事案第二十一号「途中式」(2)
ユリギノ女学院は、テスト結果の順位発表を大々的に掲示することはしない。
朝のホームルームで、プリントとして配られるのだ。
普通科、英文科、商業科、そして家政科。それぞれに発表するほど、掲示板のスペースがないのが理由なんだとか。
全体順位と、個人の結果、二枚のプリントが渡される。
「出席番号順で行くぞー。綾街」
いつもトップバッターで渡されるせいで、視線が集中するのが嫌だ。
だから顔に出さないようにしているのだけれど、それがどうやら、孤高の撫子だとか、黒撫子だとか、なんだか大仰なあだ名に繋がるらしい。
ふたりめが呼ばれて、ようやく視線が外れていく。
そうなってから、落ち着いて見られる。
まず、特待生の基準に足りているか。普通科百三十人中、上位五パーセントだから、六番くらいが目安。
その中で、今回の順位は、
「二位……」
上がっていた。
国語系、社会系の教科はほぼ満点、英語系も八割以上を取っていて、教科別でもトップ。
なんだこれ。思わず二度見した。
一方で理数系が、一桁に入るくらい。足を引っ張っているみたいだけど、国社の偏差値的にカバーして有り余る状況なのかな。
「えー、今回は普通科普通コースのトップが、三位だ。ぐんぐんと力を付けているようだから、特進コースの皆も負けないように頑張ってほしい。特に国語と社会は平均点がかなり低かったようなので、特進コースが理数系重視というのを差し引いても、文系科目を疎かにしては国公立大を目指すなら……」うんたらかんたら。
担任の言葉に、少し緊張が走る。
理数系は確かに穴だ。取りあえず帝大に行けたら良いなっていう感覚だと、いつか足を救われてしまう。
それに、普通コースの猛者も気になる。
たぶん、わたしが毎回順位で負けていたひとだ。
顔も名前も知らないから、張り合ったり勝ち負けを気にするべきじゃないのだけど。わたしの特待生維持のためには、乗り越えなければいけない壁だと思っていたから、今回勝てたのは、ちょっとだけうれしい。
うれしいと同時に、落ちないようにしなくっちゃ。
わかりやすい目安ができたのは、ありがたいことだと思う。
気合いを入れている間に朝のホームルームは終わって、すぐにへろへろになったリリーバーグさんが話しかけてきた。
「いっちゃん! わたくしまで順位が出ちゃうの、不公平じゃない?」
「不公平って……テストを受けたなら、結果が出るものですよ」
わあわあと英語で嘆きをまくし立てるリリーバーグさんはいったん置いといて、テスト結果のシートを見る。
前回と比較して、文系科目はもちろんだけど、英語がすごく上がっている。
「リリーバーグさん」
「いっちゃん! 話を聞いてくれる気になった?」
「いえ、全く。ただお礼が言いたくて」
プラチナブロンドが、居住まいを正した。
薄緑の瞳が見下ろしてくる。きれいな瞳。まつげだって長い。
ビスクドールをコレクションする人の気持ちが分かる気がする。
「いっちゃん?」
「あ、いえ。英語が伸びていたので、ありがとうございます。リスニングという穴が塞がったおかげだと思います」
わたしにとってのリリーバーグさんは、開拓時代に傷んだ防風林へのポプラの植樹に近しい関係かもしれない。
改まってのお礼にそんな気持ちがこもってしまったからか、リリーバーグさんは頬を赤く染めてモジモジし始めた。
そんな仕草すら、風に揺れる白百合のようだ。ファンがな付くのも分かる気がする。
「白黒がてぇてぇしてる」
「イットゥ、やっぱりかわいいよね」
「綾街さんが引き出してる構図じゃ?」
ひそひそとささめく声。
いつも遠巻きにわたしを観察して噂しあうふたりに、笑顔を向けた。
「言いたいことがあるなら直接どうぞ、宇和さん」
「ええっ! 私だけ? きーこは?」
「笹芽さんの声はよく聞こえませんでしたから」
そんなぁ、とうなだれる宇和姿が、誰かの制服で遮られた。
長い手が、大仰に振るわれる。
顔を見なくても誰かわかってしまい、心が重くなる。
「綾街さん、おめでとう! 順位が上がっていたね」
まあ、声の大きいこと。
「そういうのはひっそりしてくれませんか、芝崎さん。クラス内の順位なんですから、上がった人がいたなら下がった人もいるんですから」
「それはそれじゃない?」
どうにも感覚が違う。
あまり言いたくないけど、苦手な部類かもしれない。
「いっちゃん! わたくしは三十二番だったよ! クラスは三十一人なのに」
抱きついてきてまで嘆きを聞かせようとするリリーバーグさん。
遠巻きにきゃいきゃいいちゃいちゃする宇和笹芽ペア。
わたしたちの間に割って入ろうとする芝崎さん。
平穏な時間が、尊かったことを、こんなことで知りたくはなかった……。




