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事案第二十一号「途中式」(3)

 お昼休みは白瀬先パイのところに逃げさせてもらうことにした。


 どうやらわたしは、この半年とちょっとの間に教室で群れるのが苦手になっていたようだ。

 だから、ストールとお弁当箱をひっ掴んで、お昼休みに入った瞬間教室を抜け出す。


 図書室に急ぐ。誰かに捕まっては面倒だから。

「綾街さん!」

 ああ、遅かった!


 階段の踊り場に差し掛かったところで、呼び止められてしまった。

 振り仰ぐ。


 まるでステージの上で堂々と仁王立ちする王様みたいな芝崎さんだ。

 思わず漏れる吐息。

 きっと色が付いているなら、それは鈍色。


「なんでしょうか。約束があるんですけど」

「お昼一緒しようよ」


 言いながら、三段飛ばしで舞い降りてくる。

 ロングのプリーツが舞うのは、まるでバッカルコーンのようでちょっと怖い。


「先約があります。ごめんなさい」

「ええ、じゃあ一緒しようよ」

 階段を下り始めたのに、ついて来る。


 立ち止まらずに

「共通の知り合いではなさそうですから。ごめんなさい」

 と言ったものの、芝崎さんは我関せずという趣で、

「じゃああたしはいつ、綾街さんと一緒にゴハンできるの? あ、放課後はどう?」

 食い下がってくる。

 どうしたんだろう? この感じ、得意じゃないな。


「放課後も忙しいので。芝崎さんも部活があるんでしょう?」

「あ、そうそう! 冬公演でメインどころやるのさ! 観に来てよ!」

 階段を下りてもなお、食い下がってくる。


「シェークスピアだよ。綾街さん、いつも本読んでるし、興味ない?」

「戯曲は守備範囲外ですから」

 生徒玄関前を通って、カフェテリアへ。

 抜ければすぐ、図書室だ。


「え、じゃあいいじゃん。入り口に」

「リリーバーグさんでも誘ってください。彼女はシェークスピアをご存知らしいです」


 ごめんなさい、リリーバーグさん。

 この人、白百合か黒撫子どっちでも良さそうだから、貴女を売ります。


「リリーバーグが。へえ」


 よし! 食いついた!


「それでは、後のことはリリーバーグさんとお話ししてください」

 そそくさと逃げようとしたところ、「待ってよ!」と、肩を掴まれた。

 不意の強さに傾ぐ身体。


 あ、倒れる。

 そう思った矢先


「危ないなあ」

 腰を抱き抱えられて、尻餅もつかずに済んだ。

 胸元に頭ごと抱かれる。シトラスの香り。


 とくん、と。

 胸が跳ねる。


「乱暴はいけないと思うけどね、君。綾街が何かしたのかい?」


 膝を突き、わたしを抱いたまま、白瀬先パイは書架の案内をするみたいに事務的な声で、問いを投げつけた。

 顔を上げる。


 顎下から見上げるせいで、いつもより近い白瀬先パイの顔。

 いつもより濃厚なシトラスと、先パイの汗の匂い。制汗剤、間に合ってないな? ふふっ。


 ぎゅっと腰に回された腕が、力を込めた。

 わたしが白瀬先パイをのんきに堪能している間に、白瀬先パイは機嫌が悪く……いや、怒りを、溜め始めている?


「先パイ、ちょっと苦しいです」

「えっ! あ、ごめん」


 すぐに力は弛まって、わたしを解放してくれた。

 もうちょっと白瀬先パイを堪能したかったのは残念だけど、カフェテリアでお昼を摂る生徒たちも来始めたし、仕方がない。


「綾街さん、その人って、なに? 付き合ってるの?」


 震える声の悪足掻き。

 希望を持たせちゃいけないんだろう。嘘でも良いから、イエスと答えた方が良いに違いない。


 だけど、


「付き合うとか、そういう不純なことから、一香のことは切り離してやってよ」


 久しぶりの名前呼び!

 え、どうしよ、動揺しちゃう! 冷静さが困ってしまってわんわん、これじゃ童謡だ!


「君は、一香と同じクラスかな?」

「そうですけど。先輩はなんですか」

「私は、共犯者だよ」

「は? ……意味わかんない。まあいいや、また後でね、綾街さん!」


 踵を返して、ようやく去っていった。

 長い手足、大仰な歩き方。

 掴まれた左肩が、痛む。


「綾街、大丈夫?」

 心配そうな白瀬先パイに、笑顔を向ける。無表情にはなってなきゃいいけど。


「取りあえず準備室に。人目もあるし」

 白瀬先パイは図書準備室の鍵を開けて、わたしを誘ってくれた。


 静かな空間。

 何度かお邪魔しているこの部屋で、わたしと白瀬先パイはふたりきり、カフェテリアの賑やかさから切り離される。


「よし。今日は係が別の子だから、昼休みはずっと一緒にいられるよ」

 優しげな微笑みに、どんなに癒されるか。

 さっきみたいに胸に抱かれたいけど、でも、

「ありがとう、先パイ」

 その代わりに、手を握る。


「ちょっと、どきどきしましたよ。腰を抱かれて」

「そう? してほしいなら今すぐ、し直すけど」

「えっち」

 ストールごと身体を抱いて身をよじると、白瀬先パイは嬉しそうに声を上げた。


「よかった! お昼食べよう!」

 脈絡のない元気さが、なんだか心地良い。

 いいな、こういう明るさなら。


 図書準備室は日陰にあるおかげで、少し肌寒い。

 十二月の寒雁市、最高気温が二桁に満たない日が多くなる。

 ユリギノ女学院は制服がロングスカートだから、足下の寒さはわりかしマシだけど、

「ストールって、膝掛けにも使えて便利ですね」


 膝にかけて、その上にお弁当箱を置くと、ランチョンマットみたいでかわいい。

 ふたを開けると、彩りの良いサンドイッチが顔を見せるのも、グッドだ。


「今日の具は?」

「ブロッコリーのと、マヨザンギです」

「バランスが良さそうだから突っ込みにくいな」

 白瀬先パイがなんだかわけのわからないことを言う。

 ひとりで食べるつもりだったし。それなら栄養が摂れたらなんだっていいのに。


「交換しますか?」

「いや、いいよ。ブロッコリーは」

「マヨザンギも?」

「そっちメインでしょ?」

「もう食べちゃいました」

「今の一瞬で? めっちゃ早いじゃん」


 はえー、と感心したように溜め息しながら、白瀬先パイは卵焼きを頬張る。海苔が間に巻かれた、手の込んでいるように見えるものだ。

「あ、そういえばさ。今日って金曜日じゃん。うちのカーチャンが、夕飯食べにおいでって」


 唐突にお誘いをいただいた。

 本当に何の前振りもなく、だ。

「どういった集まりですか? 先パイの誕生日の時みたいに、実はパーティーでしたなんてことになったら、手ぶらじゃ許されませんよ」


 白瀬先パイは苦笑して、銀縁眼鏡をくいと持ち上げてなおした。

「うちをなんだと思ってるの」

「不意打ち好き女の住処」

「それ、私じゃん」

「そうですけど」


 ぐぬぬと歯噛みしながら、白瀬先パイは次の台詞を練り上げているみたいで。

 なんだか、おかしくなってきた。


「急に笑い出して……どうした?」

「いえ、なんだか、ふふっ。今日は疲れてるから、夕飯の支度が億劫だなって思って」


 間違いなく気苦労が多くなりそうだけど、でも折角だし、お邪魔させてもらおうかな。


「お土産を用意したりするので、先パイのおうちの近くの駅で待ち合わせにしませんか?」

「いやいいって。綾街が来てくれるのが何よりのプレゼントなんだから」


 ん?

「プレゼント。へえ?」

「言葉を間違えたようだ」

 誰か、プレゼントを受け取れる人がいるということだ。

 これは困った。問い詰めても答えは出ないだろう。


 それなら。


◆


「ねえやがバースデーよ」

 昼休みが終わり、時間ぎりぎりに教室に戻ったわたしは、リリーバーグさんにこっそり問うた。

 する案の定、ねえや、つまり白瀬先パイのお姉さんが誕生日らしい。


「重ね重ねありがとうございます、リリーバーグさん」

「お礼なんて、したいならわたくしに親しみを込めて呼びかけてください」

「はい。では……リリーバーグさん」

 親しみの心を込めて呼んだら、リリーバーグさんはずっこけた。

 まるでバラエティ番組の雛壇だ。


「むーっ。わたくしも、いっちゃん! にあだ名で呼ばれたい!」

 わたしを呼ぶ声に力がこもるのが、日本語の発音として「いっちゃん」が言いづらいんだろう。いつ聞いてもおもしろい。


 だけど、そっか。あだ名かあ。

 里奈ちゃんや礼ちゃんみたいにずっと一緒だった友達すら、せいぜいちゃん付けだったわたしには、少しハードルが高い行為だ。

「白百合さま、とでも呼びましょうか?」


 わたしの提案に、リリーバーグさんは蛙を踏みつぶしたみたいな呻きを漏らし、力強くプラチナブロンドを振り乱した。

「I don't like being called things like that, treating people like they're some kind of entertainment!」(あいつらみたいな、人をエンタメ扱いするような呼び方はイヤだな)


 いつも以上に感情の乗った早口で嫌がる。

「じゃあ、綴り的に百合の泥棒……ユリドロとか」

「Did you leave your sense of naming nicknames in your mother's womb? I can't believe it!」(貴女はあだ名を付けるセンスをお母さんのおなかに忘れてきたの? しんじらんない)


「悪口を言うときだけ英語になるのやめてもらえます?」

「バレた?」

 てへ、と舌を出すユリドロさんの頭頂部をひっ叩きたくなるのは、自然な感情だろうか。


 教科担任が来てしまったおかげで追求はできなかったけど、あとでじっくりとお話を聞こうと決意した。


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