?」
吐息に乗るゆずの香りをしたリップクリームが、わたしの心臓を荒れ立たせる。
願わくばその潤いをわたしの口唇に載せ替えてほしい。何考えてるんだ、わたしは。
「ほ、ほら先パイ、リリーバーグさんも食卓に行きましたよっ」
顔を見られたくなくて、背中を押す。
いけない。いけない。
こんな顔を見られたらからかわれるに決まってるんだ。
食卓にはお父様もいらっしゃって、六人が円卓にぎゅうと詰めて座った。
両隣に秋穂姉妹。同じ顔に挟まれると、なんだか面白い。
正面はお母様。よく見ると娘ふたりが綺麗に年を重ねるときっとこうなるんだというサンプルみたい。
お父様はリリーバーグさんの話し相手になっている。お互いに日本語と英語のチャンポンで話している。
そして。
食卓には色とりどりの料理が並んでいるんだけど。そのど真ん中にある茶色い塊に気付いたとき、わたしは別の意味で心臓が暴れ始めたのに気付く。
あれは、
「ピーマンの肉埋まり……!」
いつだったか。
母が肉詰めを作ろうとしたのにピーマンを買い足し忘れていたことから生まれた料理だ。
平たい耐熱皿に敷き詰めた肉ダネに、半分に割ったピーマンを埋めて焼く。
ミスまちこの神髄であり、レシピ本未掲載の料理がなぜここに?
いや、主婦なら思い付くのか?
「一香ちゃん、ひょっとしてミスまちこのブログもチェックしてるの?」
お母様のうれしそうな顔が眩しい。
「お料理できるって聞いてたから、嬉しいわ。ねえ、今度一緒に何か作りましょうよ。クリスマスも近いし!」
「あはは……父に聞いておきます……」
グイグイ来る感じは、白瀬先パイや輝美さんから感じる距離感の詰め方に通じている気がする。
……なんて観察していると、右腕に重み。輝美さんがしがみついてきたんだ。
「ちょっとママ、私の一香ちゃん取らないでよ」
ぎゅっと力がこもる。肩の鈍い痛みと二の腕に当たる下着の堅さ。
わたしは秋穂家女子にとってマタタビみたいなものなんだろうか。
「姉ちゃん、綾街が嫌がってる」
ピーマンの肉埋まりを切り分けながら、白瀬先パイが半眼を向ける。だけど輝美さんは
「いいじゃん。ね?」
白瀬先パイそっくりな顔で覗き込まれて、一瞬だけ思考が途切れた。
「えっと。輝美さん。近いです」
絞り出した言葉は、輝美さんの瞳に火をつけたらしい。
「しーちゃん、一香ちゃんってめっちゃ良い匂いしない? なんだろ、柔軟剤?」
「綾街、離れた方が良いよ。喰われるよ」
喰われるよとは、実の姉のことをなんだ思っているんだろうか?
そんな冗談がスムーズに言い合えるほど、仲がいいんだろう。
だけど。
わたしはこの家で、ただのお邪魔している、異分子だ。物珍しいぬいぐるみで遊ぶのと、そう変わらないはず。
だとしたら、ニコニコと様子を見ている、我がクラスの白百合さまにパスしちゃおう。
「リリーバーグさん、コメントをお願いします」
振り方が雑すぎただろうか。
「いっちゃん! えっと、両手に花ダネ!」
求めているコメントは貰えなかった。
◆
夜も更け、すっかりと星空が広がっている。
吐息は真白に上り、抜けてきた風が散らしていく。
最終電車にはまだ時間はあるけれど、お父様が車を出していただけるということで、お言葉に甘えることになった。
輝美さんはうっかり飲まされたチューハイのおかげで、今はグッスリ眠っている。
ストールの前を合わせて風を防いでいると、さりげなく風上に白瀬先パイが立った。
「やっぱり、泊まっていけば? 着替えとかはなんとかするよ」
そう言うのは食事会の終わり頃の会話があったためだろう。
輝美さんに用意したプレゼントを渡すと、熨斗に笑われ、中身の高校生らしくなさに笑われ、それが愛おしいとまで言われた。
「もっと話したいと言ってもらえたのは嬉しいですけど、突然お邪魔して、泊まって行くだなんて」
「私と一晩過ごせるよ」
「ふふっ。先パイ、目がえっちです」
ピンクがかったレンズの向こうが、世界記録もかくやと言わんばかりに激しく泳いだ。
「ば、ばかを言うんじゃない! ねーちゃんとイトコが突撃してくる!」
「あれ。そういう気持ちがあるのは、否定しないんですか?」
白瀬先パイの顔が真っ赤に染まった。
冗談、からかい、言葉遊び。そんなつもりだったのに。
ストールの中で、身体を抱き締める。
制服の厚い生地を含めても、薄くて柔らかみのない、身体。
白瀬先パイともしもお付き合いすることになったら、そういうことをする日が来るんだろうか?
知識はある。授業でも習ったし、本でも読んだ。
中国の英雄はそれで妾を死に至らせたこともあるらしい。
だけど。
「わたしたちって、そういうのじゃないですもんね」
問いながら、白瀬先パイの顔を見上げる。
さっきまでの動揺は落ち着いて、神妙な面もちだ。
お父様の車は、まだ来ない。
家の中からは死角にいる。
白瀬先パイは無防備。
だから。
二歩の距離を一気に埋めて、白瀬先パイの肩に手をかけて、背伸びをした。
ゆずの香り。
ピンクのレンズ。
熱くて柔らかくて、甘い先パイの味。
「綾街……」
「したくなっちゃった。ふふっ」
口唇に、指の腹をあてがう。
あざとい仕草なのは理解してる。
だけど、自分でしといて、なんだ、その_照れくさいんだ!
「お、遅いですね!」
ああ、熱い。
顔が熱くてたまんない。
夜風が肌の温もりを削り取っていくのに、熱さだけが、消えてくれない!




